311話 隠れサド
「んー……ところでさ、明日はどうするの?」
明日に向けた話し合いの後、寝衣への着替えも終わり、いざ明かりを消そうとしたタイミング。
そんな時、思い出したようにトワが声をあげた。
「どうするって、森の聖域に――」
「そうじゃなくて、その後だよ。後。トーラに戻る?」
「あー、そっちか」
何も決まっていないというのが正直なところだが。
トワの言葉をきいて俺達の行動があまりにも行き当たりばったりすぎることに改めて気づかされる。
だが、ある程度候補は考えていたのか、アイネがすぐに手をあげてきた。
「えっと、ルベルーンに戻るってのは無理っすか?」
「ルベルーンに!?」
その提案の内容に、思わず変な声を出してしまう。
ルベルーンには、まさに今日、俺達が敵対した相手がいることは言うまでもない。
あまりに予想外の提案に言葉を詰まらせていると、アイネは苦笑しながら言葉を続けてきた。
「いや、まぁリーダーの考えは当然なんすけど……カーデリーで選んでもらった服、あるじゃないですか。私達、馬車に――」
「あぁー……そういえば、そうだな……」
別にあの時の服に限らず、生活用具の大半は馬車の中に置いてきてしまっている。
今、俺達が着ているこの寝衣も、ブルックが用意してくれたものだった。
それはさておき、アイネの言うそれは別にたいした問題でもなさそ――
「えぇ!? そりゃ大問題じゃん。どうするのっ!?」
「はい。ですから私もアイネの言う通り、ルベルーンに行きたいですね」
……うだと思ったのだが。
スイとアイネの表情がそうではないと切に訴えてくる。
「そもそもあの馬車って、カーデリーギルドが手配したやつっすよね? 本来だったらウチらがカーデリーギルドに戻さないといけないやつ」
「そうなんですよ。カーデリーギルドからは報酬を先払いしてもらってるので……厳密にいうとクエストの内容には馬車の返還も含まれているでしょうし……」
「えっ……そうなのか?」
俺の問いかけに、スイがこくりと頷く。
確かに、借りたものをそのまま放置するというのはいかがなものか。
事情があったとはいえ、ハナエには迷惑をかけてしまうことになるだろう。
だが、それでもあの馬車が無ければギルドが運営できないとか、そういうわけでもなさそうだし――なんとか許してくれないだろうか。
シラハとクレハの事情をきくに、あまり融通が利かない相手とも思えないのだが……
「……お兄ちゃん、服、選んだの?」
ふと、ユミフィが怪訝な顔で俺のことを見上げてきた。
そういえばスイ達の服を選んだのはカーデリーに居た時の話しで、ユミフィはいなかったっけ。
「ん、あぁ……すまん。置いてけぼりだったな」
「ううん。お風呂の中、話し、きいた。だからちょっと、うらやましい」
そう言って、ユミフィは自分の胸に手を添える。
「あの服、動きやすい、気に入ってる。でも、お兄ちゃん、選んだの、違う……」
少し寂しそうに目を細めるユミフィ。
わざとやっているのなら相当あざというか、策士だと思うが……おそらくは自然にやっているのだろう。
――にしてもアレ、動きやすいか……?
ユミフィの服はフリフリのゴスロリワンピースだ。
どこをどう見ても動きやすいとは思えないのだが――異世界ってすげぇな。
「アハハッ、ならさー、こっそりシラハちゃんとクレハちゃんに会いにいこうよ。変装すれば大丈夫だって、多分!」
「う、あれか……」
トワに言われて、前に変装した時のことを思い出す。
そこまで壊滅的に変人っぽい感じにはなっていなかったとは思うが――それでもアイネがいつも着ている服を着るというのは気恥ずかしいというかなんというか。
それを察したわけではないだろうが、アイネが良いタイミングで口を開く。
「んー……じゃあいっそのこと、ミハさんにも会いにいくのはどうっすか? トワの転移魔法があれば二人にも会わせられるんじゃ」
「おっ、アイネちゃんグッドアイディーア! そしたら皆でまた服選ぼうよ」
ぱちぱちと手を叩きながら騒ぐトワ。
「まぁ……そうだな、約束したしな……」
ふと、シラハとクレハと別れた時のことを思い出した。
……思わず頬が熱くなる。
皆に悟られないように顔を少し下に向けた。
「んー、なら、ちょっと口惜しいですけど馬車のことは諦めますか」
「そっすね。同じ服なら多分また買えるっす」
「え、いや……それはまずくないか?」
トワの提案をきき、あっさりと引き下がるスイ。
それに違和感を覚えて顔をあげると、スイは飄々とした感じで答えてくる。
「まぁ褒められたことじゃないですけど、大ごとにはならないですよ。ギルドが馬車を手配した場合には、私の口座が自動的に担保に入るんです。例えばほら、クエスト中に冒険者が死んだ時の後処理とかのためですね。ですから自動的にカーデリーギルドにお金が補填されるはずです」
「いや、あの……」
――それって結局スイに負担がかかるのでは?
「いいんです。でも、これ貸しにしとくので、絶対私達の服、選んでくださいね」
そう言って悪戯っぽく笑うスイ。
出会った時はもうちょっと純粋な感じで笑う子だと思っていたが――その飾らない笑顔がちょっぴり怖くもあり、嬉しくもあり――
「あ、あぁ……いやっ、待てっ!!」
こみあげてくる複雑な気持ちに流されかけた時、俺は重要なことを思い出した。
皆の視線が俺に集まる。
「そもそも俺達って犯罪者になってるかもしれないんだろ? 口座とか、そもそも使えるもんなのか?」
「あー、そういえばそんな話しあったっすね」
「アハハッ、そういえばそうだったねっ」
「……?」
ユミフィは仕方ないにしても、軽すぎる皆の反応に、思わずため息をつく。
するとスイは苦笑いを浮かべて話しかけてきた。
「リーダーの言う通りですね。冒険者ギルドが使えなくなる可能性も考えないといけません。ここら辺は師匠に相談した方がいいですかね……」
「じゃあ次はトーラに行くのかな?」
「うーん……ミハちゃん達に会うのはお預けかー」
唇を尖らせるトワ。
眉を八の字に曲げて、スイが申し訳なさそうに言葉を続ける。
「優先度としてはトーラに行くことの方が高いかもしれません。ワームについては調査が必要でしょうし……リーダーの力が必要になるかも」
「ワームか……」
思わず、眉間に力が入る。
ワームはミミズのような魔物のことだ。
人間を飲み込めるような巨体、真円の口を覆う多数の牙。
生理的嫌悪感を誘うブヨブヨの肌……
ゲームではそこまで感じなかったが、いざ現実に自分のいる世界で対面するとなると――
「あれ? もしかしてリーダー、ワームが苦手なんすか?」
ふと、アイネの顔が視界に入り込んできた。
どうやらいつの間にか俯いてしまっていたらしい。
少し心配そうな表情でじっと俺のことを見つめている。
「そ、そうだな……少なくとも得意じゃないな……」
「あれ? お兄ちゃん、苦手なもの、あるの?」
俺の返事に、ユミフィが心底意外そうに目を丸くした。
「そりゃ俺だって苦手なものくらいあるさ」
「そんなに強い、なのに?」
「はは……」
何度か瞬きをしながら俺のことを見上げてくるユミフィ。
思わず視線をそらして苦笑する。
「……クスッ、思い出しました。リーダーって、初めて会った時すっごい悲鳴あげてましたねっ」
「え? ほんと!?」
「お、おいおい……スイ……」
「あはは。ごめんなさい。でも、今となってはあんな悲鳴きけないでしょうから」
こらえるように笑うスイを前に、ため息が漏れる。
もしかしなくても、スイは隠れサドなのだろうか。
トーラではどちらかというとアイネにイジられるキャラだったような気がしなくもないのだが――
「……見たい」
ふと、ユミフィがごくりと喉をならした。
――ん、喉を?
「え?」
「お兄ちゃん……悲鳴? あげるとこ……見たい」
「……はい?」
目をキラキラとさせながら、俺の方に詰め寄ってくるユミフィ。
今の話しで、どうしたらそういう反応になるのやら。理解に苦しんでいると、ユミフィはすっとスイの方に顔を向ける。
「スイ。お兄ちゃん、悲鳴、かわいかった?」
「え? そうですねー……ふふっ、かわいかったですよ」
「お、おいっ!」
思わず頓狂な声を出す俺を、スイがニヤニヤしながら見つめてくる。
するとユミフィも、どこか口元を緩ませた感じで俺の方に振り返ってきた。
「ごくっ……」
「いや、待て。なんか変なスイッチ入ってないか?」
「大丈夫。お兄ちゃん、怖い思い、させない。だから一緒、ワームいこ?」
そう言いながら俺の方に手を差し伸べるユミフィ。
その表情は今まで見たこともないぐらい、あたたかで優しげな――
――何考えてんだ、この子……
「アハハッ、面白そうじゃんっ! いこういこうっ!」
「いや、まてよ! どうしたユミフィ。そういうキャラだっけ?」
「まぁまぁリーダー君。女心って、そういうものだよ」
「じゃあ決まりっすね! リーダー、ついでにムカデも克服しましょっ!」
「う……マジか……」
グロテスクなあの見た目を思い出し、少し憂鬱になるものの。
そんな俺を見て笑う皆を見ていると、なんでもいいやと思えてしまうのであった。