328話 生き証人
「……何故そのような話しを?」
「私達は知らないんです。生まれた時からあの結界はあったし、魔王も見たことがありません。ただ、そんな存在がいたとあやふやにしか伝わっていないんです」
「むむ? 全知の神にそのようなことがあるのですかな?」
「だからウチらは神じゃないんすよーっ!」
頭をかきむしるアイネを横に、スイが小さくため息をつく。
「……とにかく、何か魔王について知っていることがあれば聞かせてくれませんか? 私達も、全てを知っているわけではないんです」
「そういえばオレも魔王については詳しくきいたことがなかったな……」
皆の視線がブルックに集まる。
すると彼は、一つ咳払いをして話しを始めた。
「ふむ……では少しだけ。サクリファイス・サークル――あれが完成し、魔王が封じ込められたのは200年前のことであります。完成の5年程前でしょうか。あの忌まわしき事件が起きたのでございます……」
「エルフ、ドワーフ、たくさん殺した?」
「さよう。先に申し上げた虐殺でありますな。最初は魔王軍の攻撃を受けたのではと錯覚しましたとも」
「その……話しの腰折って申し訳ないっすけど、その時代に生きてるってことはブルックさんって……」
「うむ。280歳ぐらいですかな。わたくしめも随分と年をとったものです」
「…………」
あんぐりと口を開くアイネ。
エルフやドワーフはどのファンタジーでもだいたい長寿だという設定が多い。
この世界でもそれは同じだということなのだろうが――アイネにとっては衝撃的だったようだ。
それもそのはず。髭だらけでむさくるしくはあるものの、人間の基準でいえばブルックの見た目は50前後といったところだ。
「……それで、魔王を見たことってありますか?」
「いいえ。魔王の姿を見て生きて帰ってきた者自体が極めて少なかったものでして……ただ、黄金の翼を持つ女だとか聞いたことがありますな」
「女の人だったんすか……なんか意外……」
たしかに、あんな大がかりな結界を使って封じ込めるような相手なのだ。
女性、というだけでも意外だが――金の翼とかいう神々しそうな特徴は連想しづらい。
「んー、それにしても、魔王ってそんなに強かったんでしょ? よく封印なんてできたね」
「もちろん代償は安くは無かったとか。何万という軍を使ってエクスゼイド帝国の北部に魔王をおびき寄せたときいております」
「え? じゃあ味方ごと封印したってことですか?」
「そうなりますな。あの結界が完成するまでにいくつの命が散ったのか……完全に把握することは不可能というものでしょう」
あの結界の内側がどうなっているか知る由もないが――
想像するだけで胸が締め付けられる。
そんな中、淡々と放たれるスイの言葉が、少しだけ気持ちを逸らしてくれた。
「ちなみに、魔王の仲間みたいな人ってどんな人がいたか知っていますか?」
「仲間ですか。それは存じ上げておりませぬ。申し訳ない」
「一応聞いておきますけど、レシル、ルイリって名前に心当たりは?」
「……? ありませぬな」
首を横に振るブルック。
……やはり、そう都合良く情報は得られないようだ。
「分かりました。私からは聞くことはもうないですけど……どうですか?」
ふと、スイが俺達の方へ振り返る。
魔王がいた時代の生き証人の存在は貴重だが――これ以上の情報が得られるとは思えない。
特に質問も思いつかないので、俺は黙って首を横に振った。
するとブルックはぺこりとお辞儀をして口を開く。
「そうですか。ではわたくしめはガルガンデュールの結界の確認作業がありますゆえ、ここで一人にさせていただきたい。来た道は戻れますかな」
「え、ここで?」
トワが頓狂な声を出す。
俺もこの場所で別れるとは思っていなかったので驚いたが――まぁ、断る理由もない。
「あ、それは大丈夫です。どうもありがとうございました」
俺がそう声をかけた時には、既にブルックは球体の方に向き、俺達に背を向けていた。
数秒の沈黙の後、ブルックがそのままぼそりと声をあげる。
「……セナよ。うまくやるのだぞ。いつでも戻ってきてかまわんからな」
「おう、じゃあな」
そんなブルックの寂し気な声にあっさり返事をすると、セナは部屋の外に出て行った。
俺達もセナの後を追いかける。
階段をのぼり、建物の前へ。
やや神妙な面持ちのセナに、スイが声をかけた。
「……えっと、あれでいいのですか? もっと何かお話ししても……」
あまりにあっさりとした別れの挨拶。
それに思うところがあったのは皆も同じだったようだ。
皆が、心配そうにセナのことを見つめている。
「いいんだ。別に今生の別れにするつもりはないし。それより、申し訳ないんだけど兄弟にも挨拶していいかな?」
それに対し、セナは照れくさそうに笑顔を返す。
――って、兄弟?
「あ、兄弟いるんだ? お兄ちゃん? お姉ちゃん?」
「両方だよ。オレは末っ子だから」
「へぇ。じゃあ三人兄弟なんすか?」
「いや? 二十四人兄弟だけど」
「え……」
シン、と周りの空気が凍り付いた。
セナが怪訝に首を傾げる。
「あれ? どうかした?」
「い、いや、別に。時間かかりそうだし……自由時間おいて後で集合するか」
――ドワーフはまぁ、元気なんだろう。
そういえば、アレもアレだったし。元気だな、ドワーフ……
「分かった。これからよろしくな!」
それはさておき。
明るく笑うセナの手を、俺達は順番に握りしめるのであった。