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317話 人の定義

 視界を塞いでいた光が消えた瞬間、俺は急いで周囲を見渡した。


「くっ……ここはっ! トワッ! 皆っ!!」


 ほぼ反射的にそう叫びながら、俺は今置かれている状況を確認する。

 ……足場の感触がごつごつとしていてかなり悪い。大きな砂利が敷かれているかのような感じだ。

 周囲の壁は、さっきまでとそう変わらないものの、蒼い光の粒子や輝くツルが無い。

 代わりにいくつかのランプが壁に吊るされており、中には蒼い炎が灯されている。

足元にはドライアイスでもしかれているのかと思うような、もやもやとした霧がかかっていた。



 ――クソッ!!



 苛立ちをこらえきれず、地面を蹴る。僅かに舞い上がる霧。

 一番、警戒していたことをこうもあっさりと通されたことの悔しさと、焦り。

 それらが不快感という形になって俺の胸を嫌という程かき乱していく。


「ふふ、そんなに取り乱すなんて。よっぽどあの子たちのことが大切なのね」


 と、そんな俺をあざわらうような声が背後から聞こえてきた。

 急いで振り返ると、そこには俺の思った通り、さっきの少女が大鎌を背負って立っていた。


「お前っ……一体何をしたっ!」


 いつの間に現れたのか。

 最初に周囲を確認した時には影も見えなかったし、この場所の死角もそう多くはない。

 どういうカラクリで隠れていたのかさっぱり分からないが、そこに気を回している場合でもないだろう。

 俺は、あらわれた少女に詰め寄っていく。


「そんなことより私とお話ししない? 私、貴方に興味があるの」

「ふざけるなっ!!」

「……いやね。そんな荒っぽい声あげて。せっかくスマートな顔してるのにもったいないわよ」


 口元に手をあてて、わざとらしくクスクスと笑う少女。

 そのあざとい行動が、俺の苛立ちをさらに高まらせていく。


「ここはどこだっ! 皆のところに戻せっ!」


 乱暴なのは百も承知だが。

 俺は少女に向けて駆け出し、その胸元に手を伸ばす――


「っ――!?」


 だが、俺の手は彼女の体をそのまま突き抜けてしまった。

 彼女の体は霧のように一瞬で霧散し、しばらくの間をおいてゆっくりともとの形に戻っていく。


「あらら。やっぱり貴方、相手の気配は察知できないみたいね」

「なに?」

「その反応を見ると罠というわけでもないみたいだし。しばらく私の影と遊んでみる?」

「このっ――」


 無駄だとは分かっているものの、俺は少女に向けて拳を撃つ。

 しかし、少女の体は霧散と集合を繰り返すだけで、俺の行動は全くの徒労に終わってしまった。

 そんな俺に向けて、少女が笑いながら話しかけてくる。


「うふふ、凄い凄い。正直、全く攻撃の軌道が見えないわ。本当に強いのね」

「くそっ――馬鹿にするなっ!」

「馬鹿になんかしてないわ。貴方の魔法を封じるだけで、私には精一杯だもの」

「なに……」


 森の聖域に入る前に魔法が使えなくなったのは、やはりこの少女のせいか。

 そんな情報をわざわざ伝えてくるところに、不気味な余裕を感じてしまう。


「それに多分、貴方には何も効いていないわよね? 一応、このエリアには毒が満ちているのだけれど」

「毒だと……?」

「そう。でも、貴方は平気なのね?」


 そう言いながら、少女は足元を漂う霧を指さした。

 呪術師にはバッドインヴァリッドという、状態異常を無効にするパッシブスキルがある。

 どうやらそれが機能していたようだが――まったく油断ならない相手だ。


「あらら、怖い怖い。そんなに睨まなくてもいいでしょう?」

「人をこんなところに連れてきて穏やかな対応をされると思っているのか? とんだ狂人だな」

「狂人? ふふっ……ってことは、貴方は私を人として見てくれるのね」


 そう言って少女がにこりと笑う。

ふと、その言葉をきいて、俺は確信した。


「……やっぱりお前、人じゃないのか」

「ん? なんでそう思うのかしら?」

「さっきのお前の言葉。そう言ってるようなものだろ」

「あらら。思い込みが激しいのね?」

「どうかな」


 既に俺の心証が確信レベルになっていることに気づいたのだろう。

 少女の顔から笑顔が消えていく。


「お前は少なくとも俺達のことを知っている。その理由はレシルしか心当たりが無い」

「……それで?」

「レシルの使った技、あれは人間が使うものじゃないだろ」

「…………」

「俺は知ってる。ダークネスブレード……アレは魔族だけが使えるスキルだ」


 その言葉をきくと、少女は目を丸くした。

 さすがに俺がゲームから知識を得ているなんて発想はできないだろう。

 少し気圧されたように少女は目線を反らす。


「ねぇ、『人』って何かしら」

「は?」


 だが、すぐに少女は俺に視線を戻してきた。

 唐突な質問に、俺は頓狂な声しか返せない。

 それでも問題ないと言わんばかりに、少女は淡々と言葉を続けていく。


「貴方達の言う『人』って、どういう生命体のことを言うのかしら」

「何を言っている?」

「少なくとも、貴方達と見た目は同じでしょ? 私も――レシルも」

「…………」


 少女の言葉は、黙示的なものとはいえ、俺の言葉に同意しているようなものだ。

 その意図が分からず、俺は少女を見つめ続ける。


「もし貴方達の言う『人』っていうのが、周りから見てありえない力を持っていることを指すのなら――私の方がききたいわ。貴方こそ、『人』なの?」


 今まで見せてきた、からかうような余裕のある笑みが無い。

 代わりに少女が俺に見せるのは、突き刺すような探りの目。

 それにどう答えていいか分からないでいると、少女は小さくため息をついた。


「答えるつもりがないようね。ま、お互い様だけど」


 そう言うと少女は、いつの間にか手に握っていた黒いクリスタルを前にかざした。

 ――明らかに、何かを仕掛けてくる。だが、実体の無い彼女の行動を止める術が思いつかない。


「くそっ――何がしたいんだよ、お前はっ!」

「……さぁね。でも、今から私がやることなんて、言わなくても分かるでしょ? 貴方のこと、止めさせてもらうわ。ごめんなさいね」


 周囲の気温が数度下がった感覚がするのは気のせいか。

 一瞬、体を凍らされたかのような錯覚に陥る。

 そして――


「さぁ、力を示しなさい。絶望喰らう蛇の王――バジリスク・ディスペイアーッ!!」



 黒いクリスタルの輝きと共に。

 俺達がいる空間が大きく振動を始めた。


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