360話 激励
――レシルは嘘をついていない。
いつもより口が軽くなっている理由、隣でルイリが泣きじゃくっている理由、二人の金色の瞳が輝きを失っている理由。
もうどうにでもなれ、という投げやりな雰囲気が、彼女の言葉に真実味を帯びさせている。
だが、あまりにも投げやりでいられるとこっちだって困ってしまう。
「……お前達にはききたいことがあるからな。無事でいてくれないと困るんだよ」
「あたしは何も話さないわよ。まさか、あんたの味方になるとでも思ってるわけ?」
――ダメだ、レシルとは話しが続きそうにない。
ターゲットを変え、俺は座り込むルイリの肩に手を伸ばす。
「おい、ルイリ。しっかりしろっ」
「うぐ、ぐすっ……な、なによ? 本当に妊娠させる気なわけ?」
若干目を赤くしながら訴えるルイリ。
一瞬、彼女の言葉にぎょっとしたが、ひくわけにはいかない。
「冗談言ってる場合か! ここから出る方法を教えろっ!」
少し強めにそう言うと、ルイリはキッと俺のことを睨み返してきた。
「知らないわよっ!! この結界を作ったのはヴェロニカ様よ!? ヴェロニカ様が許してくれなきゃ、ここからは出られないわ! でも、それも貴方のせいでなくなった!!」
腕を振り回して俺の胸を叩くルイリ。
泣きじゃくりながら彼女は言葉を続ける。
「貴方がこの結界にいなければ、もしかしたらヴェロニカ様の気まぐれで解放してくれたかもしれない。でも、貴方がこの中にいたら結界を解くはずがない。終わりよ……」
そう言ってがっくりと肩を落とすルイリ。
――正直、ただの逆恨みのようにもみえるが、それを言ったところで仕方ないか。
それだけ今のルイリは思い詰めているということなのだろう。
「そうか……悪かったな」
「は?」
俺がそういうと、ルイリがぽかんと口を開けて俺のことを見上げてきた。
「でも諦めるのはまだ早いだろ。お前達は俺の力を評価してくれてるんだよな。だったら今は俺を頼れ」
「は、はぁ……? 頼れって……はぁ!?」
尻もちをついたまま、後ろに下がるルイリ。
――なんだよその動き……
ちょっとコミカルな変な動きに、少し笑ってしまいそうになる。
だが、頬を緩めている場合ではない。あんな訳の分からない力を持っている女を放置するわけにはいかない。
ユミフィ、セナ、アーロンの安全も脅かされているはずだ。グズグズする時間は無い。
「とにかく方法を探そう。結界ってことはコアみたいなものがあるんじゃないか?」
「コア……?」
「前にみたことがあるんだよ。宝石みたいなやつ」
ガルガンデュールで、ブルックにそれらしきものを見せられたことがある。
結界というものがどのようなシステムで構築されているのか俺には分からないが、何もないところから結界が出来ましたなんていうのもおかしな話だろう。
結界を生み出して、それを維持する何かがあるはずだ。
そんなことを考えていると、レシルが思い出したように口を挟んできた。
「……まあ、結界のコアを手に入れられれば解除することはできると思うけど。でも、ヴェロニカ様はコアを手に入れるためには死ぬしかないって言ってたわ」
「なんだそれ。死ぬしかない?」
「詳しくは知らないわよ。でも、この幽閉結界に閉じ込められて無事に出てきたヤツなんて見たことがないわ。多分、ヴェロニカ様の言ってることは本当よ」
唇をぎゅっと結んで俯くレシル。
だが、俺は彼女と同じような行動にとる気にはなれなかった。
「でもコアがあるんだろ? だったらまずは探索しよう。俺がいれば死なないかもしれないだろ」
「…………」
そういうと、レシルは困ったように眉を曲げてきた。
少しの間を置いて、おそるおそると言った感じで言葉を続けてくる。
「どういうつもり? あたし達は貴方の敵よ。あんたが出たいなら、結界を無理矢理壊して出ていけばいいじゃない」
――たしかに。
彼女の言う通りだ。
今こうしている間に、ヴェロニカが皆のことを襲いはじめたら――そう思うと心配で仕方ない。
だが、ブレイクスルーポーションをトワに預けているし、何も抵抗できずに殺されるなんてことはないはずだ。
それに――
「よく分からないけど、お前達にも事情があるんだろ。俺はそう簡単に人を殺せるほど、この世界になじんでないんだよ」
「…………」
レシルの反応は無い。
ぽかんと俺のことを見つめているだけだ。
――いや、それはそれでなんかちょっと恥ずかしいんだけど。ちょっとかっこつけたのがバカみたいじゃないか。
照れ隠しというわけではないが、俺はルイリの方に視線を移す。
「おいルイリ、立て。お前だって出たいんだろ? 投げやりになるのは早い。ほら」
ルイリはじっと、視線を下に下げている。
前髪のせいでよく顔が見えない。
じっと動かず、ただ座り込んでいるままだ。
「立てよっ! 俺のことを強いと思うなら、少しは俺を信用しろっ! 諦めるな、ルイリッ!」
そんな彼女の腕をつかむ。
半ば無理やり、彼女の腕を上にひっぱりあげた。
「痛いっ――! 立つ、立つわよっ! だから普通に手を貸して」
そう叫んで、俺の手を振り払うルイリ。
だがすぐに、ルイリは俺の手を握りしめ立ち上がった。
「…………ありがとう」
その時、俺は初めて気づいた。
ルイリの顔が、真っ赤に染まっていることに。