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34話 戦い終わって

 ──気まずいっ!



 トーラへ戻る道を歩いている時、俺はずっと頭を悩ませていた。

 言うまでもなく、その原因は数分前の自分の行動――アイネを抱きしめてしまったことだ。



 あれから俺達はそそくさと体を離し、無言で帰路についていた。

 そこからずっと沈黙が維持されている。気まずくて気まずくて、引きこもりたいぐらいだ。


 戦闘の余韻が徐々に消え冷静さを取り戻した時、俺は自分の行動がかなり大胆というか、ヤバいものだというのにようやく気づいた。

 なんか最初はアイネも抱き返してくれたような感触があった記憶があるが、よくよく考えてみればあれは抵抗していただけだったと考える方が自然ではないだろうか。


 言うまでもなく、女の子と抱擁を交わすなんて体験を俺は今まで一度もしたことがない。

 手を繋いだことだってないし異性とは――というか、人とはゲーム以外で無縁の生活を送ってきた。

 なんだってあんな過激なことをしてしまったんだ、と後悔の念が津波のごとく押し寄せてくる。


 平静と歩く外観はなんとか装っている……つもり、だが。

 内心ではもう完全にパニック状態だった。

 スイとアイネと一緒にトーラへの道を歩く中、俺達は一言も言葉を交わしていない。


 ──まぁ、無理もないよな……


 二人の立場に立って考えればそれも当然だといえるだろう。

 スイからしてみれば、必死にアイネを助けようと走ってきたら俺がアイネにいきなり抱きつくという謎の光景を見せつけられ……

 アイネからしてみれば、お礼を言っただけで男がいきなり抱きしめてきたのだ。


 ──これ、セクハラの現行犯とかにならないか? 証人までばっちり用意されてるし。

 

 ……恐怖で身を震わせる。

 アイネはギルド長であるアインベルの娘だということを思い出した。

 いつもアインベルは冗談でからかってくるが、いざ本当に手を出されたら普通怒るのではないだろうか。



 解雇。



 その二文字が頭の中によぎる。



 ──やばい。やばいやばいやばい。そうなったら、もう今度こそ野垂れ死に確定だ。



 頭の中が混乱してくる。というか、最大の問題はそれではないだろう。

 アイネはまだ十四歳。日本で言えば中学生だ。

 ……そう、中学生なのだ。



 ──完全に事案だ、これっ!



 俺は犯罪者として逮捕されるのではないだろうか。

 動悸が激しくなってくるのを感じる。


 ……ちらり、とスイとアイネの様子を見る。

 しかし二人とも不自然なぐらい視線を合わせようとしてこない。

 前を向いてプログラムに忠実に従うロボットのごとく淡々と歩いている。

 特にアイネはどこか茫然とした表情をしており、正直不気味だった。

 ずっとこんな雰囲気が続いている。

 似たような空気になったことは今まで何回かあれど、ここまで気まずくなったことは未だかつてなかった気がする。


「……あの」


 とりあえず声をかけてみる。

 先ほどまでとは別の意味で恐怖と緊張を感じながら歩くのは、もうごめんだった。


「……!」


 二人がピタリと止まる。

 こちらを振り向いてくれない。


 ──マジで怖い。


「あのっ、ごめんなさいっ! ほんっとすいませんでした!」


 間髪入れずに頭を下げる。体を直角に曲げて数秒維持。

 かつて就活をしていた頃に学んだ最敬礼の姿勢。


 ──これ、結構頭に血がのぼる体勢なんだよなぁ……


 なんかもう、いろんな意味で体が辛かった。


「……え?」


 聞こえてくる小さなアイネの声。

 頭を下げているのでどんな顔をしているのか分からないが、とにかく謝るしかないだろう。

 思いつく限りで謝罪の言葉を並べていく。


「調子にのってたというか……本当に軽率でしたっ、俺……! 申し訳ないですっ!」

「新入りさん……? 何言っ……」

「許してくださいっ! お願いしますっ、お願いしますっ……!」


 ……アイネも、そしてスイも何も答えてくれない。

 いたたまれなくなって、おそるおそると頭をあげた。

 二人の姿を確認する。──どうやら無視はされていなかったようだ。ほっと胸をなでおろす。


「……えっと」


 アイネが眉をひそめながら口を開く。

 思わず、一歩後ずさりをした。背中に変な汗が流れているのを感じる。


「逆に申し訳ないんすが……なんで謝ってるのか意味が分からないっす……」


 ──あれ?


 予想外の言葉に、俺はスイに視線を移した。


「すいません、私も……貴方の行動が理解できません……なんで謝ってるんですか?」


 変な人を見るような目で俺を見つめる二人。


 ──これはこれできつい。


「いや、その……あの……」


 うまく言葉が出てこなくて焦り始める。

 とりあえず一回深呼吸。緊張をおさえながら今度はアイネの目を見て話す。


「抱き着いて、しまったから……」

「──っ!?」


 と、アイネが一気に顔を赤くした。

 怒っているのか恥ずかしがっているのか判断しにくい微妙な表情で。


「あ、あー……それは……」

「ぅ……」


 スイも俺から目をそらしている。

 やはり、気まずい沈黙が辺りを支配していた。

 と、アイネが一回咳払いをすると俺に話しかけてくる。


「い、いやぁ? あれは、その。盛り上がってたし? いいんじゃないっすか? うへへ……」


 目を泳がせながらアイネはそう言ってくる。


 ──あれ? 意外にセーフっぽい?


「ちょっとアイネ……気持ち悪い顔してるよ……」


 と、スイはアイネに対し半目になりながら言い放つ。

 

「き、気持ち悪いってなんすか! ウチ、そんな顔してないっす!」


 まさかそんな言葉で自分を形容されるとは思わなかったのだろう。

 アイネは心底驚いた表情で言い返す。


「してるよ……ニヤニヤニヤニヤ。まぁ気持ちは分かるけど……」

「うぅ、なんか先輩、意地悪っす……」


 がっくりと肩をおとすアイネを前にして、スイがくすくすと笑う。


 ──あれ、こんな光景前にも見た覚えがあるぞ?

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