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330話 あしフェチ?

「よし、着いたね」


 転移の光が視界から消え、トワの声が耳に入る。

 目に入ってきたのは、かなり暗い空間だ。

 視界が悪く、周囲に何があるかよくわからない。

 皆が怪訝に周囲を見渡すこと数秒間。アイネがハッとした声をあげる。


「……って! ここウチと先輩の部屋じゃないっすか!」

「そうだよ? だってトーラに戻るんでしょ。え? 違った?」


 あっけらかんとしたトワの声。

 俺も目が慣れてきたことで、だんだん周囲の状況が分かるようになってきた。

 たしかにアイネの言う通り、ここは前に来たスイとアイネの部屋だ。


「違わないですけど……ここは一応、土足じゃないんですけどね……」

「あっ! ごめんごめんっ!」


 トワの慌てた声がするのとほぼ同時に、天井にある光輝石が光を放ちはじめた。

 どうやらスイが魔灯をつけたようだ。慣れ始めてきた目に、光がしみる。

 だが、俺以外の皆は特にそんなこともないようで、てきぱきと靴を脱ぎ始めた。


 ――って、スイのグリーヴってそうなってるのか……


 銀色の堅苦しいグリーヴの下から現れたのは、さらしのような布を巻かれたスイの足だ。

 その布をするりと解いて、中から白いスイの肌が――


「……リーダー、何を見ているんですか?」


 見え……見えっ……あれ?


「な に を 見 て い る ん で す か」

「い、いや……違うんだ……別に、違うんだ……」


 思いっきりジト目になりながらスイが俺の方を見つめている。

 それから逃げるように視線を下に逸らすと、スイが見事なバックステップで俺から遠ざかった。

 鎧をつけた状態とは思えないほどに、ひらりとベッドに着地し、自分の足を布団で隠す。

 見るからに羞恥にまみれた表情で俺のことを睨んでくるスイ。

 そんな彼女と俺を交互に見ながら、セナが唐突に声をあげた。


「ん? あぁ、そっか。師匠は女の人の足がみたいのか。えと……悪いな、気が利かなくて」

「はい?」


 と、セナがてきぱきとソックスを脱ぎ始める。

 現れたのはスイより少し褐色に染まったセナの足。

 片足で一本立ちになりながら、セナは膝を上にあげる。

 つま先を手に持ちながら右足を前へ。

 俺の手元に、セナの足の指が触れる。


「えと……どうだ? 満足できるか?」


 ――何をやっているんですかキミィ!?


 昨日は嫁入り前だからとかで怒られたような気がするのだが、どういう風のふきまわしだろう。

 それに、そんなに顔を真っ赤にさせるならやらなければいいと思うのだが。

 ……それでも、まぁ、なんだ。


「……うん」


 思わず、もう、本能レベルで頷いてしまう程に。

 すらりとした彼女の足は美しくて……


「うわー。ドン引きだー。リーダー君ってホント、多趣味なんだねぇ」


 と、トワが満面の笑みを浮かべながら俺の視界に入ってきた。

 小さな羽を羽ばたかせ、煽るような動きで上下に飛んでいる。


「ハッ――違うっ! そうじゃなくて……」

「リーダー! ウチもほら、ほらっ!!」

「いやっ――ばかっ、そんなにめくるなって……」


 足の裾をめくりながら、アイネが顔をニヤけさせている。

 相変わらず羞恥心はあるようで、言葉とは裏腹に顔は赤く、微妙に汗をかいているようだった。

 セナに張り合っているのだろうか。

 なんにせよ、眼福を通り越して目の毒になっているような――


「……? 足、見て嬉しい? どういうこと??」

「いや……だから……それはですね……」


 顔に疑問符を浮かべたユミフィの純粋な視線が辛い。

 布団をくるまってジト目で俺を睨んでくるスイが怖い。


「と、とりあえず部屋を出ます……す、すいませんでした……」

「えーっ、気にすることないっすよ。先輩も嫌がってないから」

「いっ!?」


 と、アイネの言葉にスイが頓狂な声を出した。

 そして俺と目が合うやいなや、スイはものすごく早口にまくしたてはじめる。


「なっ……か、勘違いしないでくださいっ! わ、私は別にアイネとか、セナみたいにそんなことしませんからっ! い、いくらリーダーだって、なんかそう……変な視線は……」

「え、嫌なんすか?」

「そ、そういうんじゃなくて……なんていうか、いけないというか……えっと……」

「でも一緒にお風呂入ったこともあるじゃん。なんでいまさ――」

「あーっ、あーっ!! きこえませーーーん!」


 耳を塞ぎながら頭をベッドに突き付けるスイ。

 状況が理解できないと首を傾げるユミフィ。

 なんとなく察して俺に苦笑いを見せてくるセナ。


 ――なに、この地獄。


 そんな中、アイネがカラカラと笑いながら俺の腕をつかんできた。


「ほらね。先輩もなんか気持ち悪い顔してるし、大丈夫っすよ!」

「ちょおっー!? アイネッ! 私、そんな顔してないっ!」


 まさかそんな言葉で自分を形容されるとは思わなかったのだろう。

 スイが飛び起きながら、心底驚いた表情でそう言い返す。


 ――あれ、デジャヴ?


「してるっすよ。ニヤニヤニヤニヤ……ね、皆」

「あぁ。してるな」

「スイ、してる」


 ユミフィとセナが即答すると、トワが吹き出すように笑い始めた。


「アハハハハッ! ホントはリーダ君に見てもらいんじゃないの?」

「そんな露出癖あるわけないでしょう!? 変なこと言わないでくださいっ!!」

「じゃあリーダー君に見られるの嫌なの? 見せたくないんだ?」

「べつに足ぐらいなら死ぬほど恥ずかしくはないっすよ? もしかしてリーダーのこと嫌いなんすか?」

「そんなわけないでしょう! 私はリーダーのことす……いぃっ!? そうじゃなくてっ!!」


 思いっきり声を裏返してスイが顔を真っ赤にさせる。

 そして俺に視線を移すと、ビシリと指を突き立ててきた。


「勘違いしないでくださいっ! わ……私、貴方のこと好きとかじゃないですから! た、ただ尊敬してて……あと、興味があるだけなんですからねっ!! 肌だって、見られたら恥ずかしいしっ――えっと、勘違いしないでくださいっ! 貴方には、見られたくないわけじゃないんです!! 拒絶したいわけじゃなくて……えっと……私っ、べつにリーダーが好きとかじゃないですからっ!! そんな、離れようとしないでくださいっ!!」

「…………」


 ――ダメだこの子。完全に支離滅裂だ。

 最後の方が涙声になっているのが憐れみを誘う。

 そういえばスイはこんなふうにアイネにいじられることがよくあったっけ。

 しかしまぁ――きいててものすごく恥ずかしいし、やはり俺は外に出るべきだろう。


「もう止めよう、スイちゃん。ホントに見苦しいよ……」

「ここまで来たら告白すればいいのに。先輩は強情っす」

「ち、違いますって! わ、私はまだそういうの分からなくて――えっと、えっと!!」


 後ろで何かごちゃごちゃとしているが――ひとまず落ち着いてもらうために俺は外に出るとしよう。

 そう思って部屋の外に出ようと扉の前まで移動すると、ユミフィが俺の裾を引っ張ってきた。


「お兄ちゃん、私の足、見ない? なんで?」

「はは……大丈夫だよ。ちょっと外に行って――」

「ほら、よく見える?」

「う、うおーっ!?」


 思わず、変な声が出た。

 自分のスカートの裾を思いっきりたくし上げたユミフィの姿は、聖なる純白の絶対なる不可侵の神々しきトライアングルのアレがモロにアレでソレでコレで――


「や、やめてくれって! 頼むからっ! もうマジで俺が悪かったからあああっ!」

「あれ、違う? お兄ちゃん?? あれ?」


 疑問と戸惑いに満ちたユミフィの声が後ろからするが、とりあえず無視だ。

 早くこの部屋を出ないと、恥ずかしさと動悸で狂ってしまうのではないか。

 俺は扉を張っ倒す勢いで開けて部屋の外に出る。

 すると――



「ちょおおおお!? なに!? 貴方達居たのっ!?」



 俺の頭が、何か固いものにぶつかった。

 目の前がちりちりでぼさぼさな物体に包まれ、視界が一気に黒くなる。


「なによもうっ! びっくりしちゃったじゃない。抱きしめてあげる!」

「うごっ!? もがっ……」


 野太い声とともに、俺の背中に何かがまわる。

 ……いや、ここまでくればもう分かる。

 この、腹の底からふんばって出したような響きのいい暑苦しくて野太い声。

 体中からむわりと放たれる熱気。ボディビルダーのごとき太く逞しい肉体。


「が……アーロンさん……離してくださいっ……」

「あらやだ。私のラヴでのぼせちゃった? いけないいけない」


 俺の声に、彼――じゃない、彼女はすぐに腕を開き俺を解放してくれた。

 だがまぁ、決していい気分ではなかったが、頭の中の桃色成分が一気に消え去ったので、助かったといえば助かったか。

 相変わらず全く似合っていないメイド服を身に纏っている。


「あはは……こんばんは。とりあえずの目的が達成できたので戻ってきたんですけど……」


 俺達の騒ぎをききつけたのだろう。スイ達も部屋の外に出てきた。

 ……スイの足にはグリーヴがばっちりとはめられている。

 剣士だからね、仕方ないね。


「あら、そうなの? よかったわぁ。心配してたのよ! ……あら? また新しい仲間?」


 と、アーロンがそう言いながらセナを見る。

 すると、やや唖然とした表情をしていたセナがハッと身を震わせて声を出した。


「あ……あぁ。セナ・バルエダだ。師匠に弟子入りしたんで、よろしく……」

「弟子ですって!? 新入り君? 貴方、ほんとにモテるのね……いったい何人彼女を作るつもりなの!?」

「ちがっ、あの子は――」

「オ、オレは彼女じゃないって! そんな不純な動機だけで師匠についていこうとは思ってないから!」

「……だけで?」


 セナの言葉に、アイネがぴくりと反応する。

 するとセナはちらりと俺の方を見て――


「……あー……あはっ」


 ――なんだろう。とりあえず見なかったことにしておこうか。

 言葉の綾にいちいち反応するのも可哀そうだろうし。


「んんんぅ! もう貴方、なんて罪深いのかしら。あまり乙女を弄んじゃだめなんだからねっ!」

「ちがっ、だから――うおっ……」


 再びアーロンに抱きしめられる。

 メイド服から飛び出た胸毛が顔に当たって地味に痛い。


「ハッ!? いけないわ。まだ自己紹介してなかったわね。私はアーロン・ヴァルグレイ。ここの寮母をしているの」

「は、はぁ……あれ、女?」

「あら、男に見える? ヒゲ、そり残しちゃったかしらん?」


 目線を上にあげながら顎をいじりはじめるアーロン。

 そんなアーロンを絶句しながら見つめるセナ。

 ……とりあえず、フォローだけはしておくか。


「まぁまぁ……気持ちは分かるけどさ。良い人だから。警戒しないであげてくれ……」

「ふ、ふーん……よろしく」

「うんうん、可愛い子ねぇ。だきしめて――」

「あ、それで。師匠は今どこに? 前にきいたお話しの続きをしたくて」


 と、アーロンの腕を抑えてスイが口をはさんできた。

 いつもより少しだけ低く放たれたスイの声。

 その意味を読み取ったのだろう。アーロンもを鋭く変えた。


「……そう。なら、いらっしゃい」


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