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377話 傷だらけのアイネ

 アイネの部屋。もともとはスイとアイネが二人で住んでいた部屋。

 その前に足を運んだ俺は、一度深呼吸をして肩を回す。

 この部屋で寝泊まりしたことすらあるのに、今はこの扉が別次元でも繋がっているのではと錯覚してしまうほど遠い存在に思える。


「――アイネ、いるか」


 扉を数回叩いて声をかける。

 何も反応は無い。

あれからずっと、アイネは何も答えてくれない。

そこに本当にアイネがいるのかと疑いたくなるほどに無反応だ。


「そろそろ話さないか。俺も皆と話してきた」


 でも――何故だろう。

 今日はアイネが出てきてくれる感じがした。

 特に根拠があるわけではない。だが、確信めいたものはあった。


「嫌なら何も喋らなくていい。でも、俺はアイネと一緒にいたいんだ。せめて、同じ空間にはいたいんだ」


 扉から一歩離れて言葉を続ける。

 何度もノックはしない。

少なくとも俺は、引きこもっていた頃ノックをきいて、嫌な気持ちになったことしかないからだ。

あくまでもアイネの気持ちを尊重したうえで、そのうえで話さないと意味がない。


「だから……頼む、アイネ。顔を見せてくれないか」


 もしこの言葉でアイネが出てこなかったら。

 それは、俺が抱いていた確信が間違いで、もう少しアイネには時間が必要だということなのだろう。

 十秒程度沈黙して、アイネの返事を待つ。


「っ……声、変わったね……」

「え?」


 ふと、きこえてきたアイネの返事。

 久しぶりにきいたその声はとても弱々しく、まるで生気を感じない。

アイネのものであることを疑ってしまうぐらいだった。


「開ける。待って……」


きぃーっと、まるで錆びた鉄をこすったような音がした。

中から出てきたのは髪をぼさぼさにさせたアイネの姿。

 いつもの道着のような恰好は変わらないが、結構な汗をかいていて、目には涙の跡が残っている。

 少しだけ肩が上下しているところをみると、どうも部屋の中で激しく運動をしていたようだ。


「アイネ……」


 その姿は思った以上に痛々しく、思わず目をそむけたくなる。

 一目でわかった。彼女の心がボロボロだということに。


「リーダーの……リーダーの声が変わった……」


 俺と目を合わした瞬間、アイネの瞳からじわりと雫がこぼれだす。


「私と話したら、リーダーは自分のせいだって、絶対自分を責めちゃう……そう思ったから閉じこもってたのに……声が、今までと違う……」


 目に服をあてて俯くアイネ。

 そのまま顔を隠すように振り返る。


「わ、私は……私は無理だよ。リーダーみたいに変わらない……変えられないっ……!」

「……部屋で特訓してたのか?」


 ふと、アイネの拳がボロボロになっているのが見えた。

 少し驚いた様子でアイネは自分の拳を見つめはじめる。

 その後、俺の方にゆっくりと振り返った。


「そうだよ」

「なんで……」


 そう言いかけて、言葉をひっこめた。

 ずっと涙を流すアイネを前に、声が出てこなかったという方が正確か。



「私がっ――私だけっ、負けちゃったからっ!」



 アイネの拳が、肩が、声が、小刻みに震える。

 口元に手をあてて嗚咽を抑えるが涙は全く止まらない。


「リーダーは勝って帰ってきたっ! ユミフィもセナも――アーロンさんも情報を勝ち取ってきた! 先輩はあの召喚獣に打ち勝ったっ!」


 八つ当たりするように髪をかきまわしアイネが叫ぶ。


「私だけっ……私だけっ、私がっ、私をかばって……と、父ちゃんが……!」

「それで一人で特訓してたのか。部屋の中で?」


 放っておくとさらに悪化しそうなので、無理矢理アイネの言葉を遮る。

 少し強い声色になってしまった。

 そのせいか、アイネがやや怯えた表情を返してくる。


「ひぐっ……だって……私がっ……私ができることって……思いつかなくて……」


 胸元を強く握りしめるアイネ。

 何度か、息を繰り返して吐き出すように叫ぶ。


「悲しくてっ! 惨めでっ!! わ、私……どうしたらいいかっ……分からなかったからっ……! だったらせめて――」

「入っていいか」


 ここだと外に声がダダ洩れだ。

 誰かいる気配はないが、ずっと扉のところで話すわけにもいかない。


「うっ……ずっ……」

「入ろう。アイネ。ほら」

「う……えぐっ……」


 泣きじゃくるアイネの手を引っ張って部屋の中に入る。

 適当なところに座ってアイネを見上げた。


「アイネ、座って」

「…………」


 黙ってこくりと頷き、俺の傍に座り込むアイネ。


 ――やはり、相当だな……


 目の前で父親が食われたのだ。

 当然といえば当然なのだが――普段のアイネからは信じられないほどに静かで、生気を感じない。


「どんなことしてたんだ?」

「え……」

「この部屋で。どんな特訓してたんだ?」


 俺の問いかけに、アイネがぼそぼそと答え始める。


「……気功。気の練り上げ……それで気功弾の精度があがると思って……」

「他には?」

「基礎鍛錬……部屋の中でも、できるから……」

「筋トレみたいなものか」

「まぁ……そう。気力を混ぜるから、そう単純なものじゃないけど……一応、一人でできるから……」


 今気づいたが部屋の端っこにはサンドバッグがおいてあった。

 あれを使って黙々と特訓を続けていたということか。


 ――でも、これで……


「強くなったか?」

「え……?」

「特訓。強くなるためにやってたんだろ」


 答えは分かりきっている。

 だからこの質問は少々残酷なものになってしまうだろう。


「……はは」


 アイネの自虐的な笑いがそれを如実に証明している。

 俯いたまま弱々しく話すアイネ。


「そんなの……分からないよ……何をすれば先輩みたいに強くなれるのか、全然分からない……」


 そのアイネの姿に、ふと自分が重なった。

 それが何故なのかはっきり自覚する前にアイネの言葉が続く。


「私は先輩と違う……先輩が14の時……既に父ちゃんと互角の力は持ってた……でも、私はっ……私はっ、先輩みたいにっ……リーダーみたいになれないっ……先輩には、全然及ばないっ……」


 床に置かれたアイネの手が、ぎゅっと強く握られる。


「でもっ……でも、努力しないと! だって、私が弱いから父ちゃんがっ――だから、だから辛くても、やらなきゃっ! そうじゃなきゃ、私が生きたことが……父ちゃんが死んだことがっ……意味がっ……意味がっ……うぅっ……」

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