329話 狂気の暴行
――とある洞窟。
その最奥を照らす多数のランプの炎がゆらりと揺れる。
それに照らされているのは洞窟の壁に似合わない豪華な鏡だ。
その鏡の前で、一人の女が体をくるくると回転させている。
「らーらららー、らーららー」
その女は、普通の人間と比べると幾分か異なる点があった。
肌はヒビが入ったような模様をした鱗で包まれ、頭には歪んだ形をした角が二つ生えている。
女は、自分の鱗のような肌にクリームを塗っていた。
全く似合わない、ひらひらのワンピースを片方の手で無理矢理靡かせ顔中をクリームで覆いつくす。
「んー、今日もヴェロちゃんのお肌は綺麗! 張りがあって、つやつやで、ぷにぷにのぷっるぷるーんで、ぽっよぽよーん」
鏡の前でニタリと口角を上げる。
ピンク色に染まった髪をツインテールに縛り、唇には真っ赤なルージュ。
頬には、まるではれ上がっているのではないかと疑う程に濃く塗られたチーク。
丸く、大きな瞳は淀んだ黄土色をしている。
そんな女の後ろから、異形の魔物が鏡に映り込んだ。
「あれあれ、どしたの? ラーガルちゃん。ヴェロちゃんのお肌に嫉妬かな?」
ブヨブヨとした肌、蛇のようなフォルム。
口元に輪のような形で並ぶ歪んだ牙。
見る者の生理的嫌悪感を引き出すために生まれてきたとでも言わんばかりのそれは、その巨体を何重にも巻き、頭をひっこめる。
しかし――
「うふふふふふふふ。そうなのそうなの。ありがとうねラーガルちゃん。その卑屈で無様で気色悪い姿――それを見るたび思えるわ。私はなんて美しいんだろうって」
鏡の横に刺さっている杭。そこにかけられている鞭を素早く手に取り、女はラーガルと呼ばれたそれに向かってそれを放つ。
その鞭は一瞬でラーガルの頭に巻き付かれ、女が手をひいたことによってラーガルの頭部が地面に叩きつけられた。
「らーらららー、らーらーらー、今日もヴェロちゃんはピッカピカ。お部屋も心もピッカピカ。そんな素敵な光景をー、鏡で見てたら邪魔が来るー。空気の読めないラーガルちゃーーーーんっ!!」
女が腕を手にあげると、鞭が一瞬でほどかれ宙を舞う。
そして、その鞭は意思をもったかのように動きで、ラーガルの体を何度も何度も叩きつけた。
「アハハハハハハハハ!! 変な音! 気持ち悪い! 気持ち悪い!! 気持ちわっるううううううういっ!! そんなラーガルちゃんもぶってあげるヴェロちゃんは、いい子! とってもいい子!!」
鞭のしなる音と、衝撃音。それが洞窟の壁で反射して何重にも重なりあっていく。
なんとか鞭から逃れようとしているのか、ラーガルは体をうねらすも、その巨体故に洞窟の中で安全地帯を確保することはできないようだった。
「あぁぁあああああああああああ!!! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!! 死ねっ! 死ねっ! 死ねえええええええっ!!」
放たれた鞭の音が百に満ちるかといった時、ラーガルの体が地面に屈する。
そしてその体は、光の粒子となって消滅しはじめた。
「って、ちょっと!! なんで? なんでもう死ぬの??」
女は動揺しながらも、鞭を操る手を全く止めようとはしていない。
さらに激しく鞭を舞わせ、動かなくなったラーガルを痛みつける。
しかし、ラーガルの体が完全に消え、その場所に淀んだクリスタルのみが残ったことで、それは終わりを迎えることになった。
「なああああああああああああっ!! もう!! なんで逃げるの!!! むかつくむかつくむかつく!!!」
髪をかきむしりながら、女が叫ぶ。
鞭をひっぱり、地面に叩きつけ、拳で壁を殴りつける。
その衝撃はすさまじく、洞窟の壁に人よりも大きな穴が作られた。
「はーっ……はーっ……はっ!? 何をしてるのヴェロちゃん。別にあんなクソミミズに頼らなくても、ここにいるじゃない。――私に忠誠を誓う奴隷ちゃん達が」
そう言って、女がにたりと笑う。
その視線の先は、今までラーガルの巨体のせいで死角になっていた場所だ。
そこには手と足を鎖で縛られ、血だらけになっている二人の少女がいた。
金の瞳を持つ二人の名は、レシルとルイリ。
そのうちの一人――ルイリがかすれた声で女に話しかける。
「……ヴェ……さ……」
「んんんんぅぅぅぅ!! 気持ち悪い! 気持ち悪い!! 気持ち悪うううううううい!!!」
「っ!?」
その瞬間、女の鞭がルイリの頭を叩いた。
その直後に、ルイリの左腕にナイフが飛んでくる。
身動きのとれないルイリにそれを回避する術はなく、そのナイフは見事にルイリの腕を貫いた。
「ぎっ――いぁあああああああっ!」
目に涙を浮かべながら、ルイリが叫ぶ。
その横で、ぎゅっと唇を結ぶレシル。
そんな二人を見て、ナイフを投げつけた女が地団太を踏み始めた。
「あんれえええええええええええ!! なんで? なんでなんでなんで? なんで私にぶたれてるのに笑わないの? なんで、私を可愛いって讃えないの? なんでそんな無様な声しかあげられないの!??」
「づっ……ぐっ……」
「ねぇなんで? なんでなの? レシルも、ルイリも! なんでそう使えないの? なんでなんで? なんでなんでなんでええええええええええええええ」
裏返った声で叫びながら、女が鞭を振り回す。
それはもはや無差別的な動きだった。二人だけではなく、周囲の洞窟の壁も、自分が先ほど見ていた鏡も、全てが破壊されていく。
「クリスタルは無駄使い! しようとしない一つの気遣い! なんて無能な小間使い!!」
「うぐっ、うぅ……」
「だああああかあああああああああらああああああああ!! なんで? なんで泣くの?? なんでなんで笑わないの?? 足りないのよ、忠誠心が!!」
「あ、あぐっ!? あ、あは……いあああっ!!」
女が悲痛に訴えるも、レシルとルイリの顔に笑顔は微塵も浮かんでこない。
それを見た女は、自分の鞭を放り投げるとルイリとレシルに向かって走り出した。
「ああああああああああああ!! なんでなの? なんで私にはいないのかしら? 私のやることは全部肯定、向けてくるのは全部笑顔! そんな素敵な忠誠心を抱くシモベが欲しいっ! 私が望むのは、ただそれだけのことなのにぃぃぃいん!!」
「ぐっ――!? がっ、げほっ!?」
「ごっ……ぷ……」
二人の腹部を何度も殴りつけながら、狂ったように女は笑う。
その口から血と僅かな空気以外吐き出せなくなるまで。
ひたすら女は、二人のことを殴り続けた。
「らーららららー、とっても不遇なヴェロちゃんはー、それでもめげずにらんらんくるくる、らんくるりー」