351話 出撃
俺の声に、グリフォンが黒金の翼を羽ばたかせる。
それとほぼ同時に、周囲にある魔物が一気に身を切り刻まれ、その場に倒れこんでしまった。
数十人がかりで行われていた大規模戦闘が一瞬のうちに終わってしまったことで、この場にいた人は皆唖然としている。
――そういえば、俺がレベル2400だってこと、トーラの人達は知らないんだっけ……
「ちょっ……きゃーっ! 凄い、凄いわっ! まるで王子様じゃない!!」
ふと、急に視界が真っ暗になった。
ぼさぼさの感じに硬い筋肉の感触。無理に作った裏返った声。
「ちょっ……びっくりするじゃないですか。……大丈夫ですか?」
「私はね。でも、怪我人は結構いるわ。ほらっ!」
俺を解放するやいなや、アーロンは大きく腕を振り上げて周囲を見渡すように促す。
このちくちくとした感触は大量の胸毛が顔を刺してきた余韻か。早く忘れたいものだ。
だが、そんなことよりも――
「うわー……なにこの光景……さ、最悪……」
「そうだな……」
周囲の光景の方が圧倒的に酷い。
ワームに、ムカデにクモのような魔物の数々が、形容しがたい物体をまき散らして倒れている。
死人は出ていないようだが――胸に飛び込んできたトワの気持ちはよくわかる。
だが、ずっとこうしているわけにもいかない。アーロンの言う通り、体のあちこちから血を流している人がたくさんいる。
とりあえず、俺はヒールウィンドで周囲にいた人々を回復させていった。
召喚獣を従えた俺達の登場にかなりざわついているが……いまはそこに触れている時間は無い。
「ところで、アイネはどこだ? スイもいないようだが」
「二人なら別のところで戦ってるぜ。オレ達とは手分けすることになったんだけど……何が起きてるんだ?」
アインベルの問いかけに、セナが冷静に答える。
セナもユミフィもこういう事態には慣れているのだろうか。
特に表情を変えることなく淡々と話しをし続けていく。
「分からぬっ……急に魔物が次々と現れてな……以前、ゴールデンセンチピードに襲われて以降、魔物がが襲撃してくることへの警戒は高めていたのだが……」
「もうホント何がなんだか分からないわ……結界もいつの間にか破壊されてるし……」
「破壊……? 結界、壊れるの?」
「現に壊れているからな。……しかし、レベル100を超えるような魔物が数体現われでもしない限り壊れるはずがないのだが……」
アインベルが強く唇を一文字に結ぶ。
レベル100以上の魔物――このトーラに、そんな魔物が襲い掛かってきたのだろうか。
……昨日まで、あんなに平和だったというのに? あまりに急な展開に頭がついていかない。
「それにね、問題はそれだけじゃないのよ。見て……」
と、アーロンが何度か俺の肩をつついて注意を促す。
先ほど俺が直視することを拒んだ魔物の死体だ。
「あれ、これって……」
はっと、トワが息をのむ音がきこえた。
続いて俺もその原因に気づく。
「魔物達が、消えていく……?」
セナが首をかしげながら呟く声をききながら、俺はどこか寒気を感じた。
セナの言う通り、今、目の前で倒された魔物達が消えている。
その体を光の粒子に変えて。この消え方を、俺は知っている。
「……こいつは魔物じゃない」
「え?」
魔物は死んだとしても、屍が勝手に消えることはない。
この消え方をするということは――
「そう、こいつらは召喚獣よ。つまり――誰かがこいつらを呼んでいる」
「誰かって……」
トワがアーロンに何かを言おうとしていたが、すぐにそれを止めた。
アーロンが正確なことを知っているはずがない。
それに、心当たりなら俺達の方があるはずだ。
――まさか、レシルが……?
「おい! 来たぞっ!!」
ふと、一人の男が張り詰めた声をあげた。
空を指さして、武器を片手に皆の注意を集めている。
空に浮かんでいるのは黒い渦のような魔法陣だ。
そこから黒い水のようなものが地面に落ちてきて、眩い光を放つ。
「……さっきから、この繰り返しなのよね」
そう言いながら、アーロンが自嘲気味にため息をつく。
黒い渦から現れたのは三体のワーム達だ。
「キンググリフォン!」
俺の声に、キンググリフォンが瞬時に答える。
トーラの戦闘要員たちが襲いかかるより前に、あっけなく倒れるワーム達。
しばらくすると、それが光の粒子となって消えていく。
そしてまた黒い渦が上空に現れる。
「……あれ、転移魔法」
と、俺の裾を引っ張りながらユミフィがそう言ってきた。
「本当か?」
「うん。トワの魔法、同じマナの流れ」
確信めいた表情で頷くユミフィ。
俺にはマナの流れとやらは分からないが――ユミフィの言葉は信じていいだろう。
ユミフィには以前、カミーラと戦った時にも助言をもらっている。
「転移……転移ってきたら、もう……」
「あぁ……」
やや怯えたような表情でトワとセナが俺を見つめてきた。
言葉に出すまでもない。レシルとルイリ――あるいはその仲間が、この事態に関係していると考えて良いだろう。
「アインベルさん。例の洞窟の場所はもう分かっているんですよね」
「そうだが……そこから転移していると、そう見ているのか?」
アインベルの問いに、無言でうなずいて答える。
こんなことができる者の心当たりはレシル達しかない。
だからこそ、むしろそうであってほしいと願ってしまう。
でも、例えただの願望だとしても――もう、この状況ではそこを調査しないなんて選択肢はないだろう。
「……そうね。こんな状況じゃ、もうこちらから出向くしかなさそうだわ。他に心当たりもないし……よしっ、決めた! 私がその場所に案内するわ。いいわよね、アインベル」
そんな俺の考えをアーロンが代弁してくれた。
その問いかけに、アインベルは新たにあらわれた黒い渦を見つめながら答える。
「うむ、そうだな……もう数は減らしたし、このペースならワシらだけで足りるか。せっかくポーションも作ってくれたのだからな」
ワームやクモの魔物について、俺はゲームで戦った記憶は無いが――それでも、皆の戦闘を見ているとレベルは30前後ではないかと予想できる、
スイとアイネに加えて、アインベルがいればトーラは安心なのは確かだろう。
万が一、当てが外れたとしてもトワがいればすぐに戻ってくることはできる。
「と、いうわけでぇ~! そのカワイコチャン達、私にものせてくれなぁ~~い?」
「うぼっ――わ、分かりましたから! 抱きしめるのやめっ……うごご……」
そんなことを、俺は大量の胸毛の中で考えていた。