表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

328/479

327話 ブルックの問いかけ

 俺達が再び広場に行った時も、ドワーフ達の踊りは勢いを全く衰えさせることなく続いていた。

 そんな中、こそこそとセナを連れてブルックに声をかけると、彼は何かを察したように頷き場所を変えてくれた。

 特に何か話すこともなく、黙々とブルックとともに移動。

 目立たない小さな岩の建物に入り階段を下りる。


「ここは……」


 土のにおいが漂う薄暗い空間。

 何本かの蝋燭だけで照らされた壁や床は、どこか気味悪さを感じさせた。


「こちらへ」


 淡々と進むブルックが、鍵を開けて扉をあける。

 俺達が最初に連れていかれた豪華な場所とは対照的な、土まみれの陰湿な部屋。

 真っ先に目に入るのは中心にぽつんと一つだけ存在する球体だ。

 うっすらと青緑に輝くそれの周りを、大量の装飾品が天井と床を結ぶ柱のように包み込んでいる。


「父ちゃん……? なんだここ??」


 その部屋に入り、どこか唖然とする俺達の中で、セナが真っ先に声をあげる。

 するとブルックは部屋の中心にある球体の前に立ち、ゆっくりと振り返ってきた。


「ここはお前が来たことが――いや、このワシ以外誰も入ったことがない場所だ」


 穏やかで、それでいて厳かな声でブルックが話す。


「お前の言いたいことは分かっている。……ここを出ようというのだな? 恐れ多くとも、これからも神についていくと」

「っ……」


 その言葉に、セナがはっと息を呑む。

 貫くような視線を前に、セナだけじゃなく俺達も何も言葉を発することができなかった。


「そうだな?」


 固まるセナに、諭すようなブルックの声がかけられる。

 数秒の間を置いて、セナが頷く。


「いつ出るのだ」

「まだ具体的には師匠達と話してないけど……すぐかな。今からでも」

「はぁ……全く、お前は昔からそうだ……」


 するとブルックは深くため息をついてゆっくりと話しはじめた。


「……不思議なものだ。外を知らぬセナが……ガルガンデュールで一番、斧の扱いが下手なセナが外に出るなどと……いや、そもそもここに住む者が外に出るなど。つい数日前には全く考えもしてなかった。だが、今となってはそれが当然のことのように思える」


 すっと目を閉じて、大きく息を吸い込みながら顔を上へ。

 腕を組みなおし、ブルックは言葉を続ける。


「いつかセナはここを出ていく――薄々ながら、ずっと前からそれを感じていたのかもしれん」

「じゃあ、いいってことだよな……?」


 おそるおそると言った感じで、セナがそう声をあげる。

 その問いかけに、ブルックはしばらくの間、目を閉じ沈黙で返すと、俺達の方に視線を移してきた。


「神よ。誠に恐縮であるが重ねて問いますぞ。セナが神のお役に立てる器であると真にお思いなのですかな」

「はい。私達が彼女の力を現認しています。次に戦う相手に対して、貴重な戦力になると考えています」

「ふむ。そうですか……」


 はっきりと、かつ即座に答えるスイに、ブルックは複雑な表情を返した。

 そして、改めてセナの方に視線を移す。


「……セナよ。お前は言ったな。よく知らぬエルフのことを憎み続け、ここで生きるのは嫌だと」

「な、なんだよ。それが何か……」

「昔、ドワーフ達は隠れることなく堂々と生きていた。それが何故今のような状態にあるか。お前にも教えたな」


 そう話すブルックに、セナがややうんざりとした表情を浮かべた。


「またその話しかよ。そんなの何回も――」

「きけ! セナ!!」


 ――しん、と周囲が静まり返った。

 鬼気迫る表情のブルックを前に、誰もが顔を強張らせる。


「ワシは伝えねばならん。魔王の力が大地を蝕んでいた時代に生きた者として! あの虐殺を目で見た者として!」

「っ――」


 覇気のこもったブルックの声に、セナが言葉を詰まらせた。

 そして――


「えっ……魔王……!?」


 俺達もまた動揺の色を隠せなかった。

 しかし、ブルックはそれに気づかなかったのか、淡々とした様子で話し続ける。


「200年前のエルフの行い――あの虐殺により家族を失った者がこの洞窟にどれだけいるか。その悲しみがどれだけ大きかったか。それを忘れぬために、後世に伝えるために、ワシはお前にそのような教育を施した」


 そこで一度言葉を切ると、ブルックは青緑に輝く謎の球体の方に振り返る。


「……しかし、魔法の発展により人々の生活の質は上がり、今ではエルフの技術はなくてはならないものになっている。皮肉な話しだが、今、ガルガンデュールを護る結界を維持するために使われている技術も、もとはといえはエルフが開発したもの」


 そっとそれに手を添えて、ブルックは拳を震わせた。


「森のマナを結界として出力し、安全地帯を作り出す技術――エルフの技術がなければ、我らは暮らしていけぬのだ。あまりに皮肉な話しゆえ、お前も含めこのことは秘密にしてきたがな……」

「父ちゃん……」

「そも、サクリファイス・サークルが無ければ、ドワーフはおろか、エルフも人間も、等しく皆殺されていただろう。この世界の平和がエルフによってもたらされた事実は変わらない……この洞窟は、そんな世界を見ずにすむ場所として、我らに安寧をもたらした」


 俺達が今見ている奇妙な物体――これが結界を生み出すエルフの発明なのだろう。

 ブルックは忌々し気にそれを見つめて動かない。

 張り付いた空気の中、俺達が動けないでいると、ブルックが一つため息をつく。


「エルフは傲慢で、残酷な存在としてドワーフの歴史に刻まれている。しかし、魔法を扱える者はたしかに世界に貢献し得る力がある。……一方で、我らはどうだ? 魔法を使えず、技術開発の礎としか利用価値を見出されなかったドワーフ……その子孫であるお前が外に出る意味を、覚悟を。お前自身が真に有しているのか。それを問いたいのだ」


 ……多分、俺はブルックのことを勘違いしていたんだろう。

 おそらく、これが彼の本来の姿なのだ。

 どこか暗くて、寂し気で、理性的な――そんな雰囲気を纏う今のこの姿が。

 族長として、彼はそれを隠し続けてきたのではないだろうか。

 ガルガンデュールに住むドワーフ達のために。


「……、サクリファイス・サークルは魔王への畏怖の象徴ではない。魔王すら封じ込めたエルフの力の象徴なのだ。それが消えぬのであれば、現在の世も知れたもの……その世の中で――セナよ。魔力を持たぬお前が、本当に生きていくというのか? そもそも、生きていけるのか?」


 その顔は、ドワーフの族長が見せるものではない。

 娘の未来を憂う、平凡な父親が見せるものだった。


「……当然だろ。なぁ、ドワーフの戦士は『誇り高い』んだろ?」


 そんな顔を見せるブルックに、叱咤するような声色でセナがくいかかる。


「父ちゃんが語るドワーフの歴史――ドワーフがここで生きた理由。それって誇り高い生き方なのか?」

「…………」


 ブルックは何も言わなかった。

 だたじっと、セナの瞳を見つめ続けている。

 その気持ちを見定めるかのように。


「受けた恩を返すため――そして、オレ自身が誇りを持つため。オレは外に出る」


 はっきりとそう言い切るセナを見て、ブルックは僅かに目を見開いた。

 そして小さく息をつくと――


「……分かった。好きにするがいい。神よ、どうか我が娘を――」


 ブルックはその場に膝をつき、手をつこうとした。

 それを見て、アイネが慌ててブルックにかけよる。


「ちょっ!? や、やめてほしいっすよ! そんなことっ!!」

「そ、そうだって! ボク達の方も助かるんだからさっ」

「む。そうですかな……では、恐縮ですが……」


 土下座を止められたブルックは、拍子抜けと言った感じで立ち上がる。

 と、タイミングを見計らったようにスイが手をあげた。


「ところで……いいですか、ブルックさん」

「む? なんですかな?」


 スイの雰囲気の変化を察知してか、ブルックが怪訝な表情を返す。



「貴方は――知っているのですか? 魔王がどんな存在なのか。あの結界がいつ、どのように作られたのか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ