336話 トライアンドエラー
と、皆にといかける間もなく。
俺の耳に鋭い声と爆発音が飛び込んできた。
「……ぐっ、くっ……なんでっ! 制御が……けほっ」
「うわっ!? スイちゃん、なんか真っ黒になってない!?」
どうやらスイは訓練所の端の方にいたらしい。
黒煙に包まれながら、何度もせき込み足元をふらつかせている。
「……ずっとあんな感じっす。先輩の相手はウチらじゃできないし……ずっと一人でスキル練習してるみたいなんすけど……」
と、言葉を詰まらせるアイネ。
なるほど、どうもあまり成果が出ていないらしい。
「スイ、大丈夫か?」
「あ、あぁ……リーダー。また恥ずかしいところをお見せしちゃって……けほ……」
ヒールをかけながら声をかけると、スイが恥ずかしそうに笑う。
「いやいや。火力自体は出てたじゃないか。かなり良くなってると思うんだけど」
「そうですか……でも、見ての通りです。気力を大きく込めるとコントロールが全然……なんとなく型みたいなものはつかめた気がするんですけどね」
ソードイグニッションを初めて見せた時には、スイは直ぐにそれなりの形に仕上げることができていた。
今回も変な爆発の仕方で自滅しているようだが……それでも、最初の時に比べれば幾分マシになっている。
少なくとも進歩はしているはずなのだが、たしかに今のままでは実戦で使うのは難しいだろう。
「アイネ、いつのまにか気功弾できるようになってたよね。気功縛もだけど――なんでそう、新しいスキルを身に着けるのが早いの?」
「うぇ? そうっすか? でも先輩だって――」
アイネが何かを言うとすると、スイは首を横に振ってそれを遮った。
「……実は私、ここ三年ぐらい新しいスキルを覚えられてないんだ……」」
「えっ……そうなんすか?」
アイネのきょとんとした顔に、スイが気まずそうに笑う。
それについては正直、俺も意外だったが――まぁ、剣士はそこまで多彩なスキルを扱うクラスではない。
軸となるスキルの使い方と基礎を固め、純粋なステータスで殴り勝つ。
そんな安定感のある初心者向けのクラスが剣士なのだ。
そこまで焦るような話しでもないと思うのだが……
「うん……だから頑張らないと。ソードイグニッションッ!」
「あ……」
再び剣を構えてソードイグニッションを使おうとするスイ。
その剣が振り上げられた瞬間、俺はなんとなく察してしまった。
――これは、失敗する!
「ううっ!?」
「スイッ!」
剣先が地面につく前に、スイの剣が一気に黒煙をあげはじめた。
その直後、剣の柄から炎が拡散する。
「あぶないっ!」
咄嗟に俺はダメージディポートをスイに使う。
俺の手から、糸状に光の粒子が放たれ、それが眉となってスイを包む。
「え、何……」
状況が理解できていないのだろう。
ダメージディポートを解くと、ぱちぱちと瞬きをしながら呆然とするスイの姿が見えた。
「……ぁ、すいません。また失敗しちゃったみたいで……」
「そこは気にしなくていいけどさ。大丈夫か? 無理しなくても……」
「いえ。このままじゃレシルには……私……」
そう言いながらスイはきゅっと唇を噛みしめる。
レシルとスイの戦いを俺はそこまで具体的に見ていない。
だからこそ、彼女に対して何と言っていいか分からないでいると、セナが助け舟を出すように声をかけてきた。
「師匠。スイのあのスキルって師匠が教えたスキルなんだろ?」
「ん、そうだけど」
「それなら、オレの時みたいに何度もスキル使って見せてあげればいいじゃん」
「ちょっ!? そんなことしたらこの訓練場が荒野になっちゃうよっ!」
「……え、そうなのか? やっぱ師匠って凄ぇな……」
目を丸くしながら俺から一歩距離をとるセナ。
その若干ひいたような対応に、思わずため息が漏れた。
「いやいやいや。おいトワ、めんどくさい言い方をするなって」
「アハハッ、でも当たらずとも遠からずだと思うんだけどなぁ」
「ったく……」
妙な居心地の悪さを苦笑いでごまかして、俺はスイに視線を移した。
彼女達の評価はともかく、スイが悩んでいるなら俺が実演してみる価値はあるだろう。
「とりあえずスイ、俺がやってみるよ。剣、貸してみて?」
「あ、はい。どうぞ」
あっさりと俺に剣を渡してくるスイ。
そのままじーっと俺のことを見つめてきた。
……これはこれでやりにくい。
「いよっ――」
だがまぁ、できないという訳ではなく。
俺は淡々とソードイグニッションを使った。
剣先を地面に叩きつけた瞬間に、前方に向けて起こる爆発。
扇状に炎が地面を走り、土煙が舞う。
「…………」
「っ……」
前回、実演した時には地面にクレーターができていたが、この訓練場はアインベルも使っている。
であれば、地面の形は下手に変えない方がいいだろう。
そう考え、今回はなるべく縦にエネルギーを出さないようにイメージしてみたのだが、なかなかうまくいったようだ。
特に地面の形は変わることなく、それでいて威力が低くなることもなく、我ながら良い実演だったのではないだろうか。
「アハハ……ほら、荒野になっちゃったじゃん?」
と、トワが引き笑いをしながらそう話しかけてきた。
「えっ――いやいやっ、そんなことないだろ! この辺しか燃やしてないだろっ」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
若干呆れたような笑い方をするトワ。
……まぁ、俺がスキルを放った場所の緑が消し飛んでしまったことは反省点か。
「……おかしい。お兄ちゃん、スイ、二人とも、マナ、流れ、あんま変わんない。量、違うけど……コントロール、きかない、理由、マナの出し方、じゃない……?」
と、ユミフィが首を傾げながらそう言った。
ユミフィには前にもアイネが気功弾を使えない理由や、リヴァイアサンに囚われたカミーラを救う方法をアドバイスしてもらったことがある。
そんな彼女が理由を見抜けないぐらいだ。当然、俺に何かうまい説明が思いつくはずもなく、俺とスイの間に沈黙が漂う。
「うーん……体の使い方が違うのでしょうか。えっと……」
そんな中、スイはおもむろに俺の背後に回ると手をわきの下から通してきた。
そのままぎゅっと俺を抱きしめる。
首の後ろをかすかにくすぐるスイの吐息。
「……って、え? スイ? 何やってんの?」
「どうでしょうか。このままもう一度ソードイグニッション、できますか?」
俺だけじゃなく、他の皆も唖然としている表情を見せる中、淡々とスイがそう言った。
「いや、でもこのままじゃ……」
「私のことは気遣わなくてもいいです。邪魔なら振り払う感じで、お願いします、やってみてください」
そういうと、スイは俺の前で手を交差させる。
しがみつくような抱き着き方で、とてつもなく落ち着かないのだが――真面目にやっていることは確からしい。
――なら、俺も邪念を捨てなければっ……!
幸い、スイの上半身は鎧に包まれている。
ふわりとした感じの、あの柔らかさは全く感じない。
ただちょっといい匂いがして、手が暖かくて、服越しでもわかるスイの頬の弾力が伝わってきてうごごごご
「よしっ……いくぞっ! ソードイグニッション!!」
「んっ――」
全くスキルのイメージができなかったのでスキル名の詠唱に頼る。
剣に熱を感じた瞬間、半ば無意識のうちに俺はその剣を前方に振り下ろした。
結果、数秒前に展開された景色と同じものが再び前方に作られる。
「なるほど。単純に体の使い方……ですかね。気力を放出する時の体勢が……多分、この力がここに……」
スイの手がすらりと太ももに移動する。