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338話 伸び悩み

 ……翌日。

 俺は食堂で漫然と食事をしていた。

 俺の肩にはトワが乗り、何か一人で楽しそうに騒いでいるがあまり耳に入ってこない。


 昨日の夜の出来事は――色々と強烈だったが、訓練場のことで特にアインベルに怒られるようなことはなかった。

 さすがに訓練場の荒れようには驚いていたが、簡単な苦笑いだけで済ませてくれた彼には頭が上がらない。


「おや、今日は一人で食事か。どうした?」


 ふと、そのアインベルの声で我に返る。

 その方向に気を向けるより前に、アインベルは俺の前に座ってきた。

 がたんとやや乱暴にテーブルに食事を置き豪勢な笑顔を向け来る。


「むー。一人じゃないよ。ちゃんとボクがいるじゃん」

「おぉ、これは失礼なことをした。しかし、他の皆は?」

「皆、訓練中で。邪魔しちゃ悪いので」

「ほぅ……」


 一瞬、きょとんとした顔になるアインベル。

 そのまま少し目を細めて言葉を続けてきた。


「どうした、そんな神妙な顔をして。何かあったのか?」

「何かってわけじゃないんですが……うーん」

「ふむ。なんでもいい。とりあえず話してみたらどうだ。お前の倍以上は生きているのだ。少しは力になれるかもしれんぞ」


 どん、力強く胸を叩くアインベル。

 ……まぁ、特に悩みとかいう程のことでもないのだが、せっかくそう言ってくれるのだ。

 俺はついさっき、訓練場であったことを話すことにした。


「そうですね……えーっと……」



 †



「ハァッ……ハァッ……や、やっぱりダメ……コントロールできない……」


 肩で息をつき、やや苛立った表情で剣を握りしめるスイ。

 足元には小さな炎が散り散りになって広がっている。


「うーん……どういったらいいかなぁ……えっと……」


 トーラに戻ってきてからというもの、皆はずっと訓練を続けている。

 ギルドもファルルドの森の洞窟に攻略員をどうやって割くかまだ決めかねているようだし、今日は陽の日だ。ギルドも休みをとっている。

 そこで、張り切って訓練をする皆に俺もついていったのだが――どうも、スイの調子が芳しくない。

 アイネ、ユミフィ、セナは模擬戦闘をしたり、各自スキルの練習をしたりしているようでそれなりに充実感に満ちた顔はしている。

 だがスイだけは、ずっと曇った顔しかしていなかった。


「どうしてなんだろ……」


 ぼそり、と悔しそうに呟くスイ。

 それもそのはず。スイの使うソードイグニッションは殆ど改善されていない。

 たしかにそれなりの形にはなるものの、本来の威力を全然出せていないのだ。

 力を込めると炎のコントロールができず、自分に炎が襲い掛かる……初めてスイにスキルを教えた日から、進歩らしき進歩が無い。

 昨日、俺の体を触りまくって何かを得たとスイ自身が感じていたようで、それもあってかスイは見ていて痛々しいぐらいに落胆していた。

 アイネ達は相変わらず、見るのが恐ろしくなる程の本気の本気で模擬戦闘をしているため、スイの表情には気づいていないようだが――


「すいません。リーダー。休憩してくれていいですよ。ずっと付き合わせてしまっていますし」

「いや、でも……」


 一応、俺が教えたスキルなのだ。スイが頑張っている時ぐらい傍にいたい。

 俺ができることといえば見本を見せることぐらいだが……それでも、頑張っているスイを置いて、一人だけ休むというのは気が引ける。


「少し考えてみたいんです。もう一度……私がこれからどうやって練習をすればいいのか。頭を整理したくて……」


 だが、淡々と言葉を続けるスイを見て、その気持ちも変わってしまった。

 自分の感情を殺している時に出てくる冷たい声色。


 ――俺は、この子のために何もできない


 それを聞いて、無力感が一気にこみあげてくる。

 自分には力があるのに、全然それをスイのために使えていない。

 そんな現実を突き付けられているようで、ぐっと胸が締め付けられる。


「……分かった。無理はするなよ」

「はい。また後で」


 にこりとほほ笑むスイのその顔には。

 明らかに悔しさの色がにじんでいた。



 †



「――っていうわけなんですが。スイが辛そうな顔してるのを見るのがちょっと……」


 スイがサラマンダーと戦う前に見せた、あの悔しそうな顔には及ばないが、それでも見ていて気持ちの良い表情ではない。

 ……少し、感情移入してしまう。

 周りが楽しそうに、充実した様子で前に進んでいく中、自分だけが停滞している。

 そんな悔しさと無力感は俺が日本でいつも感じていたことだ。

 それでもスイは俺と違う。努力することを放棄していない。

 だからこそ、スイにはそんな悩みとは無縁でいて欲しいと思ってしまう。


「なるほどな。スイが伸び悩みか……」

「はい。まぁ、結構難しいスキルだとは思うんですけど」

「ソードイグニッションか。ワシもきいたことがないスキルだな……まぁ、訓練場が焼け野原になるスキルだ。数日でそう簡単に習得できるはずもないだろうが」


 そう言いながらぐっと顔を近づけてくるアインベル。

 思わず、視線を反らしてしまった。


「うっ……すいません……」

「ナッハハハ。なに、別に責めているわけではない。しかし、スイがなぁ……」


 ふっと苦笑いをこぼすアインベル。

 どこか遠くの方を見たような目で、一つ食べ物を口にする。

 それを飲み込んだ後、アインベルはさっきよりもやや声を低くして話しを始めた。


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