318話 望まぬ再会
まさに瞬く間に、少女と『彼』が視界から消えたことで、少女達は動揺していた。
数秒、絶句した後にアイネが息をすいながら悲鳴に近い声をあげる。
「う、うそっ……リーダーッ!」
その声で、セナがハッとしたように目を見開く。
「ど、どういうことだっ! なんで師匠が消えたんだよっ!!」
そう叫びながら訴えかけるようにスイを見るセナ。
『彼』が消えた今、この場を仕切るリーダーが彼女であることは、打ち合わせたことではないが誰もが黙示に認識していたことだ。
「落ち着いて。転移させられたのはリーダーだけです。セナ、森の聖域の構造は地図に書いてあった通りで間違いありませんね」
「あ、あぁ……間違いない……」
こくりと頷くセナに、スイもまた頷き返す。
森の聖域は開けた空間が一つだけしかないことは事前に確認済みだ。
しかし、『彼』の姿はこの場には無い。
「なら、リーダーは聖域の外に飛ばされたってことですか? シルヴィ」
「待って。今、きいてる」
耳当ての近くに手を添えてユミフィが目を閉じる。
しかし、すぐに彼女は表情を曇らせて目を開けてきた。
「……あれ? おかしい……森の声、聞こえない……?」
「オレもだ……なんかモヤがかかったみたいで……」
セナの言葉にスイが僅かに目を見開く。
――そういえば、セナもドワーフの王族の血をひいているんでしたっけ……
そのユミフィとの共通点から、スイはある可能性を考えてしまう。
――もしかしたら、彼女も特殊なスキルを使えたり…………
「なら、代わりに貴方が声を上げてみたらどう? 例えば、悲鳴とか」
そんな淡い期待を抱いた時だった。
スイ達の耳に、聞き覚えのある少女の声が飛び込んできたのは。
「っ!?」
急ぎ、声のする方向に振り返る。
自分達がこの場所から入ってきた方向から、ゆっくりと歩いてくる一人の少女。
「あ、貴方は……」
黒ずんだ金の鎧。羽のように肩についた黒いリボン。
自身の身長に匹敵する大剣を手に、セミロングの紫の髪がふわりと舞わせ、金の瞳でスイたちを睨みつける一人の少女。
「ルイリの作戦はうまくいったようね。しっかり分断してくれたみたいでなにより」
その少女――レシルの外観は、フルト遺跡で戦った時と変わっていない。
淡々とした声色で話しながら、レシルは周囲を一瞥する。
そんな彼女に、アイネはくってかかるように声を張り上げた。
「やっぱ! さっきの女はアンタの仲間っすかっ!」
「そうよ」
即答するレシル。
あまりに堂々と答える彼女を前に、アイネは口をパクパクと動かすだけで、何も言葉を発することができない。
代わりにスイが、凛と彼女を睨みつける。
「……随分あっさり認めましたね?」
「認めなくても、あんた達はそう思うでしょう? あたし、無駄なことは嫌いなの」
若干、目を細めて大剣をぎゅっと握りしめるレシル。
すぐにでも攻撃を仕掛けてきそうな体勢。
スイは僅かに腰を落とし、レシルから目線を逸らさずに話す。
「シルヴィ、セナ。気を付けて。あの人はレシル。……目的は不明ですが、私達の敵です」
「あぁ、見れば分かる」
「ん……」
スイに言われるまでもなく、二人とも武器を構え、じっとレシルの様子をうかがっていた。
そんな彼女達を見てレシルが煽るように首を傾げる。
「ふーん……新しい仲間? 前のポンコツどもはいないのね。でも……」
ふと、レシルは自分の手を前方にかざす。
薄暗い洞窟の中で分かりづらいが――それでも、レシルの行動を注視していたスイ達は一瞬でその手に握られている物に気が付いた。
――黒いクリスタルッ……!
「今回は逃がさないわ。あんた達は脅威になる可能性がある。ここで片付けないといけない」
「なにを――っ!?」
その行動の意味を問いかけようとした瞬間。
レシルの持っていたクリスタルが不気味な光を放つ。
その輝きは一瞬でおさまり、一見すると何も変化が起きていない。
「な、なにをしたんすかっ!」
あからさまに何かをしたのに、何が起きたのかが分からない。
そんな状況からくる不安や焦りを、アイネは隠しきれていなかった。
そんな彼女を煽るように、レシルは鼻で笑いはじめる。
「別に。ただ、逃げられると困るから結界を張らせてもらったわ。ついでに言うと、この空間には魔王様のマナを作用してるから。あんた達に『空間魔法』は使わせない」
「えっ――」
アイネのひいた声が僅かに響く。
淡々と続くレシルの言葉。
「どういうわけか知らないけど、あんた達の中にもいるんでしょう? 空間魔法の使い手が」
「なんですかそれは?」
「とぼけなくてもいいわ。ね、妖精さん」
「…………」
無言を貫くトワに、レシルが挑発的な笑みを浮かべた。
「空間魔法は、名前の通り空間にマナを作用させる魔法。もしあんたに、魔王様を超える魔力があるのなら、この空間にかかっているマナを払うことができるのだけど」
「魔王様って……」
「無理よね。絶対。妖精一匹の力で、魔王様は越えられない。あんたなんかが――ううん、この世のあらゆる命が勝てる存在じゃないのだから」
そう言いながら、レシルは僅かに表情を曇らせる。
「……一つ、確かめておきます。貴方は、魔物なのですか?」
「えっ?」
と、スイの問いかけにレシルが頓狂な声をあげた。
「貴方は以前、私達のことを『人間』と言った。私達のリーダーも言っていました。貴方が使う技は人間が使うものではないと」
「……だから、何?」
やや苛立った声色で、レシルが言う。
「あたしが魔物だとして、人間だとして。これからやることが変わるわけじゃないわ。言ったわよね? あたし、無駄なことが嫌いなの」
そう言いながら大剣を振り上げるレシル。
それを見て、スイ達の顔が一気に強張っていく。
「さぁ、行くわよっ――!」