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339話 努力の意味

「……自分の娘だから、あまり声を大きくしては言えないがな。アイネは……天才だ」

「アイネちゃんが? なんで?」


 それに対し、俺の代わりと言わんばかりにトワが疑問を投げかけた。

 特に嫌味もなく、純粋な態度を見せるトワにアインベルはクスリと笑う。


「昔からアイツはあっという間にスキルを習得してな。ワシが十年かけて習得した気功縛も半年かそこらで習得しおった」

「えっ――そうなんですか?」


 それは意外だ。

 たしかに気功縛は前提スキルが多かったりして習得が面倒だった記憶がある。

 しかし、この世界ではそれだけ習得が難しいスキルだったとは思わなかった。


「そういえばアイネちゃん、気功弾も使えるようになったんだよね。土壇場でいきなり使えるようになってさ」

「ほぅ……そこまでか。まったく小癪なやつだ……」


 そう言いながらも、アインベルはとても嬉しそうだった。

 どこか自慢げに笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「ワシの弟子の中でも、アイネの才能は群を抜いている。だが……スイの才能は、それをさらに凌いでいた」


 だが、すぐにその笑みは消えた。

 一つ、大きなため息をついてアインベルが話し続ける。


「正直、ワシはスイに嫉妬したことがある」

「えっ――」


 俺が言葉を詰まらせると、アインベルは少し悔しそうに苦笑する。


「圧倒的な体術のセンス、相手の動きを読む力、判断力、スキル習得の早さ――純粋なレベルも、アイネとは比べ物にならないスピードで上がっていった。それを間近に見ていたせいか、アイネも悩んでいたところがあったように見える……」


 ――やっぱり、そうなのか。


 旅に出た時も、アイネはスイに自分の力をアピールしたがっていた。

 サラマンダーとの戦いを見た時も、悔しそうにしていたのを今でも覚えている。

 ……スイとアイネは仲が良い。

 でも、だからといってそういう複雑な感情が一切起きないなんてことは無い。

 当然だ。彼女達は一生懸命なのだから。


「スイは一度スキルを見ればすぐに真似してみせたからな。だからこそ、信じられんという気持ちと、スイも人並みに悩むことがあるのかという、どこかほっとした気持ちが混じったような……うぅむ……」


 腕を組み、唸り声をあげるアインベル。

 そんな彼を前に、俺も食事のために手を動かす気にはなれなかった。


「こういう時、俺はどうしてあげればいいんでしょうか。あまり力になれなくて……」

「ふむ……そうだなぁ……」


 見定めるように、じっと俺を見つめるアインベル。

 少しの間を置いて、ゆっくりと話し始める。


「なぁ。お前は才能の無い者の気持ちが分かるか?」

「え……?」

「お前がスイに――いや、スイに限らず、人に何かを教えたいというのなら、それに思いを馳せることだ」


 真面目な顔で、淡々と話すアインベル。

 何か口を挟めるような――いや、そんな気すら起きないような雰囲気だ。


「優秀な者は――いや、才能のある者は口を揃えて言う。『努力を続ければ絶対にできる』と。だが、それは不完全な答えだ」

「えっと……どういうことですか?」


 そういう答えが返ってくることは予想通りだったのだろう。

 アインベルはふっと微笑み、話しを続けていく。


「お前は、頑張ればなんでもできると思うか?」

「えっ……」

「我慢、忍耐、根性。それがあれば全ての壁を乗り越えられると思うか?」

「…………」


 答えを返すことができない。

 だって、俺が日本にいたころは、それができなかったからニートになったわけだから。

 そんな俺に、アインベルの問いかけに答える資格なんてないような気がする。

 しばらくの間、沈黙していると、アインベルは優しく微笑みながら話しを続けてきた。


「努力は、適した量で、正しい方法で行わなければ意味がない。才能のある者というのは、努力をしなくても結果が出せる者をいうのではない。正しい努力の方法を、自分で見つけることができる者のことをいう。だからこそ、師匠には『努力の仕方』をいかに具体的に説明できるかが求められる」

「努力の仕方、ですか……」

「理論づけて説明しなくても感覚で理解してしまう者と、そうでない者の違いは大きい。だからこそ、師匠となる者はその違いに敏感でなければならないのだ。そうでなければ、人を導くことなどできはしない。頑張ることと、努力することは同義ではないのだ」


 頑張ることと、努力することは同義ではない。

 そんなことは今まで考えたことがなかった。

 初めてきくその考え方に、俺は何も言葉を返すことができない。


「自分が当たり前にできることができない。自分が特に考えることもなくできてしまうことを、いかに誰でも理解できるように丁寧に説明し、正しい努力の仕方を提示できるか。それが教える側に求められていることだ。……感覚の言語化、とでも言っておこうか」

「…………」


 少し、胸に刺さる。

 俺はただ、スイに自分のスキルを見せていただけだ。

 自分が何故、そのスキルを使えるのか。スイに伝わるように、それを説明する言葉を探すために、どれだけ俺は頭を使っただろうか。


「しかし……皮肉にも、感覚の言語化ができるか否かも、才能の壁がある。ゆえに、必ずしも高い能力を持つものが優秀な師匠になれるわけではないのだ」


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