352話 乙女……?
トワの転移魔法でファルルドの森まで移動した俺達は、一度、キンググリフォンとホウオウの力を使って上空に行き、アーロンの指示で地上へ戻ってきた。
今回は緊急事態ゆえ、目立つとか目立たないかと全く考えずに移動している。
そのせいでトーラを出てから十分程度の時間で、俺達はその位置までくることができた。
……のだが。
「さて、ここなのだけれど、いきなりお出迎えのようね」
ホウオウから降りたアーロンが、バキバキと腕を鳴らしながら洞窟の入り口に向かう。
メイド服には全く似合わないはち切れんばかりの筋肉をぴくぴくと動かしながら。
「うえっ……なんだ、これっ……」
その先に居るのは入り口を覆いつくすようなワーム、ムカデ、クモ、アリ――それにゴキブリだろうか。ゲテモノというワードから連想されそうな数々が、巨体となってこちらをじっと見据えている。
……正直、誰もいなかったら吐いていたかもしれない。
そんなことで皆に迷惑をかけたくないという思いで、ギリギリ踏みとどまっているが――リアルにこうもグロテスクな魔物を目の当たりにすると、もううまく思考がまわらない。
「あんらぁ? もしかして貴方、虫が苦手なの?」
「いや、虫っていってもあれ……うわ……うぇっ……」
とりあえず魔法を前方に撃ってみようか。
そう思って前に手をかざすが、漂う異様な悪臭で集中することがうまくできない。
トワにいたっては騒ぐ元気もないようで、俺の内ポケットでぐったりとしたままだ。
「んー! なんて可愛い反応なのかしら。いいわ。戦う乙女の背中を見せてあげる。元気をだすのよっ!!」
そんな俺の頭をぐりぐりと撫でまわすと、アーロンはぎゅっと拳を握りしめた。
――いや……それ、乙女の覇気じゃないだろ……
「……お兄ちゃん、怖いの?」
「え、師匠。怖いの?」
「怖いというか生理的に受け付け……うっ」
口を開けただけで、異常な空気が体内にねじこむように入り込んでくるのを感じる。
魔物達が体をうねらす音、きりきりと羽を羽ばたかせる音、もぞもぞと地面とこすれ合う音――全てが俺の不快感を掻き立てる。
「分かる……ボクも無理……は、吐きそう……」
「や、やめろ! そんなところで吐くなっ! おい、トワッ!」
「じゃ、じゃあせめてリーダー君のシャツの中で吐く……」
「なんでだよ! せめて内ポケットにしとけ!」
「無理無理無理! シャツ一枚でも壁ができないと無理! うぇぇえええええ」
「くそっ……だから吐くな……うぅっ……」
幸い本当に吐いてはいないようだが。トワが俺のシャツの中に入り込んで嗚咽し続けている。
だが俺も人のことは言えない。あまりの気色悪さに、立っているだけで限界だった。
俺の集中が途切れているせいだろうか。いつのまにかキンググリフォンとホウオウは召喚クリスタルにその身を戻している。
レベル2400なのは体だけ――精神面において、俺はただの雑魚キャラということか。
情けなさと悔しさと、気持ち悪さが色々こみあげてきて、気づけば目に涙が浮かんできた。
「……えへ」
と、そんな時だった。
不意にユミフィの顔が俺の視界に入り込んできた。
俺の腕をつかみながら、ぐいっと自分の顔を近づけてくる。
「ね、お兄ちゃん……あげないの?」
「は? 何が……?」
「悲鳴」
「っ――!?」
僅かに口元をあげて、とても穏やかな笑顔を見せながらユミフィがさらに顔を近づけてくる。
その表情は――普通に見れば、とても可愛らしい笑顔なのだが、状況が状況だけに、一見すると気味が悪いものだった。
「ど、どうしたユミフィ。何考えてるんだ?」
「可愛い」
「は?」
上唇を軽くなめて、ユミフィが目尻を下げる。
「怖がる、お兄ちゃん。……可愛い」
「何言って――って、ユミフィッ!」
「フォースショットッ!」
と、ユミフィに気を取られていたせいで、その瞬間まで気づかなかった。
俺の方に、一匹のワームが近づいていることに。
だが、そのワームは俺が声をあげた瞬間、一気に後方に向かって吹っ飛ばされていく。
「えへ……大丈夫。私、お兄ちゃん。守るよ?」
そう言いながら、片腕を真っ赤に染めたユミフィが振り返ってきた。
……どうやら、弓士のスキルでワームを撃退したらしい。
――ていうか、強くね?
「悲鳴。ちょっとききたい。でも、お兄ちゃん、怖がる、よくない。私、戦う」
真っ赤に染まった片腕で矢を取り出すと、ユミフィは改めて弓を構える。
どこか虚ろな笑みを見せながら魔物を見据えるユミフィ。
気のせいか、魔物達がどよめているのを感じる。
そんなユミフィを横にして、セナが軽く俺の肩をつついてきた。
「……え、ユミフィってこういうキャラなの?」
「そうじゃないと思ってたんだけど……そうなのかも……」
「フォースショットッ!!」
鋭く叫びながらユミフィが矢を放つ。
青白い閃光と共に一直線に飛んでいく矢。
それが魔物の体を切り裂くと、ユミフィは少し自慢げに笑って見せる。
「アハハ。めっちゃいい笑顔だね。あんなユミフィちゃんの顔、初めて見たかも……」
……たしかに。
どんなに笑っていても微笑という程度のユミフィが、あそこまで口角をあげているのは見たことがないかもしれない。
「あんらぁ! やるじゃないユミフィちゃん。感じるわ! 恋する乙女の波動をね!!」
「えへへへへ……ほら、お兄ちゃん! 私、お兄ちゃん、ちゃんと守れる!! えへ、えへへっ!」
恍惚な表情を浮かべながら矢を連射するユミフィ。
その横で両手を頬にあてて跳びあがるアーロン。
――どうつっこめばいいのだろう?
「うふふ。スイちゃんやアイネちゃんだけじゃなく、こんなに小さな乙女もやみつきにさせるなんて……もう! 罪な人ねっ!!」
そう言いながら、アーロンは何度か俺の肩を叩く。
そして両腕を誇示するように曲げながら叫びだした。
「でも、今の貴方はかよわい乙女! 見てなさい! 私の乙女パワーが、道を切り裂く瞬間を! 愛に満ちたこの背中を!! 乙女モーーーーーーーーード!!」
アーロンの上体から、青白い光が放たれる。
メイド服がみちみちと悲鳴をあげ、内側から胸毛がさらに飛び出してきた。
――いや、錬気・体だよな。それ……?
スキルを使うためにはその名前を詠唱しなければならないはずだ。
だが、アーロンに関してはなぜかそれを無視している。もしかして、これも一種の完全無詠唱なのではないか.。
「ぷりてぃ・いんぱくと!!」
アーロンの拳が、ワームの頭に直撃する。
ぶちぶちと、耳を塞ぎたくなるようなグロテスクな音とともにワームが飛ぶ。
その死体が、他のゲテモノたちを押しつぶし、アーロン自らも満面の笑みを浮かべながら突撃していく。
「…………トーラってすごいところなんだな」
そんな異様な光景を前に、セナがひきつった顔でため息をついた。
「いや、セナ。それは誤解だと思う……トーラは別に関係ないぞ」
「…………」
――本当か?
そう、思いっきり顔にかいて俺の方を振り返るセナを前に、思わず俺は硬直してしまった。
「……多分な」