327話 ブルックの問いかけ
俺達が再び広場に行った時も、ドワーフ達の踊りは勢いを全く衰えさせることなく続いていた。
そんな中、こそこそとセナを連れてブルックに声をかけると、彼は何かを察したように頷き場所を変えてくれた。
特に何か話すこともなく、黙々とブルックとともに移動。
目立たない小さな岩の建物に入り階段を下りる。
「ここは……」
土のにおいが漂う薄暗い空間。
何本かの蝋燭だけで照らされた壁や床は、どこか気味悪さを感じさせた。
「こちらへ」
淡々と進むブルックが、鍵を開けて扉をあける。
俺達が最初に連れていかれた豪華な場所とは対照的な、土まみれの陰湿な部屋。
真っ先に目に入るのは中心にぽつんと一つだけ存在する球体だ。
うっすらと青緑に輝くそれの周りを、大量の装飾品が天井と床を結ぶ柱のように包み込んでいる。
「父ちゃん……? なんだここ??」
その部屋に入り、どこか唖然とする俺達の中で、セナが真っ先に声をあげる。
するとブルックは部屋の中心にある球体の前に立ち、ゆっくりと振り返ってきた。
「ここはお前が来たことが――いや、このワシ以外誰も入ったことがない場所だ」
穏やかで、それでいて厳かな声でブルックが話す。
「お前の言いたいことは分かっている。……ここを出ようというのだな? 恐れ多くとも、これからも神についていくと」
「っ……」
その言葉に、セナがはっと息を呑む。
貫くような視線を前に、セナだけじゃなく俺達も何も言葉を発することができなかった。
「そうだな?」
固まるセナに、諭すようなブルックの声がかけられる。
数秒の間を置いて、セナが頷く。
「いつ出るのだ」
「まだ具体的には師匠達と話してないけど……すぐかな。今からでも」
「はぁ……全く、お前は昔からそうだ……」
するとブルックは深くため息をついてゆっくりと話しはじめた。
「……不思議なものだ。外を知らぬセナが……ガルガンデュールで一番、斧の扱いが下手なセナが外に出るなどと……いや、そもそもここに住む者が外に出るなど。つい数日前には全く考えもしてなかった。だが、今となってはそれが当然のことのように思える」
すっと目を閉じて、大きく息を吸い込みながら顔を上へ。
腕を組みなおし、ブルックは言葉を続ける。
「いつかセナはここを出ていく――薄々ながら、ずっと前からそれを感じていたのかもしれん」
「じゃあ、いいってことだよな……?」
おそるおそると言った感じで、セナがそう声をあげる。
その問いかけに、ブルックはしばらくの間、目を閉じ沈黙で返すと、俺達の方に視線を移してきた。
「神よ。誠に恐縮であるが重ねて問いますぞ。セナが神のお役に立てる器であると真にお思いなのですかな」
「はい。私達が彼女の力を現認しています。次に戦う相手に対して、貴重な戦力になると考えています」
「ふむ。そうですか……」
はっきりと、かつ即座に答えるスイに、ブルックは複雑な表情を返した。
そして、改めてセナの方に視線を移す。
「……セナよ。お前は言ったな。よく知らぬエルフのことを憎み続け、ここで生きるのは嫌だと」
「な、なんだよ。それが何か……」
「昔、ドワーフ達は隠れることなく堂々と生きていた。それが何故今のような状態にあるか。お前にも教えたな」
そう話すブルックに、セナがややうんざりとした表情を浮かべた。
「またその話しかよ。そんなの何回も――」
「きけ! セナ!!」
――しん、と周囲が静まり返った。
鬼気迫る表情のブルックを前に、誰もが顔を強張らせる。
「ワシは伝えねばならん。魔王の力が大地を蝕んでいた時代に生きた者として! あの虐殺を目で見た者として!」
「っ――」
覇気のこもったブルックの声に、セナが言葉を詰まらせた。
そして――
「えっ……魔王……!?」
俺達もまた動揺の色を隠せなかった。
しかし、ブルックはそれに気づかなかったのか、淡々とした様子で話し続ける。
「200年前のエルフの行い――あの虐殺により家族を失った者がこの洞窟にどれだけいるか。その悲しみがどれだけ大きかったか。それを忘れぬために、後世に伝えるために、ワシはお前にそのような教育を施した」
そこで一度言葉を切ると、ブルックは青緑に輝く謎の球体の方に振り返る。
「……しかし、魔法の発展により人々の生活の質は上がり、今ではエルフの技術はなくてはならないものになっている。皮肉な話しだが、今、ガルガンデュールを護る結界を維持するために使われている技術も、もとはといえはエルフが開発したもの」
そっとそれに手を添えて、ブルックは拳を震わせた。
「森のマナを結界として出力し、安全地帯を作り出す技術――エルフの技術がなければ、我らは暮らしていけぬのだ。あまりに皮肉な話しゆえ、お前も含めこのことは秘密にしてきたがな……」
「父ちゃん……」
「そも、サクリファイス・サークルが無ければ、ドワーフはおろか、エルフも人間も、等しく皆殺されていただろう。この世界の平和がエルフによってもたらされた事実は変わらない……この洞窟は、そんな世界を見ずにすむ場所として、我らに安寧をもたらした」
俺達が今見ている奇妙な物体――これが結界を生み出すエルフの発明なのだろう。
ブルックは忌々し気にそれを見つめて動かない。
張り付いた空気の中、俺達が動けないでいると、ブルックが一つため息をつく。
「エルフは傲慢で、残酷な存在としてドワーフの歴史に刻まれている。しかし、魔法を扱える者はたしかに世界に貢献し得る力がある。……一方で、我らはどうだ? 魔法を使えず、技術開発の礎としか利用価値を見出されなかったドワーフ……その子孫であるお前が外に出る意味を、覚悟を。お前自身が真に有しているのか。それを問いたいのだ」
……多分、俺はブルックのことを勘違いしていたんだろう。
おそらく、これが彼の本来の姿なのだ。
どこか暗くて、寂し気で、理性的な――そんな雰囲気を纏う今のこの姿が。
族長として、彼はそれを隠し続けてきたのではないだろうか。
ガルガンデュールに住むドワーフ達のために。
「……、サクリファイス・サークルは魔王への畏怖の象徴ではない。魔王すら封じ込めたエルフの力の象徴なのだ。それが消えぬのであれば、現在の世も知れたもの……その世の中で――セナよ。魔力を持たぬお前が、本当に生きていくというのか? そもそも、生きていけるのか?」
その顔は、ドワーフの族長が見せるものではない。
娘の未来を憂う、平凡な父親が見せるものだった。
「……当然だろ。なぁ、ドワーフの戦士は『誇り高い』んだろ?」
そんな顔を見せるブルックに、叱咤するような声色でセナがくいかかる。
「父ちゃんが語るドワーフの歴史――ドワーフがここで生きた理由。それって誇り高い生き方なのか?」
「…………」
ブルックは何も言わなかった。
だたじっと、セナの瞳を見つめ続けている。
その気持ちを見定めるかのように。
「受けた恩を返すため――そして、オレ自身が誇りを持つため。オレは外に出る」
はっきりとそう言い切るセナを見て、ブルックは僅かに目を見開いた。
そして小さく息をつくと――
「……分かった。好きにするがいい。神よ、どうか我が娘を――」
ブルックはその場に膝をつき、手をつこうとした。
それを見て、アイネが慌ててブルックにかけよる。
「ちょっ!? や、やめてほしいっすよ! そんなことっ!!」
「そ、そうだって! ボク達の方も助かるんだからさっ」
「む。そうですかな……では、恐縮ですが……」
土下座を止められたブルックは、拍子抜けと言った感じで立ち上がる。
と、タイミングを見計らったようにスイが手をあげた。
「ところで……いいですか、ブルックさん」
「む? なんですかな?」
スイの雰囲気の変化を察知してか、ブルックが怪訝な表情を返す。
「貴方は――知っているのですか? 魔王がどんな存在なのか。あの結界がいつ、どのように作られたのか?」