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373話 空白の時間

 ――目が覚めた。



 ヴェロニカと戦った日から、もう三日経った。

 俺はトーラに戻ってからというもの、アーロンに案内されたこの部屋にずっといた。



 スイも、ユミフィも、セナも。 

 それぞれ別の部屋に移動している。

 どうやら、皆一人ぼっちで過ごしているようだ。

 この世界に来てから、ここまで孤独を感じたことはない。


 特にアイネは――ずっと閉じこもったままだ。

 何回か部屋の前に行って話しかけにいったが全く反応してくれない。

 彼女の姿は、あれから全く見ることができなかった。



「もう昼か……」



 カーテンは閉め切っているのに、結構な光が漏れている。

 起きるにしては遅すぎる時間だということか。

 カーテンを開けようと手を伸ばすが、気づけばその手が引っ込む。



 ――いつまで、俺はこんなことを……



 トーラに戻ってきた俺達が見たのは、ラーガルフリョウトルムリンに襲われていたアイネとスイの姿だった。

 急いで、俺の魔法で敵を退治して二人を助けられた――のはいいのだが。



『やめて! やめて、やめてっ! 父ちゃんが、父ちゃんがあああああああああっ!!』



 断末魔のような悲痛な絶叫をあげながら、俺にとびついてきたアイネの泣き顔が頭から離れない。

 ラーガルフリョウトルムリン――ヴェロニカが召喚したと思われるアレの腹の中にアインベルがいたことを知ったのは、それが俺の魔法で焼き尽くされ、光の粒子となって消えた後のことだった。



 ……それからのことはよく覚えていない。



 アーロンが生き残ったトーラの人々を集め、ユミフィとセナが黙々と死体を片付けていた――そんなことがあったのをぼんやりと覚えている。


 ただ、狂ったように泣き叫ぶアイネと、魂を抜かれたように呆然と立ち尽くすスイの顔。

 それだけは鮮明に俺の頭に刻まれている。

 そう――あまりにも、鮮明に。



「くそっ……!」



 今まで、敵と戦ってきて、人が本当に死ぬことなんてなかった。

 もちろん、レシルやルイリと戦う中で、仲間が死の危険に晒されたことは何度かある。


 だから頭では分かっているつもりだった。

 この世界がいかに危険なところなのか。

 それを防ぐためにどれだけ神経を張り続けていなければならなかったか。



 ――何をやってんだ、俺は……



 レベル2400の力が、圧倒的なチートが俺にはあるのに。

 それでもこんな結末になってしまったことが不甲斐ない。



 所詮、俺はただのニート。



 そんな俺が――底辺無職だった俺がこの異世界でできることなんて――



「っ……」



 溢れ出る無力感に吐き気のようなものを感じて口に手を当てる。



 ――いけない。こんなことばっかでは、いけない。



 少なくとも、もっと苦しんでいる大切な仲間がいるのだから。

 悲しさや悔しさに縛られて、行動しないのは――ダメだ。

 これじゃ、日本にいた頃と何も変わらない。



「くっそおおおおおっ!」



 ベッドに戻りたい――そんな心を必死に抑えて、俺はもう一度カーテンに手を伸ばす。

 傍からみればいかにも大げさな行動に見えたことだろう。

 でも、俺にとって、それは必死の抵抗だった。


 全身をカーテンに叩きつける。

 そしてそのまま、全身を使ってカーテンを開けた。


「んっ……えっ……?」


 ふと、背後から小さな声が聞こえた。


 ――そういえば。


 なぜか、声の主だけは、ずっと俺のそばにいた。

 一言も話さず、ただずっと俺の部屋にいて、俺のことを見守ってくれた存在。

 三日間、飽きもせず俺の部屋に居続ける妖精の少女が。


「……おはよう、トワ」

「あっ――」


 振り返って、その姿を目に入れる。

 少し目を見開いたまま、ぼーっと俺のことを見つめているトワ。


「う、うんっ! おはようっ、リーダー君」


 だが、しばらくすると、トワはにっこりと笑って挨拶を返してくれた。

 そのままトワは俺の方へふわふわと飛んでくる。


「へへ……」


 ゆっくりと俺に近づき俺の肩へ座るトワ。

 旅に出てから当り前に繰り返してきた光景だが――随分と久しぶりな気がする。


「……なんで」


 自然と声が出た。

 心の中で湧き出た疑問。

それをトワにぶつけてみる。


「なんでトワは俺といるんだ?」

「え? どういうこと?」

「皆、別々の部屋に行ったのに……トワだけ……」


 何も話さず、何も聞かず。

 ただひたすらじっと俺の部屋にいたトワ。

 そんな彼女が何を考えているのか、俺にはさっぱり分からなかった。

 するとトワは、からかうようにくすくすと笑って言葉を返してくる。


「んー……ほら、ボク妖精だし。ボク一人に部屋が割り当てられるってのも変な話じゃない? だから、皆ボクに任せたんだと思うよ」

「任せた?」

「うん。君と一緒にいることをね」


 そう言ってニーッとわざとらしく笑うトワ。


「なんだよ、それ……」


 今、一番苦しんでいるのは、アイネだろう。

 自分の父親をあんなふうに亡くして――

 誰かが一緒にいてあげないといけないとするならば、それはアイネなのではないか。


 そんなことを考えていると、トワがじっと俺のことを見つめてきた。

 まるで俺の次の言葉を待っているかのように。


「……何を考えてるんだ?」

「え? なんでそんなこときくの?」

「ずっと喋ってないから」

「アハハッ。それ、君が言う?」

「そっか……そうだな……」


 喋らないのは俺の方か。

 すると、トワが察したようにニコリと笑って言葉を続けてくれた。


「嬉しくて。やっと話しかけてくれたから」

「え?」

「話しかけてくれたの、あれから初めてでしょ。だからボク、嬉しくて」

「っ……」


 天真爛漫に笑うトワに、少し目が熱くなる。

 思わず顔をそらすと、トワが俺の顔の前に飛んできた。


「アハハッ、なに恥ずかしがってんの?」

「別にそういうわけじゃないって」

「そうー?」


 俺の嘘なんかバレバレだ。そう言いたげにトワがニヤニヤと笑う。

 だが、すぐにトワの声色が優しくなった。


「あれからずっとアイネちゃんの部屋行って、無視されて落ち込んで……ずっと、それだけだったじゃん。挨拶だってしてくれなかった。だからずっと待ってたんだよ」


 そう言ってじっと俺の目を見つめてくるトワ。


 ――ずっと、俺を気遣っていたのか……


 こんな暗い部屋で、何も喋らず、寝てばかりの俺を。


「ごめん……」

「違う違う。ボクは嬉しいんだって」


 うつむく俺の顔に合わせて、トワが下に移動する。


「やっとボクに話しかけられるようになったんだ。リーダー君も、少しは落ち着いてきたのかな」

「…………」


 包み込むような甘い声で俺に話しかけてくるトワ。

 落ち着いているかどうかなんて、俺にもよく分からない。

 それで言葉を詰まらせていると、仕方ないなぁといった感じでトワが苦笑いを浮かべた。


「ね。少し外に出てみたら?」

「外……?」


 こくりと頷いて、トワが言葉を続ける。


「リーダー君に話しかけられるのを待ってるのは、アイネちゃんだけじゃない。ボクだけでもない。……皆、待ってるよ」


 そう言われて、はっとした。

 あの日から話していないのはアイネだけじゃない。

 スイ、ユミフィ、セナ――俺の仲間達全員、一言も言葉を交わしていない。


 出会ってから、一日たりとも話さない日なんてなかったというのに。


 と、そんなことを考えていると、トワが俺の顔の近くまで飛んできた。


「ボクはここにいるから、さ。んっ――」


 そのまま俺の頬に顔を近づけて唇をつける。


 ――って、キス!?


「なっ――なにしてんだよっ」

「ん? 愛情表現だけど?」

「愛情って――!」


 言葉が詰まる。

 じっと俺のことを見つめ続けるトワ。


 からかっているのか。真面目なのか。

 ふざけているのか。真剣なのか。

 トワのことは出会ってから今まで結局分からないことだらけだ。


 でも――


「……ありがとな。トワ」

「え?」


 少なくともトワは俺のことを思いやってくれている。

 ならば、それはそれでいい。

 正体も、本心も。全てが全然見えていなくても。

 それだけでもう、十分だった。


「……え? えっ? ア、アハハッ! なにそれ。素直すぎて気持ち悪いよー」


 顔を真っ赤にしながら、目を泳がせるトワ。

 頬にキスなんかしてきて――今更な気もするが。


「そうか」

「アハハ……」


 ちょっぴり気まずくなった空気にトワが誤魔化すようにくすりと笑う。


「ねぇ、――」


 そして突然。

 本当に突然、トワは俺の名前を呼んできた。


 どこか覚悟を決めたような表情。

 自然と、その瞳に視線を縛られる。


「誤解しないでね。『皆、待ってる』っていうのは、リーダー君に助けてもらうのを待ってるわけじゃない」

「え……?」


 その言葉の意味が理解できず首を傾げる。

 諭すようにゆっくりと、優しく言葉を続けるトワ。


「一方的じゃないんだよ。こういうものって」

「……何を言ってるんだ?」

「意味が分からない? なら、なおさら皆と話したほうがいいと思うよ」


 少し悲しそうに微笑むトワ。

 彼女の言う通り、言っている意味はよく分からない。

 だが、トワ以外とも話さなければならないことは分かっている。


「……あぁ。どのみち、俺もそうするつもりだし」


 カーテンに近づいて、改めて陽の光を浴びる。

 いつも着ている魔術師のコートに腕を通して扉の方へ。


「あのさ、リーダー君」


 と、外に出ようとする俺の後ろからトワが話しかけてきた。


「本当に『話してきて』よ。皆、君が思ってるより遥かに君のこと分かってるから」

「――分かった」


 トワの言葉の真意は分からない。

 でも、その言葉は真摯に受け止めなければならない。

 そう直感して、俺はトワに向かって頷いた。


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