350話 二度目の襲撃
「うわああああああ! たす、助けてくれえええええええええっ!!」
俺達が外に出てから、その悲鳴をきくまでの時間は、そう長くなかった。
俺が悲鳴のした方向に声を向けた時には、既にスイの剣から青白い光が放たれ、魔物が断末魔の叫びをあげていた。
「あ……? あれ……」
その悲鳴の主たる老人が呆けている間に、スイの剣が幾度となく振るわれる。
ギシャアアアっというおぞましい叫び声と、スイの剣が切り刻むグロテスクな音。
倒れこむのは大量のワームだ。巨大なミミズのような、見るからに生理的嫌悪感を沸き立たせる不気味な魔物。
将棋倒しのごとく、次々に倒される大量のワームが地面を揺らす異様な光景。
そんな目を反らしたくなるような光景からは想像できないほど清純なスイの声が響く。
「大丈夫ですかっ!」
「あぁっ! スイちゃん。ありが――うわああっ!!」
先ほどまで悲鳴をあげていた老人が顔を覆う。
スイの剣閃から逃れたワームが、彼女の後ろから隙をつこうとしていたのだ。
「私達はまだ何もきいていません。アインベルさんは――戦闘要員はどこに?」
だが、スイは魔物のことなど見えていないかのように淡々と質問を続ける。
逆手に握った剣で、後ろのワームを見向きもせずに突き刺しながら。
「わ……分からない……でも、気づいたら、ここら辺にも魔物が……まだ、あっちの方にも人がいるし……」
「なるほど。では、先ず私とアイネがそれを掃討します。まだどこか安全地帯か分からないので、私についてきてくれますか。お護りしますので」
「あ、あぁ……もちろんだとも……」
スイの剣にさされ、びくびくと痙攣し続けるワーム。
その方向に老人が怯えの視線を向けた瞬間、スイの剣がワームの体から抜かれた。
「剛破発剄!!」
ほぼ同時に、横からアイネの掌底がワームの体に突かれる。
爆発音のような音とともに飛んでいくワーム。
円状に並んだ牙の中から血を吐き散らし、おぞましい痙攣を繰り返した後に横わたる。
――気持ち悪すぎだろ、マジで……
この世界に来たばかりの時、アーマーセンチピードに出会ったのだが――この生理的嫌悪感はあの時のそれを凌駕している。
後で何度も思い出しそうな衝撃的な映像に強烈な吐き気がこみあげてきた。
「リーダーッ! このぐらいの魔物なら私達で楽に勝てますっ! 手分けしましょう!」
「父ちゃんなら事情知ってるはずだからっ! よろしくっす!!」
と、そんな俺を叱咤するような二人の鋭い声が耳に飛び込んでくる。
――たしかに。ここに俺達全員がいても戦力過剰だろう。
先ずはトーラの内部の安全を保つことに集中しないといけない。
「リーダー君、アインベルさんの居場所って分かるの?」
「いや、分からない……どうするか……」
「じゃあボク、空から見てくるよ」
「いや、待ってくれ」
空に飛んでいくトワを呼び止め、俺は召喚クリスタルを取り出した。
どうせなら、俺達全員空に飛びあがった方が早い。
かなり目立ってしまうかもしれないが――トーラの人間になら、見られても平気だろう。
「ソウルサモンッ! 来い、キンググリフォン――そして、ホウオウ!!」
俺の言葉で、二つの魔法陣が展開される。
一つは激しく、そしてもう一つは美しく。
現れるのは黒金の翼を持つ幻獣と、虹色の光を纏う炎の化身。
「なっ、こいつって……」
ホウオウを見上げて絶句するセナ。
だが、呆けている時間は無い。
「行くぞ皆! セナ、グリフォンに乗ってくれ!」
「お、おうっ!」
セナがグリフォンに寄ろうとするよ前に、グリフォンがセナの前に移動する。
半ばもぐりこむような形でグリフォンがセナを乗せ、俺の方に振り返った。
「ユミフィ、俺と一緒に行くぞっ!」
「あ……うんっ!」
ハッと目を見開いて差し伸べた俺の手を握るユミフィ。
それを引いて、ユミフィの体を抱き上げ、俺はホウオウに向かってジャンプする。
ホウオウは俺に静かに背を向けると翼を何度か羽ばたかせ、宙に舞った。
「うっわあああああっ! ちょっとリーダー君、この子、翼がまぶしすぎっ!」
「うん、凄く綺麗……って、トワ、ダメ。ちゃんと皆、探す」
「はいはーい。えーっと……?」
トワとユミフィと一緒に俺も周囲を見渡すが――なるほど、たしかにホウオウの翼がまぶしすぎる。
バハムートの方が良かっただろうか。見た目が禍々しすぎるし、コウリュウは体ができすぎるのでホウオウにしたのだが。
そんなことを考えていると、セナが鋭く声をあげてきた。
「師匠! あそこ! 戦闘がっ!」
急いでセナの指さす方向を見る。
なるほど、確かに人と魔物が争っている様子が確認できた。
かなり大規模な戦闘になっているようで、数十人の人間が大量の魔物と戦っている姿が見える。
そのおぞましさに、一応、スイとアイネの方向にも視線を移す。
弓士スキル――イーグルアイの影響だろうか。この距離でも点のようになったスイとアイネが無双しているのが見える。とりあえずあっちは安心だろう。
「よしっ、頼むぞホウオウッ! あそこに俺達を連れて行ってくれ!」
その指示に、ホウオウは大きく翼を羽ばたかせて答える。
グリフォンとセナもそれに続く。
数秒も経たない間に、俺達はその場所にたどり着いた。
「なっ――お前達! なんだその――」
ふと、聞きなれた声が聞こえてきた。
――アインベルだ。
だが、振り返る余裕はない。
今はとにかく周囲の魔物を倒さなくては。
とはいっても、ホウオウのスキルでは周囲にあるもの全てを焼き尽くしかねない。
ここは小回りのきくグリフォンに任せよう。
「セナ、手を放すなよっ! キンググリフォン、ウイングダガーッ!」