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348話 邪悪な企み

 とある洞窟の最奥は、その時も揺れるランプの光によって僅かに照らされていた。

 いくつかの風を切る音と、小さな悲鳴。

 それをかき消すように、明らかに高く作られた不気味な女の声が響く。


「らーらららー、らーららー」


 鞭を手に、似合わないワンピースをなびかせて恍惚な表情で顔を撫でる。

 そんな自分の姿を鏡で確認すると、満足そうに微笑んでその女――ヴェロニカはくるくると体を回転させた。


「んー、今日もヴェロちゃんのおめめは美麗! ぱっちりしていて、きらきらで。しゅっぱしゅぱのぴっかぴかーん」


 誰もいない方向にウィンクをして、鏡を見る。

 その鏡には、晴れやかに笑う女の後ろで血だらけになりながら倒れている少女の――ルイリの姿が映っていた。

 そしてその横には心配そうな顔でルイリの体に手を当てるレシルの姿がある。


「あれあれ、どしたの? ルイリちゃん。なんで、そんなに泣いてるの?」


 そんな彼女達の姿を鏡越しに確認するや否や、ヴェロニカは目を細めながら後ろに振り返った。

 だが二人はヴェロニカの様子に気づいていない。

 ルイリはただうめき声をあげ、レシルは黙って彼女の体に手を当てているだけだ。


「……い、痛い……いたっ――」

「あぁ~! うざいうざいうざああああああいっ」

「がっ――」


 唐突に叫びだしたレシル。

 その直後、ルイリの体がはじけ飛んだ。

 つい先ほどまでレシルがいた場所では、ヴェロニカの鞭が生きた蛇のごとく暴れている。


「んー……ヴェロちゃんが直々に耐久テストをしてあげてるのにっ! なんで、なんでなんでなんで泣くの? なんで喜ばないの? なんでなんでなんでええええええ」

「っ……」


 その鞭は刃物のごとく、ルイリとレシルの肌を切り裂いていく。

 しかし二人は悲鳴もあげず、ただただ俯いたままじっとしているだけだった。

 それを見て余計にヴェロニカは表情を歪ませる。


「あぁああああああ、もうイライラするっ! ラーガルちゃんは温存しなきゃだめだしっ、こいつらは人間なんかに怯えてるしっ! なんでこんなに、ヴェロちゃん部下に恵まれないのおおおおおおっ!?」

「ぎっ……いっ……」


 地面に這いつくばるルイリ。

 その頭を思いっきり踏みつけて、ヴェロニカは頭に手を当てる。


「ハァッ……ハァッ……だめ。ダメよヴェロちゃん。イライラしたらお肌に悪いわ。早く人間をぶちのめさないと」


 手にもった鞭を強く握りしめ、唇をかみ切るかのように歯を立てる。

 いかにもわざとらしい大きなため息。


「はぁ~っ、ほんっとイライラするぅ。魔王様とはぐれてずっと……いいことなんて全然ないわ。せっかく作ったマナクリスタルも無駄にするし、なんでこいつはっ、こいつはっ!!」


 次の瞬間、またもや鞭をしならせてレシルとルイリの体を打ち付ける。

 無抵抗の相手に十、二十、三十。

 ぐったりと倒れ動かない二人を見つめると、ヴェロニカはつまらなそうに唇を尖らせた。


「ほらルイリ。それにレシルも。これで分かったでしょ? 貴方達なんて雑魚中の雑魚。私には指一本触れられない。ていうか、私がいなきゃ生きることもできやしない」

「…………」

「っ……」


 二人からの反応は無い。

 まるで死体のように動かない。

 それでも、彼女達はしっかりと生きている。

 それをヴェロニカは分かっている。


「私が貴方達の面倒をみなけりゃ、どうなってると思う? ねぇねぇ、どうなってると思う?」

「……しょ、が……」


 小さくうめき声をあげながら寝返りをうち、地面に手をつくルイリ。

 そのまま僅かに顔をあげてヴェロニカに向かって声をあげる。


「生きる場所が……な、無かった、です……」

「そうだよね。そうだよね? うんうん、その通り。でも、なんで? なんでそんな恨めしそうにヴェロちゃんを見るの? なんで? なんでなんでなんでえええええええええっ」

「ぎっ――」


 再び降り注ぐ鞭の雨。

 叩かれ、弾かれ、巻き付かれ――飛ばされて、打ち付けられる。

 

「……貴方達はっ! まだっ! まだまだまだっ! やることがあるからっ!! だから生かしてあげてるの! だから優しくしてあげてるのっ! なのになんで笑わないのっ!!」


 響くのはヴェロニカの悲痛な叫び声。

 その声は、まるでヴェロニカの方が虐待を受けているかのようなものだった。

 そんな彼女に向けて、ルイリは絞り出すように声を出す。


「……わ、私……」


 どこから零れたものなのか分からないほどに血だらけになった腕。

 痛々しく赤く染まったそれを地面に突き付けて、ルイリが震えながら膝立ちになる。


「私達……な、何を手伝えば……いいですか……?」

「あん?」

「ヴェロニカ様……遠見の水晶、見ましたか……? アイツら、もうトーラにいます……すぐに、すぐに見つかる……」

「ふん。だからなに? 人間に見つかっても、ヴェロちゃんなら問題ないわ」


 ぺっ、と唾を吐き捨てながらヴェロニカが腰に手を当てる。


「ここの魔物は、あらかた限界が見えている。もっともっと強大で、暴虐な魔物にしないと、あの結界は壊せない。それならいっそ、そろそろこの場所は放棄してもよくないかしら。西の方も気になるし。でもその前にぃ~……」


 そこで一度言葉を切ると、ヴェロニカは怪しく口角を左右に広げた。


「村の一つぐらい、滅ぼしてもいいわよね? ラーガルちゃんとここら辺の魔物がいれば、それぐらいはできるでしょう? もしかしたらいい下僕も見つかるかもっ」

「そうですけど……でも、アイツは……」

「だからアンタと同じにしないでって言ってるでしょうがあああああああっ!」


 ヴェロニカの鞭がルイリの頬を叩く。

 その衝撃で、ルイリの頭は一瞬の間に地面に叩きつけられた。

 悲鳴もあげられず、ただ無惨に這いつくばるルイリに近づき、ヴェロニカは笑う。


「ふふ、ついでに貴方が気になっている人間、ヴェロちゃんがぶっ潰してあげる。それができたら、ルイリ。貴方、一回死んでもらうから」

「っ――!」


 ルイリの後ろ髪をひっぱって、自分の顔を無理矢理ルイリの視界に入れる。

 彼女の顔が恐怖で染まるのを確認すると、ヴェロニカは満面の笑みを浮かべた。


「うふふふふふ。楽しみ。楽しみだなぁ! 転移の準備、始めないと。らららららー」


 ルイリの頭を乱雑に放り投げるとヴェロニカは彼女に背を向けた。

 鏡の方にステップ刻みで軽やかに進んでいく。


「……アイツが」


 そんなヴェロニカに向かって、かつそんなヴェロニカには聞こえないように。

 ルイリがぼそりと小さく呟いた。


「アイツが、殺してくれたらいいのに……」


 その呟きに、ヴェロニカは気づいていない。

 だが、ルイリと同じように痛めつけられ、ただじっと彼女のことを見つめていたレシルには聞こえていた。


「ルイリ……」


 特に言葉を続けることもなく、レシルはぎゅっと口を閉ざした。

 胸を抑えて目をつぶる。

 そうしなければ多分――レシルも同じことを言っていただろうから。


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