334話 ブレイクスルーポーション
「っ――」
……と、アイネの言葉で場が凍り付いていく。
すぐに顔を青ざめて頭を下げるトワ。
「えと、ごめん。ちょっとボク空気読めてなかったね……」
「うーっ、だから気にしないでほしいっす! ウチも正直、母ちゃんのことはよく覚えてないから……」
気まずそうに苦笑いを見せるアイネの顔を、心配そうにトワが見上げる。
「そんなものなの?」
「そんなものっすよ」
「無理してない?」
「ほんとにしてないっすよー! もー、リーダーもトワちゃんもそんな顔するのやめてほしいっす!」
「そ、そうか……でも……」
親が死んだと聞かされて笑って返すわけにもいかない。
トーラに来てから、アイネの母親を見たことがなかったのはそのせいだったのか――
どうしたらいいか分からずに黙っていると、ますますアイネが困った顔を見せてきた。
「……アイネの気持ち、少し分かるな。オレの母ちゃんも早いうちに死んじゃったから」
「え?」
そんな地獄のような気まずさの中、セナが声を発する。
その衝撃的な内容は、俺の視線を一気に引き付けるものだった。
「オレの母ちゃんは戦士だったみたいでさ、オレが4歳ぐらいの時に死んじゃったみたいなんだ。魔物にやられて」
「そうなんだ……」
淡々と話すセナに、若干ひいた対応をとるトワ。
そんなトワをからかうように、セナがくすりと笑う。
「ハハ、すまんすまん。同情を買いたいわけじゃないんだ。むしろ、そういうふうに同情されると困るんだよ。だってほら、あんまり覚えてないからさ……母ちゃんにもなんか申し訳なくなる」
「あー、そうそう。セナ、よくわかるっすね!」
ぽん、と手を叩くアイネ。
それに納得いったようにスイも大きく頷いた。
「……たしかに、私もそうですね。親のことは全然覚えていないです」
「私も。気づいたら、石の部屋、いたから。親、いない……悲しい? 分かんない」
純粋な疑問符で顔を染める皆を前に、言葉が詰まる。
……俺は親のことが好きじゃない。むしろ、嫌いだと言い切れる。
俺が引きこもってからというものの――いや、それ以前から何度罵倒され、見下され、疎まれたか分からない。
無能で怠惰な自分のせいだ、と世の中の正論で納得しようとしても、それに感情がついてこないのだ。
……だが。それでも人生で一度も親に感謝したことがないのか、と問われれば。
それはもう、NOと答えざるをえないだろう。
幼い頃――まだ周りと比較することなんてしなくてもよかった頃……人並みに愛情を注がれた記憶はたしかにある。
だから多分、親が死んだとか、そういうことをきかされたら、悲しいとまではいかないにせよそれなりに衝撃は受けると思う。
それだけに、親がいないということを当たり前のように受け止め、そうでない俺やトワに疑問を投げかけてくる彼女達の対応もまた、俺にとっては軽くショックだった。
――まぁ、親がいないという枠組みだけで同情されても、彼女達にとって救いにはならないということなのだろう。
「うわーっ! やめやめ! ほらリーダー、そんな暗い顔しないでほしいっす! 親がいないなんてわりかし普通のことっすよ!」
と、アイネが唐突に大きな声をあげた。
お通夜モードになりつつある雰囲気をみかねて助け舟を出してくれたのだろう。
だが――
「……普通か。でも俺は皆が死んだら、とても普通じゃいられないな」
「っ……」
それに気づいたのはそう言った直後だった。
何気なく、ぼそりと言ったものなのだが。周りは目を丸くして俺を見ている。
――止めよう、こんな空気ばっかりじゃダメだ。
気持ちを切り替えて、俺は再び薬草に手を伸ばした。
「だから準備はしっかりしておくよ。コストはかかるかもしれないけど、でも――」
「リーダー……?」
「アドバンスファーマシー」
俺の調薬スキルによって光に包まれるいくつもの薬草。
さっきのポーションを作成したものとは異なる色の赤みがかかった薄緑の光。
それを宙に浮かせて、俺は次々に薬草を足していく。
「これは……?」
10、20を超え、薬草を50ぐらいつぎこんだ頃。
その光は真っ赤に変わり、ポーション瓶の中に吸い込まれていった。
ぐるぐると色が渦を巻くように変化し、液体に変化する。
そんな様子を見て、スイが怪訝に首を傾げた。
「ブレイクスルーポーション。一時的に能力を向上させる薬だな」
「へー……なんか色的にヤバそうだけど……」
「見たことがないポーションですね。それに能力向上ポーションなんてきいたことがないです……」
「そうだな。結構コストもかかるし、皆に一個ずつが限度かな」
スイが言う通り、このポーション作成は結構コストがかかるためレア物なのだ。
本当は単なる薬草ではなくもっと希少価値の高い素材を使うものなのだが――
ともあれ、薬草だけでも作成できないことはない。効果は下がってしまうが、それでも今の俺のレベルなら相当の効果が期待できそうだ。
まだ薬草の余裕はあるみたいだし、俺はもう一度樽の中に手をつっこんで薬草を取り出す。
「あぁ、そうだ。それなりに時間がかかるかもしれないから皆自由にしてくれていいぞ」
樽の中の薬草はそこそこ大量にあるし、ギルドの皆のために普通のポーションを作ることを考えておくとそう簡単に終わりそうにない。
するとアイネが少し寂しそうに眉を曲げてきた。
「そーゆーもんすか……じゃあ、リーダーがポーション作ってる間にウチは訓練してこよっかな!」
「そうだね。私もソードイグニッションをマスターしたいし……」
「あ、訓練ならオレも行くぜっ!」
「それなら皆で訓練場に行きましょうか。ユミフィはどうする?」
「んー……訓練、必要。する」
「アハハッ、決まりだね。ボクはリーダー君にちょっかい出しておくよー」
「あのなぁ……」
俺をぼっちにしない配慮なのか、それともただの悪戯心なのか。
おそらく後者であろうトワに対しため息を一つついて、俺は皆の方に振り返る。
「後で俺も見に行くよ。頑張ってな」
明るく笑い返してくれる皆。
それを見送って、俺は再び薬草を手に取った。