36話 傷だらけの冒険者達
トーラギルドに戻ってくると、そこは血の臭いが充満していた。
反射的に鼻をおさえるが口で息をしていてもむせ返るような鉄臭さを感じてしまう。
どうやら慣れるしかなさそうだ。
ギルドの受付広間ではテーブル周辺に十人程の冒険者と思われる三十から五十歳付近の男達が集まり、うめき声をあげている。
皆、包帯を巻きながら体のあちこちに薬草を当てている。傷がひどい者はポーションを飲んだり、傷口にかけていたりしていた。
「うわぁ、本当にやばいことになってるな……」
帰り道にスイからトーラが魔物の急襲を受けたことはきいていた。
スイが特に急いで帰ろうとするそぶりをみせず、また直前に話していた内容が緊張感に欠けるような内容だったため正直実感は湧かなかったのだが。
「マジっすか……大丈夫っすかね、この村……」
アイネも苦々しく表情をゆがめている。
少なくとも俺がここに来てからここまで怪我人を見た事は一度もない。
トーラの村そのものは荒らされた様子は殆ど見えなかったが急襲を受けた付近は違うのかもしれない。
「ぬ! アイネッ!?」
ふと、アインベルの声が聞こえてきた。
その方向をみると体にぐるぐると包帯をまきながら薬草を運ぶアインベルの姿があった。
アイネはそれに気づくと右手を顔の高さまであげ挨拶のジェスチャーをする。
「うっすっ、今戻ったッす……いやぁ、散々だったっすよぉ」
「お前っ……無事なのか……?」
薬草をテーブルに置きアインベルが駆け寄ってきた。
その表情からは血の気が引いている。
──そりゃあ、こんな血まみれな服を着て帰ってきたらさすがに驚くよな。
初めてギルドで働いた日もアイネは服に血をつけてきたが今回はもう服のほぼ全部が血に染まってしまっている。
あっけらかんと笑うアイネからは軽くホラーな雰囲気が漂っていた。
自分の娘がこんな恰好で帰ってきたのだから普通だったら卒倒してもおかしくないかもしれない。
「ん、傷は治してきたから大丈夫っす。ちょっと着替えたい気分すけどね」
「いや、だが薬草漬けにしたとしてもこの出血量では辛いだろう。しかしスイ、よくアイネを守ってくれたな……ありがとう」
アイネの肩をぽんと叩いた後に、アインベルはスイに頭を下げる。
それを見るとスイは恐縮しだし、両手を振りながらそれを否定した。
「いえ、違います、私は何も……」
「そういうな。お前は娘の命を守ってくれた」
スイの両手を強く握りアインベルは涙目になりながら感謝の言葉を続ける。
「いや、だから私は……」
「なに、みなまで言うな。分かっておる。待ってろアイネ、すぐにポーションを持ってくるからな! 今日は色々とまずいことが起きてな、大盤振る舞いだ」
腕を組みながらうんうん、と頷いたと思ったらアインベルはこちらに背を向け走り出そうとした。
トーラは調薬師がいないと聞いていたがこのような緊急事態に備えて一応貯蓄はあるらしい。
と、駆け出そうとするアインベルの腕をアイネがつかむ。
「ちょっと待つっす。ウチは治ってるって、言ってるじゃないっすか」
「あ?」
その言葉にアインベルは怪訝な顔を見せた。
しばらく沈黙しながらアイネの全身を見つめなおす。
「いや、しかしその出血量で薬草だけでは……今立ってるのだって辛いだろう?」
心配そうにアイネを見つめながら、アインベルはそう言った。
おそらく、アイネが心配をかけまいと無理に明るくふるまっているのだと推察しているのだろう。
「アイネの言葉は本当です。彼がヒールを使ったようでして……」
そんなアインベルの内心を察してかスイが口を開く。
「なっ……!?」
その言葉を受けてアインベルが俺の方に視線を移した。
ギルドに帰ってきてから初めて目があった気がする。一応俺も薬草場にいたのだが……
──まぁ、新入りと自分の娘じゃ重みが違うわな。
とはいえ俺のコートは黒色なのでアイネを抱きかかえたときについた彼女の血は殆ど目立っていない。
そもそも俺が逃げたことでアイネがこんな傷を負っているのだ。申し訳なくなってしまう。
どうアインベルに返事をすればいいのか分からず俺は苦笑いを返すことしかできなかった。
「ちなみに、私は何もしていません。彼がゴールデンセンチピードを倒したそうです……」
「────!?!?」
ため息をつきながら言いにくそうにそう言うスイ。
対してアインベルは口をパクパクさせながらその場で硬直しはじめた。
ハンマーで殴られ頭の上で星を出している漫画の描写を連想してしまう。
割と真面目な話しをしているはずなのだが、そのコミカルな表情に思わずくすり、と笑ってしまった。
「……ワシをからかっておるのか?」
「あ、いや……」
と、そんな俺の態度を見たせいだろう。
アインベルが眉をひそめる。無言で放たれる威圧感。
俺は軽率な自分の行動を責めつつ、恐縮して何も喋ることができなくなってしまった。
「本当っすよ。新入りさんがムカデを倒して、ウチの傷を治してくれったッす」
アイネがそんな俺をカバーするかのように明るくそう言う。
アインベルは呆れたような表情をしながら俺の方に近寄ってきた。
体が近くにあることで目線をぐっとあげる。それが彼の威圧感を増していた。
「なんだと? あれを単独で倒したというのか? お前が……というか、ヒールだと? お前は修道士なのか?」
「いや、違っ……ていうか、よく分からないんです、俺には……」
「どういうことだ? 今は緊急事態なんだぞ」
アインベルが眉をぴくりと動かし声を荒げる。
自分の娘のことが絡んでいるだけに、かなり苛立っているようだった。
その気持ちが十分に分かるゆえ、俺の焦りも増していく。
「あ~っ! 父ちゃんはホントに物分り悪いっす。なら、新入りさん。ここら辺の人にヒールかけてあげればいいっす」
アイネがしびれを切らし地面をばんと一回蹴る。
それをきいてアインベルはじっと俺の様子をうかがい始めた。
──え、今すぐに使えってことっすか?