354話 扉の鍵
「で? その失敗作とやらのもとに、わざわざご案内してくれるのかしら?」
「ちょっと違うわ。正確には、その失敗作を作った人のところね」
挑発的なアーロンの声色に、意外にもレシルは冷静に返してきた。
「……誰だ、それ」
「まだあんた達が会ったことが無い人よ。……私達より数段強い」
少しだけユミフィが体を震わせる。
今まで高飛車な態度を見せてきたレシルがそこまで言う相手とはいったい誰のことなのか――想像すると、俺も少し怖くなってくる。
「その人がトーラに魔物を送っているわけ?」
「そうよ」
「……随分あっさり認めるのね。私達のこと、ナメてる?」
「えぇ。ナメてるわ。――彼以外はね」
淡々と答えるレシルとルイリ。
その凍り付くような異様な雰囲気に、アーロンはぐっと唇をかみしめた。
なんとなくだが、彼女達の強さを察したのだろう。
アーロンは口を閉ざしてレシルとルイリについていく。
「見た目と違って賢いのね。さぁ、来なさい」
俺に視線を移して手招きをするルイリ。
ピリピリした空気だが二人の体勢は隙だらけだ。
本当に戦う気はないのだろう。とりえあず俺も彼女達についていく。
「師匠……」
「お兄ちゃん……」
セナとユミフィが俺の両隣で腕を掴んでくる。
トワは俺の肩に前かがみに座ってじっとレシルとルイリを睨んでいた。
そんな緊張感に満ちた空気を味わいながら十分弱程経過しただろうか。
俺達はやや開けた空間にたどり着いた。
「さて。ここが問題の場所よ」
その奥――大きな壁のあるところで、レシルとルイリが立ち止まる。
だが、レシルがいうような問題がなんなのか、俺には皆目見当がつかなかった。
「……何だ。何もないけど……」
「いや、師匠。これは――」
セナがうわずった声をあげると、レシルが淡々と口を挟んできた。
「察した? そうよ、この先に『その人』がいる。今まさにトーラを荒らしてる張本人――ヴェロニカ様がね」
「っ――」
伝わってくる空気の僅かな震え。
痛い程の沈黙が周囲を包み込む。
それに歯向かうように、アーロンが声を張り上げた。
「でも、ただの壁にしか見えないけど? これからどうすればいいのかしら」
「これを見て」
アーロンの問いかけに、ルイリが壁の下の方を指さした。
壁から何かの爪のような岩が盛り上がっており、その中に石がはめられている。
それを指さしながらルイリが話しを続けた。
「この宝珠にマナを送り込む――それでヴェロニカ様の部屋へ行けるわ。ジャークロットの聖域に来た貴方達なら理屈が分かるでしょ?」
たしかにルイリの言う通り、マナを送り込むことで先に進む仕組みならジャークロット森林にもあった。
見た目は全く違うが――最初から嘘と疑ってかかるほど信憑性のない内容とは思えない。
「ただ、ちょっと面倒なところがあってね。実はこの壁伝いに進んだところにもう一個、同じ装置があるのだけれど……それと同時にマナを送らないと、扉が開かないの」
「つまりあんた達は、ここで手分けする必要があるってことね」
「なんだよそれ! そうやってオレ達を分断させる気か!」
セナが声をあらげると、レシルが呆れたようにため息をついた。
「……ほんとのことよ。試しにマナを送ってみれば?」
「そんな面倒なことしなくてもさ、リーダー君ならパンチで壊せちゃうんじゃない?」
と、トワが提案してくる。
真顔で言うような内容にしてはややズレているような気もするが――なんだかんだ、今までも無理矢理「通常攻撃」で乗り越えてきたこともある。
トワの言うことも一理あるかもしれない。
「そうね。それでもいいわ。でも、ここは魔王様のマナで特別に作り出した空間よ。その中心部分を無理矢理壊したらこの空間は崩壊するわ。全員――ここで生き埋めになるわよ」
「なっ……」
出てきた過激なワードに、思わず言葉を詰まらせる。
ただのハッタリかと思ったが――レシルとルイリの表情は真剣そのものだ。
今までのように変に余裕ぶることもなく、高圧的になるわけでもなく、じっとこちらを見つめている。
「……多分、嘘、ついてない。ここ、変な感じ、する……もともと、無かったのに、無理に作られた……そんな感じ」
そう言いながら、ユミフィがこくりと喉を鳴らす。
その迫真めいた雰囲気に、理屈ではなく感覚で感じとったのだろう。
アーロンは僅かに肩を落としてため息をついた。
「従うしかないってわけね……」
そんなアーロンを前に、他の皆が俺のことをすがるように見つめてくる。
レシルとルイリについて、俺が一番であった数が多いのだ。
アーロンの言う通り、例え従うにしたとしても、俺がもう少し彼女達を問い詰める必要はあるだろう。
「……お前達はどうするつもりだ?」
「何がよ」
どこか投げやりな感じで、レシルが返事をする。
「俺達が別れて、その扉を開けるとして――その間、お前達は黙ってみているのか?」
「そうよ」
あっさりと肯定するルイリ。
それに思わず言葉を詰まらせると、レシルが言葉を重ねてきた。
「今回、あたし達は何もしない。ていうか――できない。手を出すなって言われてるから」
「……ヴェロニカってやつにか?」
即座に二人が頷く。
――理解できなかった。彼女達が何を考えているのか、彼女達に何の得があるのか。
確かに敵対心は感じるものの、彼女達からは戦意が感じられない。
「参ったわね……どうしようかしら」
「お兄ちゃん……」
問答に行き詰っていると、皆が心配そうに俺のことを見つめてきた。
こうしている間にも、スイとアイネ――そしてアインベル達はトーラで戦っている。
ヴェロニカとやらを倒せば事態がおさまるのなら、これ以上彼女達を問い詰めるのは無為か。
「……分かった。俺が一人でここに残る。皆は先に行ってくれ」
「おーっ、かっこいいじゃんリーダー君! そういうところ、好きだぞっ!」
「お前もだよ。トワ。俺とは別行動だ」
「え? ……嘘でしょ?」
儚げな声で俺に問いかけるトワ。
何故、嘘だと思ったのか知らないがとりあえず黙って首を横に振る。
「……いや、ちょっとまって! いくらリーダー君でも一人って……うーん……」
と、トワは何かを言おうとしかけたとたん、腕を組んで黙ってしまった。
「本当に戦う気はなさそうだけど……師匠が二人を見ておいてくれるのは心強いな」
「でも一人って――本当に大丈夫なの?」
「そうですね……ここならワームもムカデもいないし。正直、ここは皆に任せたいんですよ」
「あら、そう言われると嬉しくなるわね」
そう言いながらニタリと笑うアーロン。
「……へー、うまいじゃん。さすがだね、イケメンッ!」
「はは……」
適当な感じで頬をつついてくるトワ。
そんな彼女を適当にあしらっていると、アーロンが雄々しく腕を振り上げて走り出す。
「いいわ。なら、この先は我らが恋する戦乙女達に任せなさい。背中は預けたわよ、王子様っ!!」
「って、ちょっと! いきなり走っていかないでよーっ!」
慌てて飛び出すトワ。
それにユミフィとセナが続く。
「……気をつけてな、師匠!」
「マナ、送る! だから、お願いっ!」
そう言って一度だけ振り返ると、皆は奥の方へ走っていった。