344話 敵意の理由
「えっ……?」
いきなり出てきたその言葉に、頭がついていかない。
そのことは向こうも理解してくれているのか、もう一人の男がゆっくりとした口調で捕捉するように話しはじめた。
「……表面的には適法だ。アイツは犯罪者として奴隷になったから……」
「あれはっ――あれは、冤罪だっ!」
「あぁ……そうだな」
興奮した様子の獣人族の男に、彼はなだめるような口調でそう言う。
だが、それだけ見ても何のことだかまるで分からない。
「すいません、話しが見えないのですが……」
そう俺が言うと、男は親指で獣人族の男を指すと、奥歯にものが挟まったような言い方で答えてきた。
「魔術師の家に盗みに入ったって理由でな……コイツが昔住んでた家に、その魔術師の家で家宝になってる宝石があったんだよ」
「俺も、俺の妹も絶対に盗みなんかやってない! どこかで勝手に置いて行ったんだ! だって……俺の家に問い詰めに来た時、あの魔術師は真っ先に妹を犯人だと決めつけた!」
「…………」
興奮した様子で声を荒げる獣人族の男。
――しかし、なんでまた家宝なんてものが……?
「お前の考えてることは分かるよ。なんで宝石がこいつの家にあったのか、だろ?」
「あ、いや……」
疑ったというより、ただただ疑問に感じただけなのだが……どうやら顔に出ていたようだ。
とはいえ、相手も俺の内心は察してくれているらしく、特に怒るような表情は見せていない。
「心当たりがあるとすればあの変な商人だ。頼んでもいないのに、おすすめの武器があるとかいって押し売りにきて……家に入り込もうとしてきた。たしかエイドルフ傘下の商組合だとか言ってたな。だから品質は折り紙付きだって……」
「っ!?」
ぼそぼそと話す獣人族の男。
だが、その中で聞こえてきた名前に俺は衝撃を受けた。
――エイドルフ。シャルル亭で出会った三姉妹に借金を背負わせた相手。
顔も知らない相手だが、その名前はトーラを出てから何度か耳にしている。
「そして、妹が奴隷としてその魔術師のもとで働くようになった後……二か月ぐらいだったか、妹の死体が見つかったんだ」
「えぇっ!? まさか――」
だが、次に獣人族の男が話した内容はそれ以上に衝撃的なものだった。
あまりの内容に絶句していると、男は静かに首を横に振って話し続ける。
「……自殺だ。あいつは自分で自分の胸にナイフを刺した」
「死体が発見された場所は魔術師が住んでいた館の近くでな。自殺した理由は……まぁ、だいたい予想できるだろ」
男に見初められ、無理に連れていかれた女が自殺。
……悲惨な内容だが、理由は単純明白だ。
苦虫をかみつぶしたかのような表情で、獣人族の男が言葉を続ける。
「その魔術師は何も咎められることもなく、貴族に取り入ってもらって贅沢な暮らしをしているってきいてな……俺は、もうそこにいられなかった」
――それは、そうだろうな……
むしろ、そんなこと説明されなくても分かる。
「俺とコイツは幼馴染なんだよ。コイツの妹とは――恋人だった」
「っ……」
男がそう言うと、獣人族の男は一層顔を歪ませた。
「そうですか……そういうことが……」
本来だったら得られたはずの幸せと、それを奪った物への憎しみ。
もし、スイやアイネ――皆が、その女性と同じような目にあったなら。
ふと、そんなことを思うと胸が痛くてたまらない。
「……は、なんだよその顔。やっぱりお前、変わってないな」
「え……?」
と、不意に二人が呆れたような笑みを俺に投げかけてきた。
その意図が分からず硬直していると、獣人族の男は軽く舌打ちをする。
「頼りなさそうな、情けない顔だ。見ていてむかつく」
言葉や仕草とは裏腹に、全く敵意を感じさせない表情。
どういうつもりなのか全く分からず、俺はただ立ち尽くすことしかできない。
「――でも。俺達の話にすごく共感している……そんな顔だ」
「それは……」
共感だけでは現実は何も変わらない。
それは分かっているが今の話しをきいて何も感じないほど俺は無感情な生き物ではない。
とはいえ、俺が何かできることがあるはずもなく、ただただ黙って彼らを見つめ返し続けていると、二人の顔に僅かに笑みがこぼれた。
「分かった気がするよ。師匠だけじゃなくて……アイネさんも、スイさんも、お前についていった理由が」
「あぁ。俺もだ」
「え……」
ふっと、彼らの顔から敵意が消える。
その言葉は、声は、先に自分にナイフを突きつけてきた連中とは思えない程にまるくなっていた。
そんな彼らの対応に呆気にとられていると、彼らはいきなり頭を下げてきた。
「……悪かった。俺達は視野が狭かった」
「すまない」
「いやっ! そんな大げさなっ!? 何やってるんですかちょっとっ!!」
上半身をほぼ直角に折り曲げる程に深く頭を下げる二人。
いうまでもなく、俺は人に頭を下げた経験ならいくらでもあるが人に頭を下げられたことなんて殆どない。
それもあいまって、二人の前で俺は狼狽えることしかできなかった。
「……ははっ、なんだよ。お前、俺達にイラついてないのか?」
そんな俺に、二人は苦笑いを浮かべながら頭をあげてくる。
「いやいや……なんていうか、貴方達の事情も知らなかったし、お互い様でしょう」
「そうかな……まぁ、お前がそれでいいなら、それでも」
「あ、はい。こちらこそすいませんでした……」
「だからなんでそこでうじうじした態度になるんだよ。腰の低いやつだなぁ」
苦笑いしながら軽く俺の肩を小突いてくる二人。
その彼らの表情を見て、彼らが俺を受け入れてくれたことを実感した。
だがほっと胸をなでおろしていたのもつかの間、獣人族の男は何かを思い出したかのように耳をピンと立てて話しかけてきた。
「なぁ、話しは変わるけどさ。お前、ファルルドの森で見つかった洞窟だっけ。あそこにいくのか?」
「え? そうですけど。今日はアインベルさんも準備があるみたいで――」
「大丈夫なんだよな」
神妙な面持ちでじっと俺を見つめてくる彼に、俺は思わず喉を鳴らした。
「……どういうことですか?」
「師匠から言われたんだ。お前達はそろそろトーラを出たほうがいいって」
「取り返しがつかなくなる前にな」
若干悔しそうにしながら話す二人。
それを見て、トーラの状況が芳しくないことを改めて痛感する。
「前に金のムカデがやってきたこともある。この村で暮らすことはできなくなるかもしれないって……師匠の力をもってしても、ジリ貧みたいだしな」
「師匠が弱気なところを見るのは初めてでな。だから……その、お前達は……」
そこで二人は言葉を詰まらせた。
少しだけ唇を震わせて、何かを押し殺すように俯く二人。
「大丈夫ですよ」
そんな彼らを見ていたら、考えるより前に言葉が出てきた。
直感的に湧いてきたものをそのまま続ける。
「今のでなんとなく分かりました。貴方達はトーラが好きなんですね」
「え……」
場所も、そしてそこにいる人たちのことも、二人はトーラのことを好きでいる。
その気持ちはなんとなく分かる。
彼らに比べれば全然短いが、トーラはこの世界に来て初めてきた村だ。
やはり思い入れは他の街とは違ってくる。
「俺にとっても、ここは大事なところです。だから戻ってきたんです。スイやアイネにとってはなおさらです。だから、皆で守りましょう。トーラを」
であれば、もうこの人達と険悪になる理由は無い。
そう思って手を差し出すと、二人は苦笑しながら視線を交わし合った。
「……かなわないな。まったく」
「あぁ、そうだな……」
そのまま二人して大きくため息をつく。
「えと、どういうことですか?」
「なんでもねえよ。くそ……」
投げやりな言葉とは裏腹に、二人はあっさりと握手に応じてきた。
「とにかく、だ。何をするのか詳しくは知らないが……気をつけろよ」
「よく知らねーけど強いんだろ。頼むわ……」
少しだけばつが悪そうに言う二人。
一度険悪になったのに、ここまでして謝ってくれたのだ。
――なら、この人達のためにもしっかりしないとな。
「分かりました」
そう俺が言うと、彼らは初めて純粋な微笑みを返してくれた。