345話 アーロンの花火
「いやー、今日は疲れたっすねー」
ぐぐっと背伸びをするアイネに、皆がほほ笑みながら頷く。
訓練場に向かってから一時間ぐらい経っただろうか。
俺が訓練場についた時には皆はすでに合流して自主練を始めていた。
日もかなり落ち、周囲が暗くなったことで、俺達は現在帰路についている。
「疲れた。でも、気分、いい。私達、頑張った」
「アハハッ、ユミフィちゃん、凄かったよねー」
「ホントっすよ。戦い方が全然読めないっす……」
俺がしていたこととは殆ど皆の自主練の観察だ。
その中でもアイネ達の模擬戦闘はやはり目立っており、俺も良く覚えている。
特にユミフィの戦い方にはかなり驚かされた。
弓士らしく、弓矢で牽制していたと思いきや、急に矢筒を鈍器のごとく振り回して近接戦闘――アイネの拳を顔面に受けつつも逆にカウンターを決め、一気に勝負をつけにいく。
模擬戦とは思えない、捨て身のような怒濤の攻めは、模擬戦闘で初めてアイネに土をつけさせたのだ。
「……お兄ちゃん、褒める、もらう。頑張った」
と、俺の腕の中でユミフィが僅かにほほ笑みながらそう言った。
いつも通り、殆ど無表情だが僅かに顔の色が異なっているのは暗い中でもよくわかる。
「うーっ……ずるいっすよ。ウチ、勝ってもそんなだっこされたことないのに」
そんなユミフィを前にアイネが妬ましそうな眼差しを俺に向けてくる。
俺もここまでするつもりは無かったのだがユミフィの強い希望でこうなった。
――意外に押しが強いんだよな、この子……
「まぁまぁ、あそこまで本気だったんだから今日ぐらいは譲ってあげてもいいじゃん」
「むぅー……それはそうかもしれないっすけど。いっつもリーダーの肩にのっかっていちゃついてるトワにはいわれたくないっすー」
「えへへへ、妖精特権だよーん」
そんな特権を与えたつもりもいちゃついているつもりも一切ないのだが。
アイネだけじゃなくセナまでもジト目をトワに向けていることから察するに、周りからはそう見えているのかもしれない。
――俺の肩に座るの、禁止しようかなぁ……
「ところで、セナは何してたんすか? 途中、いつの間にかいなくなっちゃってたけど」
ふと、何気なくアイネがセナに話しかけると、セナはびくりと体を震わせた。
「ん!? あ、あぁ。師匠の様子が気になってさ。それで……」
「ふーん……なるほど」
それだけでなんとなく察したのだろう。
アイネがじーっと俺の方を見つめてくる。
――これ、もしかして修羅場……?
「あ、皆さん! 今帰りですか」
そう思った瞬間、背後からききなれた声が響く。
愛らしく、透き通った声――スイだ。
だが、振り返ると――
「先輩っ!? どうしたんすかその傷っ!?」
ひきつったアイネの声で我に返る。
スイの鎧は一部が破損し、腕や頬には痛々しい焦げ跡がいくつも刻まれていた。
手甲からは少し黒く濁った血がしたたり落ちている。
――まさか、レシルがこの村に……?
「違う違う。これ、自分でつけた傷だから。ちょっと練習に失敗しちゃって」
と、皆の緊張を察してか、スイが苦笑いを浮かべる。
そのまま俺の方に歩み寄るとすっと腕を前に差し出してきた。
「リーダー。お手数ですが治療をお願いできますか? 今のトーラの状況で、薬品はあまり消費したくなくて」
「あ、あぁ……ごめん」
スイに言われて、慌ててヒールをかける。
この村の周りに出るような魔物は――というか、並大抵の魔物はスイの敵ではない。
だが、自分でつけたとはとうてい思えないような傷の量だ。
――もしかして、彼女にソードイグニッションを教えたのは間違いだったのか……?
「……す、凄いじゃん! そんなに傷だらけになるまで頑張るなんて!」
「はい。ありがとうございます」
みるみるうちに治っていくスイの傷を見て、トワが声をあげる。
それが少し震えているのは俺の治癒魔法の効力のせいじゃないだろう。
あっけらかんと答えるスイ。しかし、腕をあげた時、それはたしかに震えていて――
「あら、丁度いいところに」
と、再び背後からききなれた声がきこえてきた。
スイのものとは正反対の、野太くて豪胆さを感じさせる声。
「あ、こんばんは」
「うふふ。相変わらず仲がいいのね。嫉妬しちゃうわぁ」
振り返ると、いつものようにメイド服をきたアーロンがいた。
その逞しすぎる両腕には大きな樽が抱えられている。
倉庫にあったものとは違う樽だ。……大きくハート模様が刻まれている。
「えと……それはともかく、一体どうしたんですか? それ」
「ん、これ? んふふふふ……なんだと思う?」
「さ、さぁ……」
質問したのはスイなのだが、何故かアーロンは俺の方を見てくる。
見事なウインクを挟んで、アーロンは樽のハート模様を俺達の方に向けた。。
「花火よ花火。スイちゃんもアイネちゃんも、好きだったでしょ」
――花火?
この世界で……というか、このタイミングでその単語をきくとは思わなかった。
それはスイ達も同じなのか、皆きょとんとした顔を見せている。
「えっ、全部っすか?」
「もちろん」
「な、なんでまたこんなに……っていうか、なんで花火なんですか?」
「それはね――ゴールデンセンチピードのこと、覚えてるわよね?」
その単語に、スイとアイネの顔に緊張が走った。
トーラの村を襲った黄金のムカデ――アイネを殺しかけた魔物だ。忘れるはずがない。
と、そんなスイ達の緊張を察したのか、アーロンがにかりと歯を見せつける。
「貴方達が旅立った後、ゴールデンセンチピードの亡骸を調べていたのね。そしたら体内に発火器官があって、それをなんとかアイテムに応用できないかと考えていたのだけれど……」
そこでアーロンが、がくりと肩を落とす。
「正直、私の技術が足りなくてね。ギルドにものづくりの才能がある人が入ればもっとうまく活用できたのだけれど……かといって、あんまり放置していてももったいないから、他の人と一緒に趣味で作ってみたの」
「趣味で花火づくりですか……」
あまり一般的ではない趣味の内容とレベルに、俺は苦笑いを隠すことができない。
「そうよ。本格的なものじゃないけど、この村には物づくりが好きな人が多いし。それにほら、花火なら二人とも昔やったことあるでしょ?」
「んー……そうでしたっけ?」
「そういえばあったっすね! ほら、初めて花火をした時、先輩が『閃いた』とかボソッと呟いてブレイズラッシュ完成させたじゃないっすか」
そのアイネの言葉をきいて、スイが軽く手を叩く。
「あぁー……たしかに。よく覚えてたね、アイネ」
「そりゃあ覚えるっすよ! ウチも、父ちゃんも――皆、超驚いたんすからっ!」
「そうね。アインベルが『天才だ!!』ってはしゃぎまくってて……懐かしいわね」
くすりと笑うアーロン。
その笑い方は、いつも見せているような不気味な笑顔ではなく穏やかな――ものと言えなくもないような……感じが……するような気が……うーん……?
「お兄ちゃん、花火、何?」
「それ、オレも気になってた。何なんだ、コレ」
と、ユミフィとセナの声で我に返る。
アーロンの抱えていた樽の中から、二人は花火を取り出していた。
見た目は日本でもおなじみの、どこかの店で売ってそうな簡単なものだ。
「ボクもよく分からんない。この棒になんかあるの?」
「あら。花火を知らないの?」
アーロンの問いかけにトワ達が頷く。
するとアーロンが嬉しそうに身をのりだしてきた
「なら本当に丁度いいじゃない。これ、貴方達にあげようと思ってたのよね」
「私達にですか? それまたなぜ……」
「だってほら、貴方達以外に花火で遊びそうな子がいないじゃない」
「はぁ……でも、それならなんで作ったんすか?」
「だから言ったじゃない。趣味よ趣味。誰かと一緒にものを作るのって結構楽しいものよ」
そういいながらにんまりと笑うアーロン。
――この人、誰と一緒に作ったんだろう……?
もはや擁護できないその不気味な笑顔に、どうしても俺はその人のことを心配してしまう。
と、思いきや。アーロンはすぐに表情を真顔に戻して話しかけてきた。
「私はほら、これからアインベルとお話ししなくちゃいけないことがあるから。ほら、例の洞窟に行く手はず……だいぶ整ってきたのよね」
「あ、それなら私も――」
「んもぅ。そういうことは私達オトナに任せなさい。それにねスイちゃん。夜の花火は……乙女を美しく照らすのよ。おしとやかにねっ――!」
そう言いながらアーロンはスイの額を軽く弾く。
するとスイは少し顔を赤らめて首を傾げた。
「えっ……そうなんですか?」
「あら、食いついてきたわね。なら教えておくわ。いい? 基本はしゃがんで線香花火――そこから上目遣いよっ!」
「お、おぉー……なんか妙に迫真めいてるっすね……」
「たしかに……」
――いや、何の話しだよ……
反応に困るのでここはきかなかったことにしておく。
「と、それはともかく。こんな何もないところじゃ遊びも何も思いつかないでしょ。だからほら、よかったら」
「……そうですね。じゃあ、ちょっとやってみますか」
だがまぁ。
まんざらでもなさそうにほほ笑むスイを見ていると、それはそれでいいかと思ってしまった。