313話 戦士として
ふと、ブルックが目を丸くして言葉を詰まらせる。
神妙な――それでいて、どこか悲壮感すら漂わせるセナの表情。
「ここに居て、父ちゃんの言う通り修行して――でも、オレはさっぱり戦えなくてっ! でも、師匠はオレに可能性を見せてくれたんだ」
「……可能性だと?」
「あぁ」
そう言ってセナは、腰に携えた短剣を取り出す。
昨日、彼女が使っていたものよりも刃渡りが長く、戦いにも一応使えそうなものだ。
「バカなっ! そんな短剣を備えて戦力になるつもりなのか!」
だが、ブルックにとってはそうは見えなかったのだろう。
呆れと驚きが混じった頓狂な声をあげてくる。
「さっきもいったろ。オレは戦力として求められているわけじゃない。森の聖域に入るための鍵なんだ。だから、自衛ができればいい」
「だからお前はその自衛すら――」
「せあああっ!」
ブルックが言葉を続けようとした瞬間。
セナは持っていた短剣を瞬時にブルックの喉元に突き付けた。
「っ……セナ、お前……!?」
ブルックの強張った頬を一筋の汗が伝う。
その表情を見れば、不意を突かれたとはいえセナの動きに驚いていることは明白だ。
「知らなかったよ。斧以外にもちゃんと戦える可能性があるんだって。師匠にいくつか、短剣のスキルは教わった」
セナの声の覇気が増す。
周囲のドワーフ達も、セナの異常行動に気づいたのだろう。
いつのまにか歓声と雄叫びは消え、ピリピリとした沈黙が辺りを支配している。
「父ちゃん達はいつもそうだ。こうと決めたらそれ以外のことを全く考えやしない……一つのことにとらわれて、ずっとこんなとこに閉じこもってる……」
突きつけた短剣を強く握りしめ、セナは訴える。
「オレは嫌なんだっ! 何も自分で見ないで決めつけて。よく知らないエルフのことを憎み続けながら、ずっとこんなとこで生きていくのはっ!」
「セナッ、お前ぇえええっ――」
まるで紙の中心部分だけを握ったかのように、ブルックの眉間にしわが集まった。
強い怒気がこめられた声で、ブルックはセナの手首に手を伸ばす――
「シャドウバックイリュージョン!」
だがブルックの手がセナに触れることはなかった。
ブルックの仕草を確認するや否や、セナはそう叫んで跳躍する。
黒い幻影をその場に残し、瞬時にブルックの背後に回り込んだ。
「……な、なんだ? そのスキルは……」
セナがブルックの腕を彼の背中にまわし、黒い幻影が粒子となってブルックの体を纏う。
シャドウバックイリュージョンは相手の背後に回り込み、動きを拘束する盗賊のスキルだ。
それを見事に決めたセナは、しばらくブルックを拘束した後、おもむろに手を離した。
「師匠が教えてくれたんだよ。父ちゃん達とは違う――斧を使えない奴が使えるスキルだ」
「なんと……」
何度か瞬きをしながらセナを見つめるブルック。
数秒の間をおいて、スイが声をあげた。
「……多分ですけど。セナさんは貴方が思っているより強いと思いますよ。今の動きを見れば分かります。基礎的な身体能力ならアイネにも負けていません」
「そっすね……瞬間的なスピードなら、ウチより早いかもしれないっす」
「いや、しかしですぞ……」
神と崇めた対象に意見することに恐縮しているのだろうか。
ブルックは申し訳なさそうにスイとアイネに頭を下げると、セナの方に視線を移す。
「しかしだな……お前が……お前が、危険を冒すような――」
「それ、オレのことを心配してるってことか?」
「当然だろう! お前は親心というものが分からないのかっ!」
そう訴えるブルックの表情はとても切実なものだった。
しかし、セナはそれを受けても淡々と答える。
「なぁ、その『親心』ってやつに何の価値があるんだ?」
「なっ……」
馬鹿にしたような冷ややかなセナの声に、ブルックが声に怒りの感情を込めた。
だが、それを遮るようにセナが言葉を続ける。
「父ちゃん言ったよな? 戦いにおいて一番重要なのは勝利を得ることだって。仮にオレが無力で、師匠が神だとしたら――むしろオレがいくべきなんじゃないのか?」
「なに……?」
「だってそうだろ。師匠が神ならオレを死なせるわけがない。万が一オレが死んだとしても、ガルガンデュールの戦力には何の影響もない。戦いにおいて、ノーリスクなはずなんだ。だとしたら――」
すぅ、と息を吸い込んで、セナは声を張り上げる。
「今、ガルガンデュールが陥っている危機……それを乗り越えるための戦いで! 父ちゃんの親心にどんな価値があるのか、言ってみろよっ!」
「っ……」
その言葉に、ブルックは何も返事をしなかった。
俺も、皆も、周囲のドワーフ達も。全員の視線が一点に集中し、張り裂けるような沈黙が続く。
「……どうやら」
そんな中、ブルックが意を決したように口を開いた。
「どうやら、お前を甘く見ていたようだな。セナ」
「…………」
じっと自分を見つめるセナを前に、ブルックは大きなため息をついた。
そしてブルックは俺の方に振り返ると、深々と頭を下げてきた。
「神よ。愚かな娘でありますが、アレもアレなりに相当考えていた模様。連れて行ってくださいますか。……ドワーフの戦士として」
「えっ……今……」
その言葉をきいて、ブルックの後ろでセナが目を見開いた。
緊張と期待の混じった目線を俺の方に向けてくる。
「当然です。もとよりこちらからお願いするつもりでしたから」
複雑そうな顔をするブルックと、勇ましく微笑むセナ。
そんな二人を前に、俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
「……必ず、無事に戻ってきます」