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375話 洞察

「はっ――」

「せいっ!」


 訓練場につくと、スイの言った通りユミフィとセナの姿を見つけることができた。

 二人とも模擬戦闘とは思えないほど鬼気迫った表情で武器を振るっている。


「くっ……はあっ!」


 セナの短剣をリンボーダンスのごとく背中を反らして回避するユミフィ。

 そのまま片手を地面についてセナの腕を蹴り上げた。

 のけぞったセナの体に、ユミフィが弓を振りかざして叩きつけようとする。


「させるかよっ」

「んぐっ!?」


 だが、それよりも早くセナの足がユミフィの顔を撃った。

 それでもユミフィはセナから顔を反らさない。

 ぐっとセナの攻撃を堪え、至近距離から矢を放つ。


「ここっ――フォースショットッ!」

「うおっと!?」


 体をひねってギリギリで回避。

 裏拳で反撃するセナ。バックステップでユミフィがひらりと回避する。


「……やる。今の、直撃、狙った」

「ははっ、お前がただで攻撃受けるとは思ってねーからなっ。反撃は織り込み済みだぜ」

「まだ。まだ私、強くなる。私、負けない」

「ははっ、上等っ――!」


 武器を構え睨み合う二人。


 ――こんな時でも訓練は欠かさないか……


 逃げ方が違うだけ――スイはそう言っていたが、そういう問題ではない。

やはり、俺は心が弱いのだ。誰と比較してとか、そんなのは関係なく。

 そんなことを思っていると、いつの間にかため息が漏れていた。


「凄いな……」


 と、その瞬間。

 二人が同時に俺の方を振り向いてきた。


「えっ、師匠!? うわ、師匠!?」

「お兄ちゃん! あわぁっ――!?」


 慌てふためいた様子のユミフィとセナ。

 ついさっきまで見せていた鋭い表情は消え、わたわたと武器を落としている。


「あ、ごめん……邪魔しちゃったな」

「ううん……お兄ちゃん、久しぶり……」

「あぁ……」


 久しぶりといっても会わなかったのはたった三日なのだが。

 出会ってからずっと毎日顔を合わせていただけに、俺もそう感じてしまう。

 少しぎこちない感じでしか返事ができない俺に、セナが眉をひそめる。


「師匠……大丈夫、なのか……?」

「ハハ、アイネよりも俺の心配か?」

「そうじゃない。けど……」


 頭を少しかいてセナが視線をそらした。


「この三日間……アイネは部屋にこもりっぱなしだし、スイは憑りつかれたみたいに魔物を倒しにいってた……師匠は師匠でやばいオーラだったし……」

「やばいオーラってなんだよ。そんなの出してたか?」

「あぁ。この世の終わりみたいな顔してたぜ。つーか……この三日間、やっぱオレに気づいてなかったんだな」


 少し悲しそうに苦笑いを浮かべるセナ。

 ――申し訳なくて顔をあげることができない。


「……大丈夫、なんだよな?」

「ん。何が」

「師匠がだよ」


 真剣な顔で俺のことを真っ直ぐ見つめてくるセナ。


「ごめん。本当に心配させたみたいだな。でも……大丈夫だよ」


 日本に居た時には何の力もなかった。

 だが今は違う。ふってきたようなものとはいえ、俺には力があるのだから。

 今俺が引きこもる理由なんてない。あってはいけない。


「俺ができることを探さないと。一番辛いのはアイネなんだから。だから、俺は大丈夫だ」

「…………」


 二人の心配を取り払うために、敢えて俺はそのことを口にする。

 だが、ユミフィとセナは、あまり響いてなさそうな顔しか見せてくれなかった。

 しばらく無言で俺のことを見つめていると、ユミフィがぼそりと言う。



「……それ、違う」



 それは小さな声だった。

 だが、とても芯の通った声だった。

 すっと俺に指を突き付けて、ユミフィが言葉を続ける。


「辛いのに……一番も、二番もない。お兄ちゃん、違う。そういう無理しても、アイネ、励ませない」

「えっ――」


 とたんに、ユミフィに対して見上げるような錯覚を感じた。

 言葉を詰まらせていると、セナが一度苦笑しながら言葉を続ける。


「あぁ。なんか、やっぱ……ずっと感じてた違和感みたいなの? 間違いじゃなかったんだな」


 そう言った後、セナは鼻でため息をついた。

 眉を八の字に曲げて――でもどこか優しさに満ちていて。

まるで泣いている子供を見るような表情だった。


「違和感……?」


 俺が聞き返すと、セナがこくりと頷く。


「この際だからきいていいかな、師匠」

「な、何だ……?」


 一歩、近づいてきたセナ。

 無意識のうちに俺は後ずさりをしていた。

 目の前にいるのは12歳と15歳の少女にすぎないのに。

 少なくとも、日本にいた時に就活していた時に出会った面接官なんかより、遥かに俺のことを洞察してきている。


「師匠はさ、その力をもってどう思ったんだ?」

「どう思ったって……?」

「師匠についてきてからまだ短いけど――オレが見てて思うことがある。師匠っていつも皆のことで悩んでるよな。今まで師匠が旅してきた中でも、今いる仲間以外のことで悩んだこと、あるだろ?」

「ミハ、とか。多分そう。違う?」


 言葉が詰まる。

 刺しこんでくるかのような二人の言葉。

 それに対して、俺は圧倒されていた。


 今は俺達の――アイネのことで手一杯だが、ミハだけじゃなく、シラハやクレハの問題だって深刻だ。

 自分を含め、妹達を娼婦にさせないために働くミハ。

 その裏には、不良債権を回収するために幼い子供を娼婦にさせようと動くエイドルフなるもの。


 ――その問題だって、まだ残っているんだよな……


 と、無言で居続ける俺の反応を肯定と受け取ったのか、セナが言葉を続ける。


「オレにスキルを教えてくれた時もそうだけど――スイのスキルのこととか、今回のアイネのこととか。誰かがつまずいている時、師匠も一緒になって悩んでる。そしてそれをなんとかして解決しようと考えてる」

「それは……でも……」


 結局、ミハのことに関しては具体的な解決策を出せていないままなのだが。

 逃げるように視線を反らすと、セナが小さくため息をついた。


「最初は……リーダーとしての責任感とか、純粋な優しさからくるものだと思ってた。でも、なんか違う気がしてきた」

「お兄ちゃんが感じてるの……責任感じゃない。お兄ちゃん、優しさだけで、動いてない」

「っ――」


 だが、そうはいかないと言わんばかりに二人が俺に歩み寄る。

 気が付けば俺は、二人の瞳に視線を縛られていた。

 ふと、ユミフィが甘い声を出す。


「アイネ、お兄ちゃんのこと、大好き。スイも同じ。――私も、お兄ちゃん、好き。大好き」

「えっ――!? いや、何言って――そんな」

「『そんなわけない』。言う。そうでしょ?」


 唐突な言葉に戸惑っているところに、さらにユミフィが言葉を重ねる。

 甘い声色は、既に消えていた。


「師匠だって、本当は分かってるんだろ? オレも含めて、皆に好かれていること……そんなに鈍感なわけがない」


 ……正直、聞いているだけで恥ずかしくなるような言葉なのだが。

 二人の雰囲気のせいで、まるでそう感じることができない。


「――何が言いたいんだ?」


 一歩、後ずさりしてそう問いかける。

 嫌な汗が背中や胸を流れているのが分かる。

 すると二人は――


「師匠はさ――」

「お兄ちゃんは――」


 まるで鏡移しのように、全く同じタイミングで言い放った。



「「自分が幸せになることに、罪悪感を感じてる」」


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