335話 アイネVSセナ
トーラにある訓練場、そこはトーラを出る前にスイと模擬戦をした所だ。
既に日は落ち、かなり周囲は暗くなってきている。
「ラアアアアアアアッ」
「おおおおおおおっ!」
その視界の悪さも相まって、アイネとセナの鬼気迫った叫び声は鋭く俺の耳に刺さってきた。
次にきこえてくるのは刃物が空を切り裂く鋭い音と、鈍い衝撃音。
「このっ――」
「剛破発剄!」
「ヂィッ!?」
俺が二人の姿をとらえた時、セナの体は宙を舞っていた。
拳を天に突きあげ、セナを睨むアイネ。
素早く腰を落として跳びあがる。
「うひゃー……なんかマジだねぇ、二人とも」
「あぁ……なんかいつもより鬼気迫ってる感じがするな」
追撃をしかけるアイネの拳を肘で逸らし、逆にセナがアイネの腹部を蹴りつける。
地面に一気に落とされるアイネ。
そこに迫るセナの短剣。跳ね起きながらそれを弾き、アイネの蹴りがセナの顎元に決まる。
――って、ガチすぎるだろ……
「あ、お兄ちゃん。終わったの?」
と、ユミフィがくいくいと服を引っ張ってきた。
若干ひいてしまう程に覇気のある攻防を繰り広げる二人に気をとられすぎていたせいだろう。
そうされるまで俺はユミフィの存在に気づいてあげられなかった。
そのせいか、ユミフィはやや不機嫌そうな顔をしている。
「あぁ、ごめんごめん。ユミフィはどうしてたんだ?」
「休憩。私、さっき負けた。アイネ……強い。森の加護、無い、勝てない……」
そう言いながら若干顔を俯かせるユミフィ。
どうも不機嫌そうな表情の理由はそれらしい。
暗くて気づかなかったが、よくみるとユミフィの服に土がついているのが分かった。
あそこまで本気で戦っているのだ。拳闘士はタイマンで有利なクラスだし森の加護が無ければ順当な結果なのだろうが――それでも悔しいものは悔しいのか。
「そっか。頑張ってるんだな」
「……」
そう言いながら頭を撫でると、ユミフィは複雑そうな顔をみせるも、僅かに口元を緩めてくれた。
相変わらず殆ど無表情と言っていいものだが、その愛らしい顔を見ているとこっちも癒されるものが――
「ここだっ! 気功縛・白羽取り!」
ふと、聞こえてきたのはそんな俺の緩んだ気持ちを吹き飛ばすアイネの声。
その方に視線を移すと、短剣を両手で掴み腕に纏った気力を縄状に放出するアイネの姿が見えた。
「ぐっ……しまっ――」
アイネの気功縛が決まり、セナの動きが封じられる。
そんなセナの方を見ることもなく、アイネは地面に拳を突き付けた。
「ラアアアアアアアアアッ! 地獣崩獣拳っ!!」
「っ――!?」
拳を纏うアイネの青白い光が金色に変わる。
そしてそれが、虎の頭のようなシルエットとなりセナの頭をめがけて――
――って、マジ!?
そのスキルはアイネにとっての切り札だ。
それを急所めがけて本気で叩きこんだらいくらなんでもただで済むはずがない。
「……ぷはっ!? ぜーっ、ぜー……」
そう思った瞬間、アイネの拳の動きが止まった。
そのまま、まるでアイネの方が技を受けたかのように膝をつき、肩で息をする。
「はぁ……はぁっ……ウ、ウチの勝ち……で、いいっすよね……?」
セナの体を縛っていた光が徐々に消えた頃、アイネがゆっくりと立ち上がりながらそう言った。
そんなアイネの姿を、セナはしばらくの間呆然と見つめていたが、すぐに状況を察したのだろう。
少し悔しそうに苦笑いを浮かべるとアイネに向かって手を差し出した。
「……あぁ。今のが入ってたらオレの負けだったな。強いよ、アイネ……」
「ど、どうも……うはー……」
その手を握りしめながらも、後ろ側に尻もちをつくアイネ。
相当疲労しているのだろう。そのシーンだけ切り取るとアイネの方が負けたようにしかみえない。
そんな彼女達を労う意味もあって、俺は二人にヒールをかけた。
「あ、リーダー! 来てたんすか!」
嬉しそうに俺の方を振り返るアイネ。
ヒールによって発生したエメラルドグリーンの光から逃げるかのように、一気に俺の方に走り寄ってきた。
「あぁ。最後の方しか見てないけど。二人とも凄い気合いだったな」
「負けちまったけどな……純粋に悔しいぜ。勝てると思ったんだけどなぁ……」
「はは……ホント、ギリギリの瀬戸際だったっすよ……マジで……ウチの予想以上に瞬発力が凄くて……」
だんだんと語尾が弱々しくなっていくアイネの様子を見るに、本当に接戦だったのだろう。
たしかに、さっきの攻防を見るに、両者のステータスはほぼ互角といっていいだろう。
それでも一瞬の読みというか、判断力という点ではアイネの方が上回っていたようにも見える。
「でも流石アイネだ。見事なカウンターだったぜ」
「う、え……? そ、そっすか? えへへへへへへ……」
と、俺がそう褒めると、アイネは頬をゆるめながら俺の方にちらちらと視線を移してきた。
その緩まり切った表情を見て、セナは少し頬を膨らませる。
「……よし、次は絶対勝つ」
「勝つ。お兄ちゃん、褒める、してもらう!」
ぎゅっと拳を握りしめるセナとユミフィ。
俺の誉め言葉がそこまでモチベーションにつながるものなのか。
少し気恥ずかしさを感じながら視線を逸らす。
……と、今更ながら俺は、未だ姿が確認できていない少女の存在を思い出した。
「そういえばスイはど――」
「ソードイグニッションッ!」