374話 久しい温もり
久しぶりに寮の外に出た俺は、そのままギルドの受付に顔を出した。
冒険者の姿は見当たらない。職員もじっとしていて何をしているのか分からない。
――皆、どこにいるんだろう……
少なくとも、スイはこの村で有名人だ。
誰かにきいてみれば分かるかもしれないが――正直、誰かに声をかける気分でもないし、声をかけていい雰囲気も出ていない。
仕方ないのでギルドから外に出て歩き出す。
――とりあえず訓練場の方に行ってみるか……
トーラに戻ってきてからあの訓練場を皆はよく使っていた。
もしかしたら誰かに会えるかもしれない――
「あ、あれ……リーダーッ!」
そう思って道を歩いていたら、あっさりと目的の人物の一人が見つかった。
大きな革袋を背負ったスイが俺のもとへかけよってくる。
「あ、あぁ。どうしたんだ? それ」
「魔物の死骸の一部ですよ。ほら、トーラだと鑑定魔法が充実してないので。魔物の一部を切り取ってこないとクエスト達成したか分からないから……」
「そっか……」
それをきいて一気に恥ずかしくなった。
スイはこんな時でもクエストをこなしていたのだ。
――それに比べて、俺は……
「な、なんか久しぶりって感じですね……あはは……」
自己嫌悪に陥っていると、スイが気まずそうに笑いだす。
スイが目の前にいるのに失礼だったか。
とりあえず挨拶でもしてみるか。
「そ、そうだな……おはよう……」
「はい……おはようございます……あはは……」
――気まずい。
自分でやっていてなんだが、なんて俺はコミュ力がないのだろう。
とてつもなく苦々しい笑顔を返してくるスイを見て、情けなくなってきた。
だがいつまでも黙っているわけにもいかない。
革袋も重そうだし――
「あのさ、アイネは……」
と、俺の言いたいことを察したのか。
スイが言葉を言い切る前に首を横に振る。
「ずっと部屋に閉じこもってるみたいです。何をしているのかも、さっぱり……中に入ろうとも思いましたけど……でも……」
そこで言葉を詰まらせる。
――スイでも、ダメか……
俺も何度かアイネの部屋にはいったが何も反応は返ってこなかった。
だからといって無理矢理、部屋に入るのは――アイネのことを考えるとどうしてもできない。
「食事はアーロンさんが運んでて、ちゃんと食べてるみたいです。だから何も食べないままってことはないと思うのですが」
「それならまぁ……」
よかった、と言おうと思ったが言葉が出てこない。
こんな状況でよかった、なんて言ったらアイネに申し訳ない気がする。
「でもよかった……リーダーがこうして出てきてくれて……ありがとう……」
ふと、スイが小さくため息をついて俺の顔をのぞきこんできた。
礼を言われるようなことなんて何もしてないのだが――だから、そのスイの温かい視線はかえって胸が締め付けられる。
「いや……別に俺は何もしてないし……」
「辛いのに、出てきてくれたじゃないですか」
にこりと笑うスイ。
――辛い?
その言葉に違和感を覚える。
「いや……俺は別に、何も辛いことなんて……」
「嘘でしょ」
ふと、厳しいスイの声が響く。
どこかトゲすら感じるような鋭い声色。
それを受けて、俺はうまく声を出すことができなかった。
「私だって、貴方のことちゃんと見てたつもりです。だから、あの時、貴方が何を考えたかぐらいわかります」
きゅっと唇を一回結んで、スイが話し続ける。
「貴方は悪くありません。だって師匠は……貴方が着た時には、もう……」
――そう。俺がトーラに戻ってきた時、アインベルは既に喰われていた。
その死に様を俺は直接見たわけではない。
だが――それがあまりにも無惨なものであることは容易に想像がつく。
「いえ、やめましょう。私はこれから周辺の警備に行ってきます。とにかく……」
と、スイが俺の手を握ってきた。
そのまま俺の手を自分の頬に寄せるスイ。
「とにかく、良かった……貴方とこうして話せて……私もっ……どうしたらいいか分からなくてっ……」
次第にスイの声が震えていく。
俺の手を握るスイの力が強くなる。
「ご、ごめんなさいっ。私までこんなことしてたら……だめですよねっ。とにかく、今は体を動かさないとっ……はは……」
だが、すぐに俺の手はスイに離された。
俯いて目尻を触った後、スイは無理に作った笑顔で俺を見上げてくる。
――見てられない。
「……ごめん、スイ」
「え?」
「俺は……逃げてばっかりで……」
「――なに言ってるんですか」
ふと、スイが俺の唇に指を立ててきた。
そのまま儚げに笑いながら、スイが話す。
「皆同じです。辛いから、こうやって逃げてるんです……私も同じ。違うのは、逃げ方の方法だけ……」
顔は笑っている。
だが、その瞳からは何滴も涙がこぼれていた。
それを自覚したのか、スイは慌てて目に手を当てる。
「だって……だって! 私があの時、皆を訓練場に避難させなかったら……私が、敵を倒しきったと油断したから……だから、だから皆っ……! わた、私のせ……師匠がっ! 皆がっ――」
「スイ……」
スイは俺に向かって辛いだろうと気遣ってきた。
でも――トーラで過ごしてきた年月はスイの方が圧倒的に長い。スイの方が、ずっとずっと辛い思いをしているはずだ。
だからそれは、俺がやるべきことだ。それは分かっている。
だが――どんな言葉をかけていいか分からない。
ただ、手甲をつけたスイの手よりも、俺の手の方が簡単に涙をふけるから。
俺はスイの頬に触れ、その涙をふきとった。
「……ごめんなさい。いったん、落ち着きますね……」
顎をぐっとあげて俺の手に頬をこすりつけてくるスイ。
――その姿は客観的に見れば可愛らしいものなのだろうが。
正直、そんなスイを見ているのが辛くて、可愛いと思うことはできなかった。
「どうやって気持ちを落ち着けたらいいか分からなくて……だから無理矢理、仕事を作って忘れてる……そうしないと、頭がおかしくなりそうで……だから私……えっと……」
「スイ……」
「でも、リーダー。私達は大丈夫……そうですよね? 絶対、また一緒に……皆で……冒険っ……」
スイが俯いて、俺の胸に顔をつきつけてくる。
革袋がどすんと落ちた。
スイの両手が俺の腰にまわる。
「ぐすっ……まだ、私は。貴方と、アイネとっ……皆で、いろんな冒険、したくてっ……」
「あぁ」
遠慮しがちに俺に抱き着いてくるスイ。
そんな彼女に、俺は――
「……ごめん。スイ」
「っ――」
スイの体は震えていた。
内側にある何かを必死に抑えんでいるのが分かる。
「スイのせいじゃない。スイは……辛い中、本当に頑張ってくれた。スイはよくやってくれている。だから、そんなこと……」
「ぁ……ありが……え……?」
と、スイが怪訝な声を出してきた。
対応をまずっただろうか――そう思っていると、スイが眉をひそめて俺のことを見上げてきた。
「……あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「だって、貴方だって震え――」
と、言葉を途中で切ってスイが首を横に振る。
そして顎に手を当てて何か考え込む仕草をとると、ゆっくりと俺の方に視線を戻した。
「……ううん。なんでもないです。リーダー、訓練場に向かってください。ユミフィとセナがいると思うので。あの二人は……本当に鋭いから」
「鋭い?」
「はい。だから貴方も……あー……ううん。本当に何でもないです。ただ……そうですね……えーっと……」
視線を泳がせながら気まずそうにはにかむスイ。
一度深呼吸をした後に、表情を鋭くさせ、改めて俺の方を見上げてくる。
「ユミフィとセナ……二人とも、凄い子ですから。だから……ちゃんと、話してきてほしいんです。……貴方のために」
「俺のため……」
「はい」
先ほどまでの弱々しさはどこへいったのやら。
スイの声には覇気が戻っている。
――ここは、言うことをきいておくべきか……
スイのことも不安だが、スイの意思は強そうだ。
「あぁ。話してくるよ。皆と」
「ふふっ……はいっ、いってらっしゃい」
そういうと、スイは初めて、違和感のない笑顔を返してくれた。