332話 足りない薬
「いやぁ、助かった! 相変わらず見事な回復魔法だな!」
トーラギルドの冒険者達に回復魔法をかけるのは一瞬で終わった。
再会の挨拶代わりにそれを使った時の冒険者達の唖然とした顔は、思い出すだけでも少し気まずくなる。
逃げるようにアインベルの部屋まで移動して、俺達は各々腰を下ろした。
「本当に助かるわ……この状況で薬草の貯蓄を減らさないでおけるのはありがたいもの」
「いえいえ、力になれたみたいで良かったです」
範囲回復魔法のヒールウィンド。
それを一回使うだけでこうも褒められるのは少しくすぐったい。
そんな俺の内心を察してくれたのか、スイが苦笑いしながら口を挟んできた。
「……しかし、たしかに物資が心許ない状況のようですね。シュルージュからの支援も期待はできなそうですか」
「そうね。どうも今、シュルージュもごたごたしているみたいだし……一応、エクツァーとも連絡をしたのだけれど、あっさり断られちゃったわ。聞く耳もたずって感じで」
「エクツァー?」
アーロンの返事に、トワが首を傾げる。
「トーラを南西にずっと進むと、ラグナクアって砂漠があるのよ。エクツァーはその砂漠の街ね」
「うーん、図々しい言い方かもしれないけど、聞く耳ぐらいは持ってほしいよねー」
「でもトワ……あそこは……」
奥歯にものが挟まったような言い方をするスイに、トワが怪訝な表情を見せた。
すると、アインベルが腕を組んで話し始める。
「エクツァーは奴隷商の街として有名でな。……あまり、治安のよいところではない」
「もともと盗賊が作った街という歴史があってね。ほら、あのマドゼラの故郷よ」
「あー、なるほど……そりゃ、たしかにやばそな雰囲気はするっすね……」
察したようにアイネが苦い表情を浮かべる。
だが――
「……マドゼラ? 誰?」
「さぁ? オレにきかれても……」
「ボクも知らなーい」
トワ、ユミフィ、セナの三人は全然ピンときていないようだ。
……そして、俺も。
「あら、知らないの? 大陸の八英雄の一人よ?」
「英雄? そんな人がいるのか? 師匠だけじゃなくて?」
「えっと……カミーラ、仲間? う……?」
眉をひそめるユミフィとセナ。
そんな二人を見て、スイが苦笑する。
「マドゼラはドルトレット盗賊団のリーダーです。ドルトレット盗賊団というのは、この大陸の中で最も厄介な犯罪集団ですね……」
「犯罪集団って……マドゼラは英雄なんだろ?」
そう問いかけるセナに、スイが頷く。
「そうです。ドルトレット盗賊団は義賊としての一面もありますから、それを英雄視する人が多いんですよ」
「一面って? つまりどゆこと?」
「言葉の通りです。義賊として活躍する時もあれば、単に欲望のために人を襲うこともある。本当に厄介な人達です……」
そこまで言うと、スイは大きなため息をついた。
その意味深げな表情に、どこかひっかかる。
「んと、スイはその盗賊団に会ったことがあるのか? 随分嫌そうな顔してるけど……」
そう聞くと、スイは眉を八の字に曲げた。
「ありますよ。一人旅の途中、何度襲われたことか。やらせろやらせろって、本当に下品な人達でした」
「え……それ、大丈夫だったのか?」
「返り討ちに決まってるじゃないですか。さすがに余裕です」
いかにもわざとらしく、にっこりとほほ笑みながら答えるスイ。
「はは……申し訳ないっすけど、先輩より相手の方がかわいそうっす……」
苦笑するアイネを見ると、スイが少し得意気な顔を見せてきた。
スイにとっては脅威でもなんでもなかったということか。
ふと、そんなやりとりをしているとユミフィが俺の腕をつついてきた。
「お兄ちゃん、やるって? なにを? どういうこと?」
「えっ……あ、そうだな……」
「ちょっと! そんなこと子供に教えちゃだめよっ!!」
俺が何か答えようとするやいなや、慌てた様子でアーロンが止めてきた。
もちろん俺も直接的な表現をするのはまずそうな気がするが――
だが、子供だからという理由で蚊帳の外に置かれることについて、寂しそうな顔を見せているユミフィをほっておくのも忍びない。
「え、あぁ……そうだな。えっと……ユミフィはいきなり抱き着かれたらどう思う?」
「だっこ? 私、嬉しいよ。お兄ちゃん、してくれるの?」
そう言ってユミフィは両手を伸ばしてくる。
……その仕草は本当に可愛らしいのだが、顔は完全に無表情だ。
そのギャップに複雑な感情を抱きつつ、俺はユミフィに伝える言葉を探していく。
「え、えっと……そうじゃなくてさ。知らない人だったらどう思う?」
「え……それは怖い……」
言葉とは裏腹に、全く表情を変えないユミフィ。
――まぁ、これがユミフィのキャラなのだろうが、少しやりにくいかもしれない。
「そうやって相手を怖がらせて楽しむ悪いやつがいるんだよ」
「なんで? スイ、嫌われるような人、違う」
「う、うーん……そうだな。そうなんだけど……」
やはりユミフィに男のゲスな欲望を理解してもらうのは難しいか。
じっと俺のことを見つめてくるユミフィの視線に耐えきれなくなる頃、スイ自身が助け舟を出してくれた。
「……コホンッ、それはおいといて。物資不足の件なのですが、トワ。ポーションはいくつありますか?」
「ん、シュルージュで買ったやつ? 多分、20個近くはあると思うけど……あ!」
ふと、トワがハッとした表情で手を叩く。
それを見て、アーロンが怪訝に首を傾げた。
「どういうこと? 話しが見えないのだけれど」
「トワは人を転移させたり、物を異次元に収納させることができますから。別の街に買い出しして物資を補給することができると思うのですが」
「なにっ――それは本当なのか?」
アインベルとアーロンの視線が一気にトワに向かう。
後頭部に手を当てながら照れくさそうに笑うトワ。
「うん。できるよー! これはもしかしてボク、大活躍の予感?」
たしかに、トワの力を使えば――例えばシュルージュギルドで売ってるポーションを買って、こちらに持ってくることはできるだろう。
「ふむ。しかしトーラギルドの資金でどこまでポーションを買い揃えられるか……」
「緊急事態だもの。ケチってる場合じゃないわよ、アインベル!」
「むむぅ。あと少しで調薬師を雇うだけの金が貯まりそうだったのだがな……ままならぬものだ……」
そういえば、トーラギルドには修道士も調薬師もいないと前にもきいたことがある。
だから効率が悪くともポーションを作ることができないのだとしたら――
「……なら、試してみましょうか。調薬スキル――俺、使えるかもしれません」
調薬師がゲームでプレイヤーが使えるクラスだった以上、役に立てるかもしれない。
そう思って出た発言の皆の反応は、嬉しそうというよりかは、若干引いたような驚きに満ちたものだった。