324話 加護とセナ
「え……セナちゃん?」
ぼそり、とつぶやくようなスキル名の詠唱。
短剣をつかむセナの右手から方にかけて、紫色の粒子が渦を巻くように放たれる。
「これって――」
「おおおおおおおおおおっ!!」
トワがハッと息をのんだ瞬間、セナが強く地面を蹴る。
段違いに跳ね上がったスピードで距離を詰めるセナ。
「んっ――なっ!?」
不意に仕掛けられた攻撃を、レシルは寸前のところで左後ろに下がり回避した。
渾身の突きはレシルの頬をかするだけで終わってしまう――
「あ……? あんた何をっ……うぐっ!?」
かに思えた。
セナの刃がかすった頬から、紫色の光が螺旋を描くように顔に広がっていく。
何をされたのか理解できず、レシルはその場所に手を当てて立ち尽くす。
「づっ……お、お前……何を……?」
「プーダルウンバラ!」
次にレシルを襲うのは、セナの影から放たれるオーラだ。
そのオーラはレシルの体を抑え込むように覆いつくす。
「うそっ……動けなっ……!?」
もがくように体を動かそうとするものの、黒いオーラは動かない。
その見たこともないスキルを前に、スイ達は愕然としていた。
「こ、これって……」
「森の加護っ! 森、セナに力、貸してるっ!」
「なんですって……!?」
鼓舞するかのようなユミフィの声。
それをきいてスイが目を見開く。
だらりと垂らした右腕の代わりに、左手で剣を取り、前を見る。
「このおおおっ!」
レシルの叫びが周囲に響く。
大剣を上に弧を描くように振り上げ、地面にぶつけた。
彼女をとりまく黒いオーラが霧散する。
「ディレクトゥムスクレイチャ」
「……? っ!?」
それを待っていたといわんばかりに、セナの短剣がレシルへ。
体の正中線をなぞるように短剣を振り下ろし、瞬時にバックステップ。
最初は呆れたような視線を返すレシルだったが、一秒にも満たない間に表情を変えた。
「なんだ……そのスキル……なんであたしが、ダメージを……?」
セナの短剣が当てられた箇所に塗られたかのような赤い光の粒子。
その存在に気づくと、レシルは苛立たちで顔ゆがめた。
「オレはドワーフの戦士だ。例え斧が使えなくても、一撃の力が低くても――この森で育った、誇り高きドワーフの戦士だっ!」
「ふざけっ――何が戦士よっ! コスいスキルばっか使ってぇえええっ!」
乱暴に振られた大剣が空を切る。
セナのスピードは、先にレシルの体術の前に一瞬で沈黙せざるを得なかった者と同一人物のものとは思えない。
「このスピード……先輩っ!」
「うんっ……四人なら、もしかして――」
皆の顔に希望が湧き出てくる。
セナに続くように攻撃の体勢に移行する三人。
それを見てレシルは――
「ふざけるなあああああっ!!」
叫んだ。
悲壮感で満ちたような、大きくて、弱い声。
「なんであんた達は、そう都合よく護られるの! 森の加護!? あたしは信じないっ! この世界は、誰かを護ることなんてないっ! だから――」
レシルの剣が黒く輝く。
剣を覆う禍々しいそのオーラは、輝きを増しながら天井にまで伸びていく。
――まずいっ!
スイとアイネが、視線を交わす。
一直線にレシルへ走った。
その攻撃は一度見ている。
防御は無意味で、回避は不能。その攻撃が通ることは自分達の死と同義。
であれば、その発動を阻止するか、せめて十分なチャージをさせないために行動するしかない。
「あたしは『奪う者』としてっ! あんた達をブッ殺してやる! 死ねええええええっ!!」
以前、遺跡で見せた時より僅かにオーラは小さい。
だが、それは彼女の貯めの動作が少なかったからにすぎないわけで。
例え最高のパフォーマンスで無かったとしても、そのスキルで決着をつける。
そんな強い意思を感じさせる表情で、レシルは剣を振り下ろそうと――
「レシルッ!!」
したその瞬間。
今までその場にいなかった者の声で、全員の動きが止まった。
声のする方向に全員の視線が集中する。
「ル、ルイリ!? なによその傷っ!」
背中に大鎌を背負った紫髪の少女を見て、レシルが悲鳴のような声をあげる。
先に出会ったばかりの少女が、傷だらけになっている現状。
それを説明できる方法なんて一つしかない。
――リーダーが勝ったんだっ!
急いで周囲を皆が見渡す。
しかし、『彼』の姿は見当たらない。
「逃げっ……逃げないと……逃げないとっ! アイツは……強すぎるっ……!」
「ちょっ、ちょっと!」
倒れこみそうなルイリの肩をレシルが支える。
抱きかかえるように腰に手を当ててスイ達に睨むレシル。
「っ、で、でも――」
「時間が……無いっ……アイツが本気、出したら……! すぐここに、くるっ……!」
「くっ……」
眉をひそめ、レシルは自分の腰に手を回した。
取り出されるのは、もはや見慣れた黒いクリスタル。
「ちょっ、待つっすよ!」
今はその姿を見せないが、彼女達の会話をきけば『彼』がすぐにここに来ることは理解できる。
そうだとすれば、もう負ける要素は無い。
今、彼女達がやるべきことはレシルとルイリの足止めだ。
「ふん……仕方ないわ……今回は負けにしておいてあげる。でも、次に邪魔してきたら……」
だが、そんなことはレシルの方も分かり切っていることだった。
自分に向かって走ってくるアイネに対し、レシルは小ばかにしたような笑みを返す。
「本当に殺すわ。せいぜい腕を磨くのね。『足手まとい達』さん……」
「ちょっ――うわっ!?」
森の聖域に転移の光が満ちる。
その直後、スイ達の立つ地面が先とは比べ物にならない程に揺れ始めた。
爆発音にも似た衝撃音。岩が砕けるような破裂音。
「……皆っ! 大丈夫かっ!!」
『彼』の声が響いたのは、そのすぐ後のことだった。