331話 トーラの現況
ついこの間、俺達がトーラに戻ってきたせいだろう。
俺達の姿を見ても、アインベルは特に驚いた様子を見せなかった。
前回と同じように、淡々と報告が続く。
「ふむ……そうか。なるほどな……」
カミーラとの戦い、そしてジャークロット森林でドワーフ達と出会ったこと。
一通りの報告が終わると、アインベルは大きくため息をついた。
「妖精だけではなく、エルフに、ドワーフと ……。随分と珍しい種族をよくもまぁこんな短期間になぁ……」
半ば呆れたような笑みを浮かべるアインベル。
セナが少し恥ずかしそうに後ろに下がった。
「父ちゃんはドワーフのこと知ってたんすか?」
「まさか。ワシが知っているのは、昔そのような種族がいたということだけだ。しかし……そうか、『サクリファイス・サークル』とな……」
「封魔の極大結界についての情報はトップシークレットの中のトップシークレットなのよね。私達にもアレのことについては全く知らないのだけれど、カミーラは違うみたいね」
アーロンの言葉に、アインベルが頷く。
「あやつのレベルは127だったか。ルベルーンを統括する大陸最強の魔術師ともあれば、流石に情報がまわっていてもおかしくはないだろう」
「127……」
小さく、スイがぼそりと言葉を漏らした。
彼女のレベルについてはスイも知らなかったのだろうか。
しかし、127となるとライルよりも格上ということになる。
たしかにライルは、やっていることは小物だったが実力は本物だ。
最強の魔術師という肩書も、まぁ納得がいく。
「それとはともかく、トーラの方は大丈夫なんですか? どうもファルルドの森には、レシルやルイリの仲間がいそうなんですが」
と、スイが本題を切りこませる。
それに対し、アインベルは奥歯にものが挟まったかのような表情を浮かべた。
「……ふむ。洞窟の位置は特定できているが、いかんせんトーラ周辺の魔物が多くてな。ムカデにワームに……その対処に追われてジリ貧になりつつある」
「えっ……じゃあ……」
スイとアイネが不安げな表情を見せると、アーロンがゆっくりと首を横に振る。
「今すぐにどうこうなるわけではないわ。でも、ここのところトーラに限らず魔物の動きがおかしいようね。どのギルドも慢性的な戦力不足になってきているみたいで、このままじゃ……」
……どうも、あまり状況が芳しくないらしい。
たしかに、カミーラも今より人の住める場所が減る可能性があるとか言っていた。
このまま放置していたらトーラは――
「話は変わるがな。カミーラから――というか、国から、お前達がカミーラに楯突いた話しはきいていないな。まだ国が把握できていないのかもしれないが……」
「うーん……かなり目立つやりかたでしたからね。カミーラが自分の失態を隠そうとしても、無理がありそうですし……そこは油断できないですね」
そう言いながら、スイが苦笑いを浮かべる。
そこはまぁ――だいたいが俺のせいなので少し気まずい。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。ユミフィがくいくいと俺の服を引っ張ってきた。
「……お兄ちゃん達、悪者、させられちゃう? やっぱり――」
「大丈夫だよ。少なくともカミーラは俺に勝てないって分かったはずだから。俺達を追ってこれないさ」
「っ……」
ユミフィを気遣ってそう言ってみたのだが。
口をあんぐりとあけるアーロンの顔を見て、今の俺の台詞が、とんでもないものだということに気づく。
「ナッハハハハハ! 大陸の八英雄の中でもトップクラスの相手にその言葉かっ! 全く頼もしい限りだっ!」
手を叩きながら笑うアインベル。
むずがゆい感覚が走る。
「と、ともかく。トーラの問題は解決しないといけませんよね。ワームの出所が分かっているなら、そこを叩きに行こうと思いまして……」
と、話題を逸らそうとすると、ユミフィが心配そうに俺の顔を見上げてきた。
「お兄ちゃん、大丈夫? ワーム、苦手、言ってた」
「う……いや、まぁ、直接見たことはないし、実際どうかは分からないけど……まぁ、大丈夫なんじゃないかなぁ……」
グロ画像とか、ゲテモノ画像とか――そういう類のものは別に好きでもないが見たら死ぬってほどでもない。
この旅の中で何度か戦う経験も得てきたし、今の俺ならムカデとか、ワームとか見ても大丈夫なのではないだろうか。
「とにかく、もう日も落ちてきたのだ。お前達も色々あったわけだし、ゆっくり休むといい。ファルルドの洞窟については……また、次に話すとしよう」
「あ、でもアインベル。休んでもらうのはかまわないけど、彼にちょっと相談できないかしら」
「む? あぁ。そうだったな……」
と、アインベルが気まずそうに俺に視線を移してきた。
……どうしたのだろう? 少し向こうから言いにくそうな雰囲気が出ていたので自分から話しかけてみることにする。
「ん? 何かあったんですか?」
「ふむ。そんな身構える程のことでもない。少しお前の治癒の力を借りたいのだ」
「最近負傷者が多くてね。前にゴールデンセンチピードが襲ってきた時に比べれば全然大丈夫だけど、ちょっと薬草の在庫がジリ貧になってきてるのよ」
なるほど。それで俺に回復魔法を使ってほしいということか。
スイやアイネもアーロンの言葉を聞いて心配そうな顔を浮かべている。
断る理由はないだろう。
「それは大変ですね……じゃあ早く、怪我した人のところに連れて行ってください」
そういうと、アインベルはほっと息をついてほほ笑んだ。
「……助かる。では、頼むぞ」