315話 漂う悪意
「あっ、もしかしてアレっすか?」
アイネのその言葉で、俺達の召喚獣達はスピードを落とした。
セナの先導におかげで迷うことなく進むこと数十分。
召喚獣達の足の速さのおかげもあって、俺達はそれらしきところにたどり着いた。
ジャークロット森林で見てきた樹木の中で最も大きなそれの外観は、もはや建物と言っても違和感ないぐらいのものだった。
その根元には扉のような切れ目があり、いかにもそれらしき魔法陣が描かれている。
「あぁ。アレに俺のマナを送れば入れるはずだ。ちょっと待っ――うわっ!?」
丁度、召喚獣が立ち止まりセナが降りようとしたその瞬間。
キンググリフォンがいきなり姿を消した。
「えっ――うおっ!?」
「ひゃっ……」
「!?」
ほぼ同じタイミングでスレイプニル、ディーヴァペガサスも姿を消す。
急いでユミフィの方に振り返り、抱きかかえる。
スイはさすがと言うべきか、さも当然と言わんばかりに見事な着地をしていた。
「ちょっとリーダーッ! いきなり戻すなんて……あれ?」
だがセナとアイネは違う。
お尻をさすりながら涙目で俺のことを見上げてくるアイネ。
「な、なんだ……? 急に召喚獣が……俺、何もしてないんだけど……」
それに関しては非常に可哀そうではあるのだが、俺も俺で意味が分からなかった。
消えた召喚獣達のクリスタルは手元にある。当り前だがソウルリターンを使ったわけでも戦闘不能になったわけでもない。
ソウルサモンをかけなおしてみるが反応も無い。本気で原因が分からなかった。
そんな俺に、トワが神妙な面持ちで話しかけてくる。
「……まずいよ、リーダー君。すごい嫌なにおいがする」
「えっ……」
その言葉で緊張が走ったのは俺だけではない。
スイも、アイネも唇をぎゅっと結んで顔を強張らせた。
そんな異変を見せる俺達に、セナが怪訝な顔を見せる。
「ん? 別に特に匂いとかしないけど?」
「あぁ。違う違う。えっと……」
不意に向けられたセナの視線で、俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。
半ば反射的にスイの方に視線を移す。すると彼女は、こくりと頷き俺の代わりに説明をしてくれた。
「トワは『悪意』を匂いで察知できるらしいのです」
「な、なんだそれ?」
「えっへへ。妖精の特殊能力みたいな?」
「はぁ……妖精ってすごいんだな……」
「でしょうっ!」
えっへんと胸を張るトワ。
その明るい声とは対照的な淡々とした声色でスイが声をあげてきた。
「もしかしてまた転移されるのでしょうか?」
「どうだろ。フルト遺跡で飛ばされた時にはこんな匂いはしなかったよ。だからこの匂いとは無関係だと思うけど……でも気を付けて。この匂いは、はっきりとボク達に向いているから」
「そうか……」
予想していたこととはいえ、どうしても緊張が走ってしまう。
フルト遺跡の二の舞だけは避けたいところだが、転移を防ぐための明確な策は無い。
――なら、あらかじめ皆に支援魔法をかけておくか……
「リーダー? 何してるんすか?」
と、十数秒の間、沈黙し続ける俺にアイネが怪訝な視線を送ってきた。
「……おかしい。支援魔法が使えない」
「え? 使えないってどういうことっすか?」
「すまん……何がなんだか……」
いくつか魔法の名前を詠唱しても、魔法が発動する時のあの感覚が全くしない。
ゲームでは、『沈黙』というスキルが使えなくなる状態異常があったが――そんな状態異常にかかっているような様子は俺含めて誰一人としていない。
「トワ、空間魔法は使えますか?」
「あ、うん。ちょっと試してみようか」
「ちょっ――!?」
思わず、頓狂な声が出てきてしまう。
トワが、いきなり俺のコートをスイの手元に転移させたのだ。
スイは苦笑しながら俺にコートを手渡すと、剣を抜き、皆がいない方向を向いた。
「問題なさそうですね。私も試してみますか……ソードアサルトッ!」
スイが弾丸のごとく前進し、剣を大きく振り上げる。
その背中から俺達の方向に突風が飛んできた。
「うわっ……なんて鋭い動き……」
セナがそう言いながら感嘆のため息をつくと、スイが照れくさそうに頭を下げて振り返ってきた。
そのまま視線で皆にスキルを使うように促す。
「んじゃウチも。錬気・拳!」
「フォースショットッ!」
「……スパイラルカット」
アイネの拳を包む青白い光。
ユミフィの弓から放たれる青白い光に包まれた矢。
高速で宙を切り裂くセナの短剣。
それを見て、ようやく確信することができた。
「なるほど。どうやら魔法が使えないみたいだな……」
いくつか物理スキルのイメージをすると、それに応じた気力の具体化を感じることが俺もできている。
理由は全く不明だが、どうやらこの辺りでは魔法を使うことができないらしい。トワの空間魔法は影響を受けていないようだが――まぁ、これはトワの特殊能力だと考えるべきか。
「私も、試す」
「え?」
ふと、唐突にユミフィが手を前にかざし始めた。
「■■■■……■■……」
「っ!?」
その詠唱をきいて、俺達は絶句する。
――魔法、使えるの?
おそらく全員がそう思ったはずだ。
そんな驚きと疑問の混じった視線を周囲から集めても、ユミフィはそしらぬ顔で詠唱を続けていく。
「なんか……綺麗な詠唱だね……」
独り言のように、俺の肩でトワがそう呟いた。
その言葉に、俺は黙って頷くことで答える。
言葉の意味は全く分からず、何をしゃべっているかは分からない。
だがユミフィの詠唱によって発せられる声はきいていて不思議なぐらい心地よいものだった。
「テアライエラ!」
ふと、唐突にユミフィが腕を振り上げる。
……だが、何も起きない。
「……だめ。使えない。この空間、魔力、出せない」
はたから見ると、なんというか――ちょっとイタい絵面なのだが。
「ユミフィって……魔法も使えるんすか……」
「あっ!」
と、アイネがぽろりとこぼした言葉に、スイが反応する。
それをきいて、ようやく俺とアイネは失言に気が付いた。
「……えと、あ、あの……」
アイネがおそるおそると言った感じでセナの方に視線を移す。
数秒の間をおいて、セナは自分が見られていることに気づいたのだろう。
ハッとした表情を浮かべて声をあげる。
「あ、悪い。なんか取り組み中みたいでボーッとしてた。とりあえずオレはどうすればいい? 入るの、やめとくのか?」
そんなセナの様子を見て、アイネが僅かに安堵の表情を見せた。
どうやらユミフィの名前については誤魔化せているようだが――
やはり普段から偽名を使う意識が足りなかったかもしれない。
カミーラとの一件では既にユミフィの正体がバレていたし、アインベルに対しても説明する必要があるし、ユミフィを偽名で呼ぶことが習慣化できていない。
「ねぇ、どうしよっか。ボクは一応、魔法使えるみたいなんだけど」
と、思考に没する俺の頬をトワがつついてきた。
「ん、あぁ……そうだな。なんでこんな状況になってるのか分かればいいんだけど」
「シルヴィとリーダーは魔法が使えなくて、トワは何等かの『悪意』を感じている……どういうことか全く分かりませんね……」
顔をしかめるスイ。
少し考え込んだ後、もう一度声をあげる。
「トワ。悪意の対象が私達に向いているかどうかは分かりますか?」
「うん。においの流れがこっちにきてるからね。多分、ボク達に向いてるよ」
「ってことは、相手は私達を知っている可能性があるってことですよね」
誰も知らない相手に悪意を向けるなんてことは考え難い。
無差別殺人鬼がこの先にいるのなら話しは別だが――そんな抽象的な可能性よりも、フルト遺跡での出来事が頭をよぎる。
「仕方ありません。覚悟はできていますよ」
「……森、私達の、味方。私、ちゃんと聞く。大丈夫」
と、俺を励ますようにスイとユミフィが話しかけてきた。
本来であれば、俺が彼女達にそうすべきなのだろうが――ほんとに、かなわないな。
「分かった。セナ。頼む」
「ん。任せろ」
俺の声に、セナが凛々しく返事をする。
そして魔法陣が描かれた場所に向けて手をかざし、目を閉ざした。
「行くぞ……」
そうセナが呟くように言った直後、魔法陣が淡い光を放ち始める。
ウロのような形で開かれた扉。
俺達は、巨大樹の中――森の聖域へ、足を踏み入れた。