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371話 捨て身の反撃

「アイネッ――助かるっ!」


 不気味な痙攣を繰り返す巨大なワーム――ラーガルフリョウトルムリン。

 ブヨブヨとした肉の壁からは無数の粘液が弾き、跳ぶ。

 さきほどまでとは全く異なる異様な動きは、はっきりと巨体の苦痛をあらわしていた。


「父ちゃん、追撃がくるっ!」


 だが、アイネの声に余裕は無い。

 前に立つアインベルにいたってはなおさらだ。


「だから……ワシのことは師匠と呼べと言っておる! ぬぅおおおっ!」


 暴れ狂う巨体に斧を振り下ろして対抗するアインベル。

 飛び散る粘液もおかまいなしに、ひたすら殴打。

 巨体が自らの体をひねり、抵抗するように頭をアインベルの方向へ。

 その横を青白い光が横切った。


「くっ……やっぱウチのコントロールじゃ……」


 光の正体である気功弾が外れたのを見て、アイネがぐっと歯を食いしばった。


 巨体のどの部位に、どう当てればアインベルを楽に立ち回らせることができるか。

 その予想はある程度できている。頭ではどうすればいいか分かっている。

だが、それを実行できるだけの技術が無い。

 『彼』の薬の効果で大幅に高められたスキルの威力に、アイネの経験は追い付けていなかった。


「むぅっ――おおおおっ!!」


 アインベルが雄叫びと共に斧を振るう。

 うまく気功弾を当てられず、当てたとしても、効果的な部位ではなく。

 巨体の体勢を崩せないアイネは、じわじわと追い詰められていくアインベルを前に唇を噛みしめた。



 ――考えろ……私にもっ、できることがあるはずっ……!



「レイススイング!」


 もう一度斧を振り下ろすアインベル。

 巨体の皮膚に斧を叩きつけた後、抉るように斬りつける。

 べとつく粘液と、ゴムのような弾力性のある巨体の皮膚が、斧の刃を鈍らせていた。


「おのれぇっ――こうも相性が悪いかっ!」


 斧は刃の斬れ味というより、その重量を叩きつけることで威力を出す武器だ。

 打撃に対し耐性のあるラーガルフリョウトルムリンの特性は、アインベルの強みを見事にかき消している。

 表情を歪めながら同じ部位に攻撃するアインベル。

 一度、巨体がひるむものの、気色悪く跳ねながら牙をアインベルの方に向ける。



 ――って、あれ……?



 その様子を見ていたアイネが眉をひそめた。

 怪訝に首を傾げながらアインベルの攻撃した部位を見つめる。

 その巨体からすれば僅かな――しかし、たしかに出来た傷。その周辺の部位を見て、アイネははっと息をのむ。


「父ちゃんっ! 分かったっ!」


 そう叫ぶや否や、アイネは腰に巻いた藍色の帯を解く。

 袴のようなズボンが若干ずりおちた。


「ぬ、アイネ!?」

「練気・拳!」


 そのままアインベルの前に出てきたアイネ。

 アインベルが呆気にとられる中、アイネが帯を構えて拳を放つ。


「ラアアアアアアアアッツ!」

「なっ――!?」


 ずり落ちた袴を脱ぎ捨てながら。

 アイネが帯を巨体の体に叩きつける。

 そしてそのまま――巨体の体を『拭いた』。


「剛破発勁!」


 その直後、アイネが掌底を巨体に叩きつける。

 アイネの拳を包んだ青白い光が巨体の体に吸い込まれていき――



ギアアアアアアアアアアッ



 これまでにない程、巨体が体をうねらせた。

 アイネの練気は消えていない。


「やっぱりっ! この粘液、そうドバドバ出てくるもんじゃないっ! 一回粘液をぬぐえばしばらくは攻撃が通るっ! 父ちゃんの斧で粘液が飛び散ってたのを見て、確信したっ――!」

「なにっ――おい、アイネッ!」


 巨体がひるんでいる隙に、脱げたズボンを拾いに行くアイネ。

 それを手に取るや否や、下着を丸出しにしながら、アイネがズボンを持って巨体に突進する。


「どうせ逃げ回ってもジリ貧なら――私がこの粘液、限界までふき取ってやるっ!」

「バ――バカかお前はっ!?」

「剛破発勁!」


 ――自らの服を使って粘液をぬぐい攻撃すること。


 それが最も有効な策ならば、例え全裸になろうとも躊躇なくそれをとる。

 それはアイネの抵抗であり、矜持だった。


「バカじゃないっ! ほら見てっ! こうすれば練気が消えないっ!」


 粘液まみれになった袴を投げ捨てて、今度は上の服まで脱ぎ始める。


「なんという無茶をっ――なんて馬鹿なことをするのだっ! お前はっ!! 戦いの際に防具を捨てる奴がいるかっ!!」

「ラアアアアアアアッ! ……ぐっ!?」


 アインベルの言葉に聞く耳を持たず、アイネが巨体に攻撃を続ける。

 だが交互に襲い掛かる牙と尾がこれを阻む。

 後方へ弾き飛ばされるアイネ。


「……だが年頃の娘にそこまでされてはなっ!」


 それでも、確かにアイネは巨体にダメージを与えていた。

 そんな彼女を見て、アインベルがふっと笑う。


 ただ服を脱ぐのが恥ずかしいとかそんなレベルではない。

 毒の粘液に直接皮膚を晒しつつ巨体と接触すること――それがどれだけの苦痛を伴うものなのか。

 アイネのとった策の代償の大きさは、紫に変色していくアイネの体を見るまでもなく明らかだ。


「おおおおおおおおおおっ! 練気・拳っ!」


 アインベルが雄叫びをあげる。

 青白い光が彼の拳を包み込んだ。

 粘液のせいで体のあちこちを痣のような色に変色させたアイネがもう一度前へ。

 脱いだ服を巨体に向かって叩きつけ、同じ場所へ体当たり。


「父ちゃん! 早くっ! ……うあああああああああっ!」


 そのまま体を横にずらして、無理矢理粘液をぬぐい取る。

 体をよじって抵抗するラーガルフリョウトルムリン。

 巨体の粘液がアイネの体の色を次々に変えていく。


「ぬぅっ! 任せろっ!」


 もうアイネの体は限界だ。身に纏う服も面積の小さい下着しかない。

 事実上、巨体にダメージを与えるのは、これがラストチャンスになる。

 それをアインベルは分かっていた。


「おおおおおおっ!」


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