320話 舞う大鎌
ぼそり、と少女が答える。
「そうか。ルイリ。レシルもここにいるのか?」
「さ、さぁね……」
可愛らしい表情をしたのもつかの間、ルイリは不貞腐れたような感じで顔を逸らす。
ルイリという言葉に反応したような気がしたが――もしかして、名前を呼ばれることに照れているのだろうか?
なんだかやりにくいので、名前を呼ぶのは止めておこうか。
「お前達がガルガンデュールの結界を弱めたのは何故だ?」
「…………」
「この魔物はお前達が強化したものか?」
「…………」
無言を貫くルイリ。
じっと俺のことを見つめているだけで何も反応しない。
――なら、少し意表をついてみるか……
「お前達の仲間はファルルドの森にいるよな?」
「っ……!」
半ばカマをかけてやったのだが。
ルイリの顔に、確かな動揺がみてとれる。
「なら、お前を倒した後はトーラに戻らないとな」
ふと、何気なくそう言ってみただけだったのだが――
その瞬間、明らかにルイリの雰囲気が変わった。
「へぇ……じゃあ、貴方はまた邪魔をするつもりなの?」
さっきまでよりワントーン低い声に、緊張が走る。
最後にライルに向けていたスイの視線を彷彿とさせるような冷たい目。
そんな彼女の雰囲気に気圧されないように俺も敢えて声色を低くする。
「当然だろ。お前達のせいで困ってる人が、苦しんでいる人がいるんだ」
「ふーん……やっぱり、今回だけ偶然遭遇したわけじゃ、ないのね……ふふ……」
ルイリの口元があがった――その瞬間、
「うふふ……あっははははははははは! ほんっと、随分とふざけた話しっ……!」
「!?」
ルイリが大きく目を見開いて高笑いをあげはじめた。
といっても、それは無理して出しているかのような不自然なもので――
その行動の意味が分からず構えると、ルイリは苦虫をかみつぶしたかのような表情で話し続ける。
「私達は、ずっと……ずっと、こらえてきた。やりたくないことも……できることだから、それしかできないから、やったのに……」
「何を言ってる……?」
その言葉の意味が分からず、そう問いかけるものの、ルイリは聞く耳を持たない。
まるで八つ当たりをする子供のように腕を大きく振って怒鳴る。
「やりたいか、やりたくないかは関係無いっ! ただ、自分の使命だけを全うする――そうじゃなきゃ、生きられないからっ!」
ルイリの背中に背負られた大鎌が、まるで意思を持っているかのように彼女の前に移動してきた。
その柄を掴んで、ルイリは眉を吊り上げる。
「それなのに今更っ! 貴方みたいな強い人間が出てきたら……今までやってきたこと、全部無駄じゃないっ! 最初から、できなかったってことじゃないっ! じゃあなんで私はこんなことをっ!?」
「っ――!?」
ルイリの目に、どこか涙がたまっているように見えたのは気のせいなのだろうか。
だが、彼女の放つ怒鳴り声が悲しそうに震えているのは明らかだ。
「私は嫌。絶対嫌。こんなんだったらあの時から――最初からやりたいことをやっていたっ! そこで死んだ方がマシだったっ!!」
「お前、いったい……」
「最初から無理だったなら、なんのためにっ――! なんのためにぃいいいいいいいいいっ!!」
そう叫んで、ルイリは大鎌を地面に叩きつける。
その瞬間、大鎌全体が一気に黒いオーラに包まれた。
「……私、貴方を止めるわ。そうでなきゃ、私達の生きた意味がなくなるから」
その大鎌をゆっくりと持ち上げて、ルイリは俺のことをまっすぐ睨む。
それを見て、すぐに察した。
――これから来るのは、彼女の必殺技だと。
「リーパーズジェノサイド」
厳かな声色で、彼女の口から紡がれたスキル名。
それが俺の耳に届いた瞬間、大鎌を包み込む黒いオーラがはじけ飛ぶように周囲に放出された。
それが壁や、地面に当たる度、この空間が揺れるのが分かる。
「せいああああああああああっ!!」
鋭く、凛々しく、研ぎ澄まされた声をあげて。
ルイリは手に持った大鎌を宙に投げる。
その大鎌は空中で徐々に回転を強めていき、それと共に放たれる黒いオーラの数も増加していく。
「くらえええええええっ!!」
ルイリが上に伸ばした手を前の方に振り払う。
すると宙に浮いた大鎌は高速回転を続けたまま、一直線に俺の方に襲い掛かってきた。
鎌から放たれる大量の黒いオーラは俺に回避の選択肢を全く与えてくれない。
もっとも――
「かわすつもりもないけどなっ!」
その大鎌は急激に動きを止めた。
黒いオーラも、バケツの水をかぶった蝋燭の火のごとくあっけなく消えてしまう。
俺の人差指と中指の間には大鎌の刃の部分が挟まっている。
「……う、そ……リーパーズジェノサイドを……つ、つまんだっ……?」
彼女の攻撃が勢いを失ってから数秒後、ようやくルイリは声をあげた。
目を見開いて、一歩、後ずさり。
ルイリの顔が恐怖の色に染まっていく。
「今のが最高の一撃か?」
「なんで――なんでっ! つまむっ!? なにそれっ!? やっぱり貴方、本当に魔王様よりっ――!!」
「ほら、返すぜ」
「がっ――かはっ!?」
大鎌を回転させながらルイリの方に投げ返すと、その刃がルイリの肩に食い込んだ。
ルイリの顔が苦痛で歪む。
「うぐっ……がっ、あ……」
もはや強がる余裕は一切なく、力なくその場で膝をつくルイリ。
ゆっくりと自分の肩にくいこんだ鎌を抜いて、それを両手で掴んで柱にする。
寸前のところで倒れることを防ぎ、ルイリは虚ろな目つきで俺のことを見上げてきた。
「うぐっ、ぐっ……ほ、本当に……何も通用しないのね……さいっあく……」
「……もう、いいだろ。皆のところに戻せ」
もうルイリはボロボロだ。戦えるような状態じゃない。
血だらけのその姿が、あまりに痛々しくて心が痛む。
それでも、皆に対する心配が俺を冷酷にしてくれた。
「ふふ……凄いわね………その力。や、やっぱり……げほっ、げほっ……貴方は、脅威だわ……でっ、でもっ……残念……」
ふっと力を抜いたように笑い、ルイリは大鎌を手放す。
足元を漂う霧の中に吸い込まれるように倒れる大鎌。
「私を捕まえることは、できないわ……うっ……ふ、ふふ……ずっといたちごっこを続けなさい……」
そして、それに続くようにルイリも霧の中へ倒れていく。
ただの負け惜しみか――そう思った瞬間だった。
「なっ――!」
見覚えのある光が――転移の光がルイリの体を包み込んでいく。
そして――
「……うっ!」
まさに瞬きをする間に、ルイリの体は俺の前から消えていた。
その後で、足元を漂う霧が徐々に晴れていく。
「これはっ!?」
それを見て、俺は自分の迂闊さに気が付いた。
――あの霧はこれを隠すためにっ……
地面にばらまかれているのは大量の黒いクリスタルだった。
文字通り、足の踏み場もないぐらいにクリスタルが敷かれている。
この空間に転移させられた時から、足元にごつごつとした感覚があったが、その正体はこれだったのだ。
どんなスキルかは知らないが、ルイリが毒の霧をまいていたのはこれが狙いだったのだろう。
「とにかくここを出ないとな……」
ルイリには逃げられてしまったが、この黒いクリスタルが転移を発動させているのは明白だ。それが分かっただけでも良かったと切り替えなければ。
スイ達がどんな目にあっているか――いつまでもここで足止めをくらうわけにはいかない。
とにかく俺は状況を確認すべく周囲を見る。
……暗い。強い明かりが欲しかった。バジリスク・ディスペイアーの死骸が使えないだろうか。
ファイアボルトを念じてみる。赤い魔法陣が現れた。ルイリが居なくなったせいで魔法が使えるようになったのだろうか。死骸に向かって赤い光の矢を放つ。
燃え上がるバジリスク・ディスペイアーの死骸。一気に周囲が明るくなった。
スキルによって発生した炎は一定時間で消えてしまう。
俺は急いで空間を走り回り、周囲の壁を調査した。
「出口らしきものはないか……けど……」
この空間の端っこの方にさりげなく置かれているそれを前に、俺は足を止めた。
無造作に置かれている家具だ。テーブルに、何も中身が無い本棚。椅子……
一個の水晶がちょこんとテーブルの上に載っている。
「なんだこれ?」
埃はかぶっていない。ルイリが使っていたものなのだろうか。
フルト遺跡でも同じようなことがあったが――
「いけね。こんなことしてる場合じゃないか……」
こんな調査などしてる場合ではない。
とにかく今はここから出ないといけないのだ。
だが、どれだけ探しても出口らしきものがない。空気が通じている穴すら見つからない。
呼吸の辛さは感じない。すぐに窒息するとか、そういうことはなさそうだが――
「マジどうやって出るんだよこれ……ん……?」
ふと、俺はあるものに目がいった。
それは壁からはみ出ている木の根だった。
壁の一部から、天井の部分に伸びるように根がはみ出ている。
――根があるってことは、ここは地下ってことだよな……?
上を見上げる。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
「なら、もう仕方ないな……!」
――無理矢理にでも、出て行ってやる!