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31話 戦わないの?

 五分ぐらい、全力疾走を続けていただろうか。

 不思議と息は切れていない。

 日本にいたときなら十秒も走れば肩で息をしていたはずなのに。

 こちらの世界の体に感謝しつつ俺は全力でトーラを目指す。

 このスピードで行けば後十分ぐらいで到着するだろう。

 そこにはスイが居るはずだ。スイがいれば、あの魔物だって倒せるはずだ。



「……ねぇねぇ、なんか大変そうだね」



 そんな時、耳に少女の声が届いてきた。

 とくん、と心臓が震えるのを感じる。


「だれだっ!」


 思わず立ち止まってそう叫ぶ。

 すると目の前に見覚えのある、てのひらサイズの少女が現れた。

 金色の半透明の羽にワンピース、ポニーテールの赤い髪。


「え、忘れちゃった? 前に会ったじゃん」


 少し不機嫌そうにため息をつく、その妖精。

 たしか、こいつは──


「……トワ?」

「あったりぃ」


 親指をたてて前に突き出すトワ。

 そういえばギルドに来た時、こんな妖精と出会ったっけ。

 しばらく見ていなかったため正直、本当に忘れかけていたが。


「ねぇ、君だけ逃げてていいの? あの子、死んじゃうんじゃない?」


 と、トワが心底疑問だと言わんばかりに首をかしげ、そう問いかけてくる。

 ……正直、苛立った。


「そんなことっ――」


 分かっている、とは言えなかった。

 足手まといが居なければアイネは無事に逃げてくれる。そう信じたかったからだ。

 というか、そうでなくては俺が、アイネを犠牲にしたことになる。

 そんな結果は想像できなかった、したくなかった。


 そんなことになったら、俺は罪の意識に耐えられる自信がない──



「……君は戦わないの?」



 眉をひそめながらこちらを見つめてくるトワ。

 思わず、俺は声を張り上げる。


「戦いたいよっ! 俺だって……でも、足手まといにしかならないだろっ!」

「そうなの? 本当にそう思ってる?」

「あ……?」


 だが、すぐに俺は冷静さを取り戻す。

 というのも、トワの表情が真剣なものに見えたからだ。

 前に会ったときのように俺をおちょくるような雰囲気が出ていない。


「あれから君のことはずっと観察してた……っていうか、調べてた。だからボクには分かるんだけど?」

「はぁ……?」


 意味が分からず気の抜けた声を出してしまう。

 それを見てトワは少し呆れたように苦笑いをするとため息をついた。


「ふぅん、本当に気づいてないんだ……」

「どういうことだよ!」


 トワの真意が分からない。


 ──こいつは何のために俺に話しかけてきたんだ?


 そんなことに思考を巡らせていると。



「イヤぁあああああっ!」



 嫌な悲鳴が俺の耳に届く。ききたくなかった声が。

 距離が離れているせいだろう。その声はとても小さなものだった。しかし確かに聞こえてきたのだ。


 ──これは、アイネの悲鳴!?


「アイネッ!?」


 ただ事ではない。あの声は戦士が出すものではない。

 獲物に成り果てた、敗者が出すものだ。

 ぞくっ、と背中に悪寒が走る。


「あー、死んじゃうね、あの子。このままじゃ……」

「こいつっ……!」


 他人事のようにあっけらかんと、そう言うトワに怒りを感じた。

 しかし、そんな事を言っている場合ではない。

 俺は今まで走ってきた道を引き返す。

 それを見て、トワがふわふわと飛びながら俺を追いかけてきた。


「あれ? 戻るの? 戦えないんでしょ、君」

「うるさいっ! 嫌味なら後できいてやるっ!」


 そう言いながらも視線をそらさず走り続ける。涙で視界がにじんできた。


 ──アイネが、アイネが死んでしまうっ!


 なんで俺はさっき彼女を置いて逃げた? 

 俺が死んでも、あの子は生かすべきだった。


 そんな後悔の念が押し寄せる。


 ──会ってから一週間程度しかたっていないのに、こんな気持ちって感じるものなんだな……


 驚いた。アイネという存在が自分の中で予想以上に大きなものになっていたことに。

 アイネとはこのギルドに来てから毎日話していた。

 スイとアイネと過ごした時間は楽しくて、楽しみで。

 そんな時間があったから俺は初めて働くことが楽しいと思うことができた。

 毎日を頑張って生きようと思えはじめた。


 人の力を借りてばかりだけれども、まだまだ新人だけれども。

 何かしらの形で人の役に立つということの喜びを感じていた。

 こんな感情は、日本で味わったことがない。味わおうとも思ったことすらない。


 俺にとって第二の恩人とも呼べるアイネが命を散らす姿なんて、想像しただけで胸が張り裂けそうになる。


「……ねぇ、待ってよ、待ってってば。一旦止まってよ」

「なんだよっ! からかうのは後にしろっ! アイネが……アイネがっ……!」


 聞こえてくるトワの声に、俺は半分八つ当たりで怒鳴り散らす。



「じゃあ、ボクが送ってあげるよ」



 だがあっけなく、俺はトワの声に従うことになった。



 ──今、なんて言った?



「え?」


 ニヤニヤと笑うトワ。

 俺がその姿を確認しようとすると──


「ふふっ。ボク、見てみたいな。君がどうやってその力を振うのか──」

「ど、どういう――なっ!」


 俺の視界が白い光で埋まっていく。

 ふと、思い出した。この世界にくる直前のことを。

 日本からこの世界に飛ばされる時にみた光と似ている。



 ──これは、転移の光?

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[一言] と…とうとうこの時がくるのか!∑(゜Д゜)長かった…
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