35話 茶番
デジャヴを感じ、首をかしげていると、アイネが苦笑しながら話しかけてきた。
「あ、あの……新入りさん、ほんっと、気にしないでほしいっす」
「そうですよ、一生懸命だったんですよね?」
スイもフォローを加えてくれている。
──なんだ、いつも通りの雰囲気じゃないか。
完全に拍子抜けだった。
我ながら見事な一人相撲だったとある意味感心する。
ふと、俺が無言のままなのを心配したのか、少し慌てた様子でアイネが言葉を続けてきた。
「別にあんなことで……いや、あんなことってわけでもないっすね……うぅ……」
と思ったら頬を赤く染めて俯くアイネ。
──なんというか、この子も色々忙しい人だなぁ。
「……うぅ、意識しないでいたのに……新入りさんのせいで恥ずかしくなってきたっす……」
アイネはそう言いながら少し恨めしそうに俺の事をにらんでくる。
確かに、怒ってないのなら俺がやったことは無意味なぶり返しだ。
完全に裏目に出てしまった自分の先の行動。我ながら情けない。
「いや、見てる方も恥ずかしかったからね! ちょっとだけならともかく……結構長かったよね!?」
アイネの表情がスイの羞恥心もぶり返させてしまったのだろう。
その声は少し裏返っていた。
「じゃ、じゃあっ! 止めればよかったじゃないっすか! 先輩もぼーっとしてたくせにっ!」
アイネが不満げに反論する。
耳と尾をピンと立てる。いつもの威嚇のポーズだった。
それに対しスイも足で一回、地団駄を踏みながら言い返す。
「そっ、そんなことできる空気じゃなかったでしょっ! そ、それに……だ、男女が抱き合ってる姿なんて、見せられた事あるわけないじゃんっ! そりゃ、唖然とするよっ!」
「はぁ!? ウチは『見せられた』んじゃなくて、『抱かれた』んすけど!? ウチの方が衝撃的な体験してるじゃないっすか!」
アイネの反論にスイは唇をきゅっと結ぶ。
──ん? なんか誤解を呼ぶような言い方じゃありませんかね?
「うぐぅっ!? で、でもアイネだって、アイネだって……! なんか言うことぐらいできたでしょっ、それなのに……ずっと気持ちよさそうな顔してるだけだったじゃんっ!」
スイは腕を払いながら言い返す。
──って、気持ちよさそうな!?
「んなの、仕方ないっすよ! あんなのされたことなかったんすから! 先輩もやられてみれば分かるっす! 抱きしめられるの……気持ちいいんすからっ!」
――気持ちいいってなんだよ! 俺はつっこまないぞ!
邪念を振り払い、ぎゅっと目を閉じる。
どうも俺が入っていけるような空気ではないし、触れないでおくべきだろう。
「んなっ、そんなこと、できるわけないでしょっ……! あ、あんなことっ……」
「ほーら、口だけっす! 薬草の時もそうだったけど先輩ずるいっす! 体験してないのに横から文句だけいうなんてっ」
「体験って!? アイネだって自分から彼のこと抱きしめたわけじゃないでしょっ! へ、変に大人ぶるのやめてよっ」
そう言いながら顔に両手を当てるスイ。
いろいろカオスな口論になってきていた気がする。
もう何が論点なのか分からない。
そんな二人を見ていると、自然と笑いがこぼれてきた。
「ぷっ、ははは……あははっ」
その瞬間、ぴたりと二人の動きが止まる。
……少し後悔した。さすがに失礼だっただろうか。
すぐに俺は謝ろうと口を開く。
「う? あ、ご、ごめんなさいっ……し、失礼しまし……」
「い、いやっ! あの、お見苦しいところを……ほんと、気にしないでください……」
「そ、そうですか……」
……再び沈黙。
物凄い茶番を繰り広げている気がする。
──また気まずい空気に戻ってないか?
「あぁあああああっ! なしっ! なしってことで! もう止めるっす、おしまいっ!」
と、唐突にアイネが叫びだした。
両手を天に突き付け、その後ばたばたと腕を振り始める。
奇抜な行動ではあるのだが内心、かなり感謝した。
誰かが無理にでも喋らないとこの空気は散ってくれないだろうから。
「だいたい新入りさんっ! なんで口調戻ってるっすか? さっきは『大丈夫か、おいっ!』とか言ってたくせに」
「……そうなんですか?」
少しだけ口角をあげながらスイが俺を見つめてくる。
そんなスイを見てアイネもニヤリと笑うと追い打ちを仕掛けてきた。
「マジっすよ。なんか泣きながら『そういうこと聞いてるんじゃねえよっ、ばかっ……!』とか熱く叫んでたっす」
何かを抱きしめる動作をしながら空に向かって叫ぶポーズをするアイネ。
「へぇ……彼がねぇ……」
それを見てスイがアイネと同じような表情をしはじめる。
そして、スイは俺とアイネを交互にみながらわざとらしくうなずき始めた。
──さっきまで口論していたのに、なんでいきなり息が合っているんですかねぇ!?
「ちょっと! ぶり返さないでくださいよっ!」
思わず、強めに叫んでしまった。
するとアイネは後頭部に手をまわしながらジト目でこちらを見つめてくる。
「えー、最初にぶり返してきたのはそっちっす!」
「そ、そうですよ!」
「……すいません」
何も言い返せないので頭をさげてごまかす。
それでも、俺はどこか楽しんでいた。
さっきの謝罪とは空気が全く違う。
普段通りの明るい雰囲気のおかげで、今更ながら生き残ったのだという安堵の気持ちを感じたというのもある。
もっとも、アイネの服は血まみれだったのでなんかシュールな気がしたが……
「というわけで、はい、言葉っ!」
と、アイネが手をパンと叩く。
一瞬、意味が分からず首をかしげる。
しかしすぐにその意味を理解した。
──え? まだこだわるの、それ。しつこくねぇ?
「まだ私達を友達だと思ってくれてないのですか?」
スイはそう言いながらぐいっと距離をつめ俺を見上げてくる。
無理にタメ口を使うのって結構、精神的に疲労するのだが……それを言っても無駄だろうということは察しがついていた。
「わ、分かった……分かったから、もうやめよう……すまなかった……」
俺の言葉ににっこりと笑う二人。
もう、帰りの足が重くなることはなさそうだ。
「じゃあ帰りましょうか。トーラへ」