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319話 デート?

 現れたのは、全長数十メートルはあろう、恐ろしく巨大な大蛇だった。

 人間など一口で丸のみできそうな巨大な口。

 その下で広がる腹には、いくつもの目があるかのような不気味な模様。

 背後から左右に伸びる巨大な翼には、グロテスクに浮かび上がるいくつもの血管。

 周囲のランプの中の蒼い炎に照らされた銀色の鱗は、禍々しくも美しい色を放っている。



「……うそでしょ」



 シン、とした空間に、少女の小さな声が響いた。

 バジリスク・ディスペイアーと呼ばれた大蛇は、間違いなく強敵だった。

 ゲームでも見たことの無い姿に、不規則かつ波状的に襲い掛かる無数の牙。

 リヴァイアサンにも匹敵し得る強大な力を持つそれは、まさに絶望喰らう蛇の王と呼ばれるにふさしいと言える。


「貴方、何をしたの……?」


 だが、それでもレベル2400の圧倒的ステータスの前ではただの雑魚だった。

 俺の『通常攻撃』により胸に巨大な穴を空けられ、バジリスクディスペイアーは無惨に横わたっている。

 

「別に。殴っただけだ」

「うそっ! この子の鱗は物理攻撃を寄せ付けない……それなのにっ……! いや、そもそも石化の瞳も効かないなんて……」


 少女がぎりり、と親指の爪を噛む。

 『石化』はその名の通り、体が石になってしまい、一切の行動ができなくなる凶悪な状態異常だ。

 バッドインヴァリッドを習得していなかったら致命的だったかもしれない。


「物理攻撃を寄せ付けない、か……だから魔法を封じたのか? どうやったのか知らないけど」

「くっ……」


 今見えている少女の姿は『影』であると、彼女は言った。

 だが、その表情に現れている焦りの色は幻影などではなさそうだ。


 ――それにしても、何故俺は魔法が使えない……?


 ゲームでは、スキルの発動ができなくなる『沈黙』という状態異常がある。

 しかし、そんな状態異常にかかっている感覚は無いし、そもそもバッドインヴァリッドが状態異常を無効化するため、その可能性は考えられない。


「ふふ……まいったわ……限界が見えていた魔物だけど、こうもあっさりやられるなんて……」

「満足か? なら早く俺を皆のところに戻せ」

「あら、私とのデートはお気に召さない? 傷ついちゃうわ……」


 飄々とした言葉遣いをしているが、少女の表情は強張っている。

 ここで弱腰になるわけにはいかない。むしろ威圧するように俺は言葉を放つ。


「こんな魔物をけしかけておいて喜ぶ相手がいると思っているのか? 狂ってるとしか思えないな」

「あら。今度は狂人って――人ってつけてくれないのね」

「……どうやら、自分が安全だと信じ切っているようだな」


 俺には『影』しか見えていない。

 それが彼女の命綱になっているのなら――それを奪えばいい。

 俺にはイーグルアイがある。姿を隠すスキルに対抗する弓士のスキル。

 目に意識を集中し周囲を見渡すとすぐに発見できた。

 黒く塗りつぶされた人型のシルエットが。


「はぁっ!」


 そこに向かって、俺は一気に近づいた。

 そして拳を、シルエットの腹部辺りに叩きこむ。


「えっ――んがっ!?」


 俺が殴った場所から黒いシルエットが消えていく。

 確かな手応えを拳に感じ、前へ貫く。

 風を切る音と、少女の悲鳴。そして、その体が壁に叩きつけられた衝撃音。


「かはっ――!? な、なにがっ……んがっ……」

「どうやら本物らしいな」

「ぐっ……ごぷっ……」


 少女が口元を抑えて嗚咽する。

 両手から血をこぼしながら肩で息をし、俺のことを睨みつけてくる少女。


「もう一度言う。皆のところに戻せ」


 ……手加減はした。

 だが、ライルを殴った時よりも力は込めた。

 日本では考えられない、少女の痛ましい姿に視線を逸らしたくなる。

 だが、目の前にいる敵は、そんな甘いことを言っていい相手じゃない。


 ――覚悟、決めないとな……


 一度、深呼吸をして――


「う……ひっ!?」


 俺は少女が叩きつけられた壁の近くまで移動した。

 俺から距離をとろうとする少女の胸元を掴む。


「いっ……んがあああああっ!?」


 背負った大鎌ごと、少女をもう一度壁に叩きつけた。

 少女の口元からこぼれる血が、俺の腕を濡らしていく。


「んぐっ……づっ……ふ、ふふっ……乱暴ね。レシルにも同じようなことをしたのかしら?」

「は?」


 震える手で俺の手首をつかみ、少女は強がった笑みを浮かべる。


「あ……あの子、泣いていたわよっ……? あ、貴方に……無理矢理犯されたって」

「なっ!!!??」


 その言葉をきいて、迂闊にも俺は力を緩めてしまった。

 少女は横に向かって倒れこむように体を傾けさせ、俺の手から逃げていく。


「けほっ、けほっ……はぁ、息ぐらいさせてよねっ……もうっ……」

「俺は! 俺は何もしていないっ! レシルが勝手に――」

「はいはい、知ってるわよ……けほ……」


 とんとん、と胸を叩いて少女が呆れたようにため息をついた。


「感謝して……私が本当のことを伝えといたから。全く、あの子はそのテの知識が全然ないから困るわ。キスまでしなきゃ妊娠なんてするはずないでしょうに……」


 ――なんですと?


 思考が停止してしまう。

 少女が怪訝な目線を返してきた。


「……な、なに? 変な目でじろじろ見て」

「いや……いや、違う。違うんだけどその……なんていうか……えっと……」

「まさか貴方、あの子と同じタイプなの? 手をつないだだけで妊娠なんてしないわよ?」

「いやっ、それは知ってる! 知ってるんだけど……」

「ならなによ」


 妙な頭痛がしてきた気がして、俺は頭を抱え込む。

 日本と異世界では人体の仕組みは違うのか――そんな不安が頭をよぎる。


「……あ、あのさ、妊娠ってキスで……え……?」

「はぁーっ……貴方もお子様なのね。いい? 子供というのはね。愛し合う男女が手をつなぐだけじゃできないの。口づけを交わしてやっとできるものなのよ。覚えておきなさい?」

「えと……一応きいておくけど、それだけ? もっと何かなかったりしませんか?」

「キスだけ? 何言ってるの。キス以上のことなんてあるわけないでしょ。……っていうか、あんま女の子にキスキス言わせないでくれる? そういう趣味なわけ?」


 半目になってこちらを見てくる少女。

とりあえず咳払いをして、この妙な空気を振り払う。


「と、とにかくっ! あの変なクリスタルは取り出させない。逃がさないからな」

「『逃がさない』……ね。ふ、ふふ……情熱的じゃない? そういうの、私好きよ」


 俺が動揺したことで精神的に余裕を持ったのだろうか。

 強がっているようにしか見えないが、少女の顔には覇気が戻りつつある。

 だが、それが再び俺に緊張感を与えてくれた。


「それなら少しは俺の気持ちを酌んでくれよ」

「嫌って言ったら?」

「…………」


 ――あんま考えてません……


 とりあえず睨んで誤魔化してみる。


「……ふふっ、優しいのね。普通、すぐに拷問を始めると思うのだけど」


 そんなのが普通だとか認めたくないがひとまずは無視だ。


「う、うるさいっ! 早く戻せっ!!」

「ひっ――」


 俺が少女の手をつかむと、彼女はびくりと体を震わせた。

 その顔には恐怖の色が滲み出ている。


「お……落ち着いてよ。もうちょっと、二人だけの時間を過ごさない……? ね……?」


 ひきつった笑みを浮かべながらそう話す少女。明らかな強がりだ。

 スイと同い年ぐらいの子に、そんな顔をされるのは――今更ながら、かなり辛いものがあった。

 俺は一つため息をつくと、少女から手を離す。


「あれ……なんで……」

「また犯されただとか言われたくないからな。それに、俺にインビジブルボディは通用しない。逃げられると思うな。変な仕草をしたら即、殴る」

「…………」


 とりあえず威圧の言葉をかけてみるが、あまり少女に響いている様子はない。

 何を考えているのか分からない表情で、ぼーっと俺のことを見つめているだけだ。


「それより、名前はなんていうんだ」

「は?」

「名前はなんだ。呼びにくくて仕方ない」


 本当は少女の名前なんかどうでもいいのだが。

 まだまだ会話が続きそうなのでとりあえず質問をしてみた。

 すると少女はからかうようにクスリと笑みを返してきた。


「……な、なに? ふふっ……もしかして本当に私のこと、気になるの?」

「あぁ。だから答えろ」

「えっ……」

「え」


 そう答えると、少女は顔を真っ赤に染めた。

 そんな彼女を見て、俺は言葉を詰まらせる。


 ――やっぱりこの子、思った以上に……


「っ……ルイリ……」


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[一言] 魔王が女性だったら主人公に恋とかしそうやな
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