347話 乙女を美しく照らすのは
と、アイネがスイに話しかけると、スイはきょとんとした表情を浮かべた。
「え? 私、魔法使えないけど?」
「違う違う。ほら、ブレイズラッシュみたいな感じで炎作れないのかなって。アーロンさんに言われて思い出したんすけど、先輩って、花火を見たコトがきっかけで炎のコントロールができるようになったじゃないっすか」
「え……そうだっけ……」
「そうっすよ。父ちゃんが先輩に教えてたブレイズラッシュって、自分の周りに炎がリングみたいにブワッてなるやつだったんすけど。先輩はそれだけじゃなくて、直線でゴオオッって出すこともできるじゃないっすか」
「あー……たしかにそうだったかも……?」
曖昧な記憶しか残っていないのだろう。
スイの言い方は、奥歯にものが挟まったようなものだ。
「スイ。それ、本当なの?」
「うーん、そうですね。小さい頃の話ですし、あまりよく覚えていないのですが……こう、気力放出の仕方を思いついたことがあったような気がしますね……」
ゲームではスキルポイントを振るだけで簡単に習得できたスキルも、この世界ではそうはいかない。
気力の概念とか、コントロールとか、俺の知らないメカニズムを把握する必要があるのだろう。
……改めて、アインベルの言う、感覚の言語化というものの難しさを痛感する。
「ふーん、ならさ。今度も花火で何か閃いたりするんじゃない?」
ふと、トワがあっけらかんとそういうと、アイネが合わせるように手を叩いた。
自分が持っている大量の花火をスイに向かって突き付ける。
「そっすよ! ほら先輩。せっかくこんなにたくさんあるんだし、ほら」
「ほらって……それ、一気に火点ける気?」
「いいじゃないっ! ほらスイちゃん『花火イグニッション』 やってみて!!」
「な、なんですかそれ……はぁ……」
少し呆れたようにため息をつきながらも、スイはあっさりと花火を受け取った。
「え、本当にやるのか?」
「そうですね。何かつかめそうな気がしますし……」
そう言うや否や、スイは大きく息を吸い込んだ。
目つきを鋭くし、花火に火をつけて腕を振り上げる。
「行きますっ! ソードイグニッション!!!」
冷たい風が一つ、吹く。
……なんて言ったらいいのだろうか。
スイの腕はあまりにも早く風を切りすぎたのだろう。
花火の火は一瞬で消えてしまい、スイの手には煙を小さくあげるだけの花火しか残っていなかった。
「っぷ、くくく……」
「アッハハハハハハ!」
そのあまりにも地味というか――イタい感じに皆が耐えられなくなるまで、そう時間はかからなかった。
スイが花火を地面に放り投げて頬を膨らませる。
「ちょっ、ちょっと! なんで笑うのっ!?」
「だ、だって……くくくっ、そんな大真面目に……」
「ダサいっ! ダサすぎるよ、スイちゃん!」
「そ、そんなぁ!?」
けしかけた張本人であるトワがそれを言うのはあまりに可哀そうな気もするが――まぁ、そう言いたくなる気持ちも分からなくはない。
とりあえずもらい笑いだけしないように頬の筋肉に緊張を走らせることぐらいしか、今の俺にはできなかった。
「なんですか! そこまで笑うことでもなくないですか!?」
「そ、そうだな。スイは真面目にやってるもんな……」
「セナ! 貴方、顔に私のこと馬鹿にしてるって書いてますよ!」
「くっ――ごめ、っくくくく……」
……まぁ、正直俺も笑ってしまったので今更だが。
スイが真面目にやっているのは確かだし、よくよく考えてみれば火の点いた花火を振り回した時の風だけで消すというのは神業なのではないだろうか。
そう思って俺はスイと同じように花火に火をつけて、それを振り下ろしてみた。
「ソードイグニッション!!」
――うん、やっぱ何もつかめないな。コレ……
少なくとも叫ぶ意味は全くない。
自分の中から気力や魔力が練られていく感覚が一切無い。
「……え、どうしたんすか? リーダー。いきなり」
「疲れてるの?」
皆のじっとりとした目が胸に刺さる。
せめて笑ってくれた方が嬉しいのだが――
「う、うるさいなっ、ほら。皆もやれよ!」
「えぇ? 絶対やだよっ! なんでそんなダサ――じゃない、えーっと」
と、セナが慌てて言葉をきった。
それを見て、スイががしりとセナの肩をつかむ。
「セナ……貴方今本音が漏れましたねっ!」
「あー……ごめん。オレ、人間の言葉よく分からない。ドワーフだし……」
「なんでそんな絶対に通用しないと分かり切ってる言い訳を真顔で言えるんですかっ!」
「まぁまぁまぁ。言葉が分からないなら仕方ないじゃないっすか。先輩」
「もうっ、アイネッ!」
そんな訳の分からない口論をする三人を見て、思わず笑みがこぼれた。
――そういえば、最初にトーラにいた頃って、よくこんなふうにスイが言い負かされてたっけ……
「ソードイグニッション!!」
ふと、背後から聞こえてきたユミフィの声で我に返る。
俺達の真似をしたのだろうか。ユミフィの両手には花火が握られている。
「綺麗! 花火、綺麗っ!! ほら、火、消えてない!」
目を丸くしながら腕を振り回すユミフィ。
結構危ないのだが――ユミフィがここまで声を大きくするのは珍しい。
そんなユミフィを見て、アイネが一つため息をつく。
「えーい、分かったっすよ! ほら、ソードイグニッション!」
「はぁーっ……覚悟決めるしかないなっ! ソードイグニッション!!」
「アハハハハ、いいよ! 皆いい感じにダサいよっ!」
先ほどまでスイをいじっていた風潮はどこへやら。
三人もユミフィと一緒に花火を振り回しはじめる。
「…………」
そんな彼女達を前に、スイは呆気にとられた表情を見せていた。
だがしばらくすると、そんな自分の姿を俺に見られていることに気づいたのか、スイは俺を見て目を泳がせる。
「あ、いえ……その……」
もごもごと言葉を濁すスイ。
……何か考え事でもしていたのだろうか。
どう声をかけていいか分からずにいると、スイはふと、照れくさそうな笑顔を見せた。
「ふふ、やっぱりリーダーは優しいですね」
「え?」
予想外の言葉に、思わず頓狂な声が出てしまう。
それをからかうように、スイはくすりと笑うと言葉を続けた。
「今、私のこと気遣ってくれましたよね? 何考えてたのか、きいてもいいのかって」
「えと……」
その通りなのだが――そんなに的確に当てられるほど、俺は考えが顔に出るタイプなのだろうか。
スイの察したような笑みが、少し照れくさい。
「皆も優しいです。敢えてやってるのかどうか知らないけど……自分でダサいって思ってることやって、楽しんでくれて……多分それって、私のダサいところを皆が受け入れてくれてるから……なんですよね」
そう言いながら、スイは無邪気に花火で遊ぶ皆の方に視線を移す。
お互いに花火を向け合っているのは――かなり危ないと思うのだが。
この世界での人々の身体能力を考えれば、あれぐらいたいしたことではないのだろう。
実際、普段の模擬戦闘の方がよほど危ないことをしているように思える。
「……スイもな」
それはともかく。
自然と俺は、スイの方に話しかけていた。
きょとんとした目で、スイが俺のことを見つめてくる。
「スイだって優しいよ。ほら、初めて会った時って、俺ダサかったろ?」
「……くすっ、そうですね」
「お、否定しないな?」
「えー、否定してほしかったんですかー?」
スイにしては珍しく、意地悪そうな笑顔だ。
「はは。できればな」
「ふふっ、無理な相談ですっ」
口元に手を当てて、くすくすと笑うスイ。
だがそんな小悪魔的な笑い方も一瞬の間だけで、すぐにその表情は穏やかなものに変化する。
「……ありがとう。伝わってますよ。皆の――そして、貴方の優しさが」
そっと俺の手を握ってくるスイ。
その急な態度に、思わず心臓が飛び跳ねた。
「私、いつかリーダーに見せたいです。完璧な『ソードイグニッション』を……」
――夜の花火は乙女を美しく照らす。
真っ直ぐにほほ笑むスイを見て、俺はアーロンの言葉を思い出していた。