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341話 黄昏時のセナ

 食堂での惨事から数時間後。

 俺はギルドの倉庫で薬草の入っていた樽を整理していた。


「ふぅ……まぁ、こんな感じか」


 ばっちりと整理された倉庫全体を見て、俺は一つため息をつく。

 あの後、俺はすれ違ったアーロンに頼まれ、再び薬草をポーション化する作業を行っていた。

 薬草を入れていた樽と作ったポーションを並べなおし、ひたすらそれを整理する。

その結果、見ていて気持ちよくなるぐらい完璧に整列されたこの光景が出来上がった。

日本にいた頃の俺の部屋とは比較にならないほどに整理整頓された光景を見ると、我ながらなかなか良い仕事をしたと実感できる。


 ――そういえば、皆はどうしているかな。


 今更ながら、倉庫の中が薄暗くなっていることに気づいた。

 そろそろ日が落ち始めてきたのではないだろうか。

 スイのことも心配だ。少し様子を見に行った方がいいだろう。

 そう思って、背伸びをしながら倉庫から出ようとすると――


「あ」


 俺が手をかける前に、扉が開いた。

 真っ先に目に入ったのは濃い青の髪と薄く褐色に染まった肌。


「おっ、セナ。どうした、こんなところで」

「ん。あぁ……ここに師匠がいるって聞いたからさ」


 その持ち主であるセナは、扉の外から倉庫の中の様子をきょろきょろと見渡していた。

 中の様子が気になるのだろうか。

 とりえあず一歩下がってセナを中に招き入れる。


「そっか。皆は?」

「スイはトーラの周辺で魔物討伐に行った。アイネとユミフィはずっと模擬戦闘してるよ」

「へぇ、ユミフィが……そういえばトワを見かけなかったか?」

「あぁ。トワなら途中で訓練場の方に来たけど。トワに何か用があった?」

「いや、別に……途中でいなくなったからさ。気になってただけだ」


 どうせ転移魔法が使えるなら俺を脱出させてくれてもよかったのに――

 おかげで俺の体はおっさん達のおもちゃにされてしまったわけで。

 これではお嫁にいけないではないか。

 若干の恨めしさを感じつつ、俺はセナに意識を戻す。


「それで? 俺に何か用だったのか?」

「そういうわけじゃないけど、ちょっと様子が気になって。アーロンがこっちにいるって言ってたから。製薬はうまくいったのか?」

「あぁ。どちらかというと整理の方が面倒くさかったよ」


 前の世界で暮らしていた時は整理なんて全くしていなかった。

 製薬自体は何も考えずにできてしまっただけに、どちらかというとそっちの方に精神力を割いた気がする。

 と、セナが少し切なそうに笑う。


「……師匠ってさ、なんでもできるけど、なんかちょっと変だよな」

「え?」

「さっき――ちょっと思いつめた顔してたけど、なんかあった?」

「え、そうかな」

「うん」


 そんな大げさに受け止められるほど考え込んでいたつもりはないのだが。

 女の子に心配されるほど、俺の表情って暗いのだろうか。


「んー……思いつめているって程じゃないよ。ただ、スイの調子が気になってただけ」

「ソードイグニッション?」

「そう。うまくいってたか?」


 俺の問いかけに、セナは黙って首を横に振る。

 まぁ――なんとなく分かっていたけど。


「そっか……なんていうかさ、さっきアインベルさんに言われたんだ。師匠になるならうまく感覚を言語化しないといけないって。それがなんかこう……難しいなって思ってたぐらいかな」

「ふーん……?」


 ふと、セナはきょとんと首を傾げて俺を見つめてきた。


「不思議だな。師匠って」

「……? 何が?」

「そんなに力があるのに、周りのことばっか気にしてる。……そんなに強いのに、弱いヤツの気持ちに共感してる」

「そ、そうかな……そんなことないと思うんだけど」

「んー、まぁたしかに鈍感なところもあるけど。ずっと皆のこと考えてるのは間違いないよな」


 セナはそう俺のことを評価してくるが、あまりピンとこない。


「そうか……? そこまで鈍感だとも思ってないんだけど」

「じゃあ、なんでオレがここに来たかぐらい、察してよ」

「えっと……どういうことだ?」


 そう返すと、セナはわざとらしく深いため息をついた。

 ……まぁ人の気持ちなんてそう簡単に見透かせるものではないとは思うが、鈍感って言われるほどだろうか。

 どう反応していいか分からずにいると、セナは真っ直ぐな瞳をぶつけてくる。


「ね、師匠ってさ……何者なの? オレは外の世界を全然知らなかったけど……でも、師匠の力は異常だと思う。本当に人間?」

「そりゃそうだろ……俺は人間だよ」

「ふーん……神様じゃないんだよな?」

「当たり前だろ……セナまでそんなこというのかよ」


 じっと俺の目を見てくるセナ。

 何を考えているのか全く分からないのは、やはり俺が鈍感だということなのだろうか。


「ね、師匠ってさ。皆とどういう関係なの?」

「えっ……」

「ぶっちゃけさ。皆、師匠に惚れてるよね」

「はぁっ!?」


 唐突に投げかけられたその疑問に、思わず声が裏返る。


「いやっ――それは、どうかな……そういう意味かどうかは、うーん……」

「自分のこと鈍感だと思ってないんだろ? それが本当なら、なんとなくでも分かってるよな」

「…………」


 うまく言葉が出てこない。

 ……少なくとも、アイネは明確に好意を告げてくれている。

 でもスイは――どうなんだろう、好きではいてくれていると思うのだが……どういう意味での『好き』なのかはよく分からない。スイ自身すらそう言っている。

 ユミフィも異性として好かれているかときかれたら――なんか微妙にも思える。

 トワは相変わらず正体不明だし――何を考えているのかよく分からないところがある。


「話を戻していい? 師匠……貴方は一体何者?」


 慌てふためく俺に、セナが仕切り直しと言わんばかりにそう聞いてきた。

 本当に、彼女が何を考えているのか分からない。

 ――だが。


「まぁ、そうだな。そういえばセナだけ話してないのか」


 皆も知っていることだ。

 殊更隠す理由も無い。

 俺は倉庫の棚に寄り掛かると、日本のいた時の――底辺無職だった俺の話を始めた。


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