325話 魔の存在
エメラルドグリーンの光が、スイの体を包み込む。
憑き物が落ちたように穏やかな表情になるスイ。
それを見て、俺はほっと胸をなでおろす。
「ありがとうございます、リーダー。本当に助かりました……」
光の粒子がおさまると、スイは恥ずかしそうな笑みをみえる。
俺の魔法では傷は消せても流れた血や破けた服までは戻せない。
俺が迂闊に転移させられたせいでスイ達がこんな痛々しい姿にさせられたと思うと胸が痛む。
「本当に大丈夫なのか? あんまそんな感じには見えないんだけど……」
「ふふ、本当に大丈夫ですよ。リーダーの回復魔法は世界一ですから」
「アハハッ、回復だけじゃないけどねっ」
――と俺が思っているのを察したのだろうか。
さらに俺がスイに問いを重ねると、皆が明るく声を出す。
「でもほんと驚いたっすよ。まさかあんなふうに登場してくるなんて」
そう言ってアイネは俺が出てきた場所に視線を移し苦笑いをうかべた。
視線の先にあるのは、大きな地割れ。
無論、エンペラークエイクで作り出したアレに比べれば小さなものだが、それでも森の聖域の幻想的で神聖な雰囲気をぶち壊す程度には大きい。
ルイリが消えた後、俺は自分が飛ばされた先が地下であることを確認した。
そこから脱出するための手段として思いついたのは一つだけ。
――ここが地下なら、天井を壊せばいい。
そんな脳筋的な発想に基づき行動した結果が、この地割れだった。
まさか森の聖域の直下に自分がいるとは思っていなかったのだが――それでも、聖域と呼ばれる場所を破壊したというのは、まずくないだろうか。
「うーん……聖域だもんなここ。大丈夫かな……」
「心配いらない。森、感謝してる」
しかしその心配は、あっさりとユミフィに否定された。
その即答っぷりをみるに、俺に気をつかっているようにもみえない。
「あぁ。オレも分かるよ。聖域の根を侵してた『魔』……師匠が倒してくれたんだよな?」
やや探るような言い方だが、ほぼ確信しているのだろう。
まっすぐ俺を見てくるセナに、俺は首を縦に振る。
彼女が言う『魔』――どう考えてもルイリの呼んだバジリスク・ディスペイアーのことだろう。
「たしかに変な魔物はいたけどな……それより、すまなかった。あんなに注意してたのに、俺だけ――」
「あれはもう防ぎようがなかったです。リーダーは悪くありません」
「うん。それに、セナ、助けてくれた。大活躍」
と、俺の言葉を遮るように皆がほほ笑む。
俺のことを気遣ってくれたのだろう。それはすぐに分かったが、感謝の言葉を口にする前に疑問が湧き出てきた。
「え、セナが……?」
つい、ぽろりとその言葉が口に出てしまった。
セナも決して弱くはない。昨日、セナと訓練した時にはアイネと互角ぐらいはあると感じていた。
だがそれ以上の力はなく、スキルも覚えたて。そんな彼女が大活躍というのは、申し訳ないがちょっと想像がつかない。
「い、いや……オレはその……」
「凄かったっすよ! アレも同じ森の加護ってやつなんすか?」
少しおどけるセナに、アイネが身を乗り出して話しかける。
するとセナは照れくさそうに笑いながら言葉を続けた。
「あぁ……そうだな。森が力を貸してくれた感覚があった……初めてで、オレもびっくりしてるけど」
「森の加護……セナも使えたのか……」
ブルックはドワーフの王族の血をひいていると言っていた。
であれば無論、その娘であるセナにもその血が流れているわけで。
この世界の王族は何かしら特殊スキルを扱うことができるのだろうか……
ゲームでは実装されていない要素だけになんとも言うことができない。
「セナのこと、本当。でも多分、私の受けてる加護と、違う。毒みたいなの、私、出せない」
ユミフィが困ったように眉をまげて首を傾げる。
「ふーん……それってやっぱエルフとドワーフの違いなのか?」
「そうですね……って、え?」
と。さりげなく放たれたセナの言葉に皆が目を丸くした。
「あ、私……」
急いでユミフィが耳に手を当てる。
何故それに誰も気が付かなったのか。
エルフ特有の尖った耳――それを隠していた耳当てがない。
「あー……えっと……」
気まずい沈黙。
こうなってはもう言い逃れができない。
そんな中、セナが淡々と落ちていた耳当てを拾ってユミフィに手渡した。
「ほらよ、コレ」
「ありがと……」
「ん。で、どうする? もうこっから出るのか?」
何事もなかったかのように、セナが俺の方に振り返る。
「……驚かないの?」
ユミフィがセナの背中に向けておそるおそる話しかける。
するとセナは、小さく鼻でため息をつくと優しく微笑んだ。
「ユミフィ、だっけ。本名。何か事情があるとは思ってたよ」
「っ――」
……バレていた。
森の聖域に入る前にこぼしてしまった本当の名前。
それはセナの耳に届いていたのだ。
「聞かないよ。隠してたぐらいだし、何か事情があるんだろ? ま、ガルガンデュールの皆の前じゃ言えないだろうけど」
声を詰まらせる俺達に、セナが苦笑いを見せてくる。
「でも、皆はオレの恩人だ。少なくともオレは、エルフってだけでその恩を忘れるようなことはしたくない。だから――ありがとうな。『シルヴィ』」
そう言って、セナはユミフィに手を差し出した。
その手を,何度か瞬きをして見つめるユミフィ。
ゆっくりと耳当てをつけて、握手に応じる。
「……うん。セナも、助けてくれた。ありがとう」
「あぁ」
少し照れくさそうにほほ笑む二人。
そんな彼女達を、俺達もほほえましく見つめていると、不意にスイが手をあげてきた。
「あの……セナ、ちょっといいですか?」
「ん、どした?」
「レシルと……ルイリ、でしたっけ? あの二人は撃退できたみたいですけど。それでガルガンデュールの結界は戻るんですか?」
「あぁ。そうだな……えっと……多分、大丈夫だと思うんだけど……あれ、鮮明にきこえなくなってきたな……」
と、セナの声がぼそぼそと細くなってきた。
それを見たユミフィが捕捉するように話しはじめる。
「お兄ちゃん出てきた場所。あの先、『魔』、いたみたい。『魔』、森のマナ、弱めた。でも、もういない。お兄ちゃん、倒したから?」
「『魔』ですか……セナもさっき言ってましたけど。地下に何かいたんですか?」
「あぁ。バジリスク・ディスペイアーって呼ばれてたヤツがいたな」
「バジリスク――!」
スイがひきつった声をあげる。
「先輩、知ってるんすか?」
「名前ぐらいだけどね。蛇の魔物の中で最強と呼ばれてるし有名な魔物だよ。レベルは120とかだったような……」
「うわ、マジすか……」
「発見されたら国軍が動くようなレベルなのですが……まぁ、リーダーですからね……」
「リーダー君だもんね」
「そっすねー……」
どこか白けた笑みが突き刺さってくるが――とりえあず気にしないでおく。
それよりも、俺の方にも報告すべき事実があったのを思い出した。
「あと、黒いクリスタルがばらまかれていたな。やっぱり何かあるぞ、アレ」
「あぁ、やっぱり……」
皆も殆ど予想済みだったのだろう。
セナは首を傾げていたが、他の皆はたいして意外そうな顔をしていない。
「とりあえずリーダー君が転移させられた場所にいってみようか。なんか今なら転移魔法が使えるみたいだし……ボクが行ってきて皆を送るよ」
「まぁでも簡単に調べたらすぐに帰ろうか。いろいろと疲れただろ?」
そういうと、皆は複雑な顔で首を縦に振った。