370話 最悪の相性
「ぐっ……おいアイネッ! 大丈夫かっ!」
巨体の牙を斧で受け止め、アインベルが押し返す。
その背後には、跪くアイネがいた。
「づっ……これ、毒っすか……?」
腕をだらりと垂らしながら、アイネがぎゅっと唇を結ぶ。
アイネに背中を向けたまま、アインベルが頷く。
「どうやらヤツの体の粘液に毒があるようだの」
「毒って……でも、なんで剛破発勁が決まらない……?」
「見ろ。アイネ」
そう言って、アインベルが自分の腕を軽く上げる。
「練気が消えておる。もしやあの粘液、ただダメージを与えるだけにとどまらず、練気のような強化を打ち消す効果まであるのやもしれん……」
「そんな……ウチらと相性最悪じゃないっすかっ!」
アイネがひきつった声をあげる。
拳闘士は、練気という強化スキルを前提に攻撃するクラスだ。それをかき消されてしまってはまともな威力を出すことができない。
しかも、ラーガルフリョウトルムリンの体の表面は、全てが気色悪い毒の粘液で包まれており、それに触れずに攻撃を仕掛けることはほぼ不可能だ。
相手に直接触れて攻撃する拳闘士を殺すために用意されたかのような体質――
「やむを得ん。アイネ、下がれ。ワシが斧で殴りに行く」
「ぐっ――」
アイネが唇をかみしめる。
だが、無策に真っ向勝負をしても競り負けるのは明らかなことは分かっている。
アイネは、肩を震わせながら、逃げるように後方へ走り出した。
「アックスアサルトッ!」
反対に、アインベルは巨体の方へ走り出す。
アインベルの気力がこめられた斧が巨体の体に振り下ろされる。
しかし、その斧による一撃は、ブヨブヨとした肉質に包まれるように衝撃を吸収され、あっさりとはじき返された。
「くっ――そういうタイプかっ! おのれぇ!」
その隙をついて巨体が牙をアインベルに振り下ろす。
瞬時にバックステップを使って串刺しを回避するも、巨体の尾がアインベルを逃がさない。
「ごふっ……」
背中に、巨体の尾による体当たりを受けてアインベルが体勢を崩す。
「父ちゃんっ!」
悲痛な声をあげるアイネ。
だが、それとは対照的に、アインベルの表情には余裕があった。
「……まだだ。体内にあやつの『薬』の効果までは、その粘液で消せないようだの」
にぃっと歯を見せて笑うアインベル。
斧を両手で握り直し、巨体に対して刃を真っ直ぐに、直角になるように調整。
そのまま、頭の後ろまで斧を振りかざして――
「レイススイングッ!」
もう一度、一気に斧を振り下ろす。
すると今度は、斧の刃が巨体の皮膚に食い込んだ。
「ぬおおおおおっ!」
叩きつける――というよりも斬りつけるといった動作でアインベルが斧を下へずらす。
飛び散る粘液がアインベルの肌を赤く腫らし、アインベルの鎧を溶かしていく。
それでもアインベルは斧による攻撃を止めなかった
すると――
「むっ――これは、なんだっ!?」
巨体が緑の液体を吐いてきた。
鼻が捻じ曲がるのではないかと錯覚するほどの悪臭。
地面から跳ねてきたその液体がアインベルの体に触れると、彼は大きく体をのけぞらした。
「ぬおおおっ! これはっ――おのれぇっ!」
まるで感電したかのように体を痙攣させるアインベル。
「ダメージを受けても毒を吐くか……むっ!?」
そんなアインベルを前に黙っているような相手ではない。
巨体の体がアインベルの体を押しつぶそうとするかのごとく襲い掛かる。
「お、おのれぇっ――!」
激昂するアインベル。
だが、思うように体が動かせない。
そんな時――
「気功弾!」
巨体の体は、アインベルの直前で後方へ弾かれた。
衝撃の正体は、青白い光の弾。
その声は、振り返るまでもなく、アインベルが分かる少女の声。
それでも、アインベルは後方へ振り返る。
「リーダーの力も借りてるんだ……ウチだって、下がってばかりじゃいられないっ!」
そこには、アイネの姿があった。
拳に光を纏い、強い眼差しで巨体を見据える娘の――弟子の姿が。
「私は……絶対にっ! 絶対に――勝あああああああああつっ!!」
三つ編みにゆった黒髪が、まるで踊るように空を舞った。