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355話 ヴェロニカ

「……何、じろじろ見て。デートのお誘いでも考えてるのかしら」


 皆の姿が見えなくなってからしばらくたった後、ルイリはおもむろに挑発的な声をあげてきた。

 だが俺は敢えてその言葉に反応しなかった。

 この二人を相手に気を抜いたら、何をされるか分からない。俺だけじゃなく、皆に対しても。


「はぁ……別に睨んでもらってもいいけど。本当にあたし達は何もしないわよ。どうせ何かしたってあんたには負けるだろうし」


 両手を挙げながら自嘲気味にほほ笑むレシル。

 そんな彼女の隣で、ルイリが口元に手をあててニヤニヤと笑う。


「だから私達を妊娠させたいなら今がチャンスよ?」

「ルイリッ!」


 俺がルイリの言葉に動揺するよりも前に、レシルが鋭い声をあげる。

 二重の意味で驚いていると、ルイリがやれやれと言いたげにため息をついた。


「……冗談よ。私苦手なの。こういうピリピリした空気。10秒ぐらいが限界だわ」

「ふざけてる場合じゃないわ。本当に殺されるわよ」


 ――いや、殺さねぇよ……


 たしかに、この二人は敵だが、だからといって「よし殺そう」なんて簡単に思えるわけがない。

 もっとも、向こうには怯えてもらうぐらいがちょうどいいかもしれない。

 なるべく威圧的になるように意識しながら言葉をかけてみることにした。


「どうせ負けるとかいうわりには結構堂々としてるな」

「あら、そう見える?」

「…………」


 と、二人が一気に俺に視線を向けてきた。

 少し潤んでいる金の瞳。……強がっているはいるが、かなり怯えているのが分かる。


 ――って、あれ……?


 ふと、俺が二人のことを睨んでいると、あることに気づいた。

 最初は気のせいかと思ったが――ルイリの顔に、いくつかの傷の跡がある。

 レシルにも、ルイリ程ではないにせよ、同じような傷があった。


「……何かあったのか?」


 気づけば、俺は二人にむけてそう問いかけていた。

 すると、二人は本当に驚いたのか、目を丸く見開いて頓狂な声を返してくる。


「……なんで?」

「そういう顔してるだろ」


 前回の俺達との戦闘でついたのか――最初はそう思ったが、そう結論づけると妙に違和感が残る。

 ルイリに大傷を負わせた自覚はあるが、あれは相手の鎌を利用して肩にぶつけたものなのだ。こんな執拗に顔を叩いたような傷跡が残っているものなのだろうか。


「うるさいわね。本当にあたし達は何もしないから。あんたはぼけーっと、仲間が鍵を起動するのを待ってればいいのよ」


 と、じっと俺に顔を見られるのが嫌だったのだろう。

 レシルが苛立った声をあげる。


「本当に何もしないつもりか? 皆にも?」

「答えると思ってるわけ?」

「少しだけな」

「ばかね。あたしは無駄なことが嫌いなの。もう黙っててくれる?」

「…………」


 ――これ以上、踏み込むな。


 言葉にせずとも、二人がそう言っているのが伝わってくる。

 だが、前にみせていた彼女達の様子からは信じられないほどに、表情が悲壮感に満ちているのがどうしてもひっかかった。


「でもお前達、なんか辛そうな顔してるぞ?」

「っ――!?」


 俺の言葉に、二人がびくりと体を震わせる。

 敵である俺からそんなことを言われたから驚いた――と説明するには、あまりにも過大なリアクション。


 ――もしかして、あの傷になにかあるのか……?


「なぁ、もしかして何か事情が――」

「らんらんららら、らんららららー」



 と、唐突に俺の耳に、奇妙な女の声が聞こえてきた。

 最初は心地よく、だが数秒も経つと耳障りになるような変に高い声。

 安いボイスチェンジャーで下手に作ったようなアニメ声。

 当然、その声はレシルとルイリから放たれたものではない。


「んー、今日のヴェロちゃん、全てが華麗! 頭の先からつま先まで、全部がぴかぴか、ほっわほわーん」


 その声は、壁の向こう側から聞こえてきた。

 皆が仕掛けを作動させたのだろうか。だが、俺はまだ何もしていない。

 一体何が起きているのか――じっと声のする方向を睨んでいると、壁に一つの魔法陣が浮かび上がった。

 その中から、黒い液体と共に、ピンク色の髪をした女が現れてきた。


 見た目二十代前半といった感じだろうか。

 暗い洞窟の中でもはっきりと分かるほどの、ぎらついたピンクをツインテールに縛り、唇には真っ赤なルージュ。

 はれ上がっているのではないかと疑う程、派手に塗られた頬のチーク。

 こういったなんだが――絵にかいたような化粧下手の女性だ。

 その女が、鞭を片手にニコニコと笑いながら俺のことを見つめている。


「うふふふ。もしかしてもしなくても! 貴方が噂の男の子ね! なるほどなるほど。たしかに結構イケメンねっ! らんらんらんらーん」


 そんな女性が、ユミフィが来ているようなひらひらのワンピースを身に纏い、くるくると回り始めた。

 その緊張感の無い奇妙な言動に、俺はレシルとルイリにすがるように視線を移す。


「……えと。こいつが?」


 無言でうなずく二人。

 と、その女は俺の視線が自分に向けられていないことに気づいたのか、レシルとルイリの前に入り込んできた。


「はーい! ようこそ人間。私はヴェロニカ。世界で一番可愛くて、世界で二番目に強い者よ」

「二番目に強い?」

「もちろん。一番強いのは魔王様に決まってるから」


 思わず、目を見開く。

 そんな俺の反応を満足そうに笑みを浮かべながら見つめるヴェロニカ。


「お前達はいった――」

「うんうん。そうね。そうよね?」


 俺が声をあげた瞬間、ヴェロニカが大げさに頷きはじめた。

 手に持った鞭をいくつか地面に叩きつけ、俺の言葉を遮ってくる。


「ききたいこと、たくさんあるでしょ? それ、私もなの。貴方、ただの人間でしょう? それなのにレシルとルイリに勝つって、それどういうこと?」

「どういうことって……」


 質問の意図が分からずオウム返しをすると、ヴェロニカがニコニコ笑いながら俺の方に歩いてきた。


「だってだって。いくらクソ雑魚役立たずでも、魔貴族の私が直々に教育してあげたのよ? ただの人間が勝てるわけないじゃない」

「魔貴族のマナ……?」

「そうよ。人間なんかじゃ到達できない、誇り高き魔族のマナ。それを身に宿してるのに人間に負けるなんて――歴史に残る醜態よ」


 先ほどまでの笑顔はどこへやら。

 顔の中心部分に大量のしわを寄せて、ヴェロニカがレシルとルイリを睨む。

 びくりと体を震わせて後ずさりする二人。


 ――マジかよ。


 この二人は俺が出会ってきた人物の中では最強格だ。

 大陸の英雄と呼ばれるライルやカミーラ――スイの実力を大きく超えている。

 そんな二人がこうまで露骨に恐怖を示す相手ということか。


「……なぁに、その目。もしかして、まだ私が負けると思ってるの?」


 と、不意にヴェロニカは視線を二人の方に移す。

 

「い、いえ……」

「えと……」


 戸惑いの表情を浮かべたまま言葉を詰まらせるレシルとルイリ。

 そんな二人を見て、ヴェロニカはひくひくと頬を動かした。


「ふーん、そう? そうなの。へー……なるほどねー……」


 するり、とヴェロニカが体の向きを変える。

 そして――


「ふざけないでええええええええええ!!!! なんて傲慢なの! なんて不敬なの! なんて不遜なのっ!」


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