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310話 論理武装

「たっだいまーっ! ……あれ?」


 部屋の扉を開けた直後にあげられたトワの声。

 それに対する反応が全く無いことに気づくと、トワが首を傾げた。


「あぁ、スイ達はまだいないのか」

「ボク達も結構外にいたと思うんだけど、随分な長風呂だねぇ」


 少しだけ寂しそうに、俺の肩でトワが唇をとがらせる。


「そりゃあウチらは女の子っすから。いろいろあるんすよ」


 廊下からアイネの声が耳に飛び込んできたのはその直後だった。

 ほぼ反射的にその声の方向へふりかえる


「あっ、アイネちゃん!」

「私達の方がすごく遅くなると思ったのですが……お待たせしたようで、すいません」

「お兄ちゃん、ごめん」


 律儀にお辞儀をするスイとユミフィ。

 それを見て、恐縮する俺の代わりにトワが明るく返事をした。


「アハハッ、違う違う。リーダ君、セナちゃんに稽古をつけてあげてたんだよ」

「セナちゃん? ……あ、あの子?」

「うん。もしかしたら盗賊クラスの適正があるんじゃないかって。短剣のスキルを教えてたよ。ね?」

「あ、あぁ……うん」


 テンポ良く答えていくトワに若干ついていけず、俺は半ば反射的に首を縦に振る。

 すると、スイが少し怪訝な顔を見せてきた。


「ドワーフに盗賊ですか……結構珍しいですね。ドワーフといえば鍛冶師とか、剣士の適正があるといったイメージなのですが」

「あれ? スイちゃんってドワーフのこと知ってるの?」


 きょとんとした表情を浮かべるトワに、スイが苦笑いを返す。


「直接会ったことはありません。ただ、歴史上、ドワーフという種族がいたことは知っています。正確な年月は忘れましたが……かなり前に急に姿を消したとか。少なくとも私が生まれた時には、ドワーフの姿を見る者がいなくなったようです」

「あ……その話しなんだけどさ……」


 俺の方に視線を配らせるトワ。

 こういう説明はトワの方が適役だろう。俺は頷いてトワの言葉を促す。

 するとトワは、さっきセナからきいた話しを、そのままスイ達に語ってくれた。


 †


「……マジすか。エルフってそんな感じなんすか?」

「分からないけど……セナが嘘をつく理由なんてないですよね。カミーラさんの話とも整合していますし……」

「エルフの国、やっぱり、怖いとこ……」


 皆の表情が曇る。

 特にユミフィは、まさに苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべていた。


「しかし、ドワーフがいないと森の聖域に入れないっていうのは問題ですね……ですが、ブルックさんからは何も……あっ……」


 ふと、スイが察した感じでひきつった笑みをみせた。

 それを見て、アイネも察したのだろう。なんともいえない苦笑いを浮かべる。


「うぅー……申し訳ないっすけどあれっすね……面倒っすね……」

「はは……まぁそれでさ、さっきセナに自分を同行させてくれって頼まれた」

「……えっと、じゃあ一緒に行くのですか?」

「それをどうしようかって相談したくて……えっと……」


 一度言葉を切って、俺は頭の中を整理する。


「森の聖域には……多分、俺一人じゃ入れない。でも、また前みたいな転移の罠があったら……セナを守ることはできそうにない……」


 フルト遺跡でのことを思い出してみるも、転移される前に何か予兆があった記憶が無い。

 いくら俺のレベルが2400あろうと、訳の分からないところに転移させられたら助けようがない。

 かといって、転移に対する有効な対策も思いつかず――


「……えっと、じゃあ行くのやめるんすか……?」

「…………」


 どう答えていいか分からず、俺は言葉を詰まらせる。

 もし俺達が何もしなければ、ガルガンデュールの皆は本当に困るだろう。

 かといってセナをに無事に返す自信は全然ない。


「――私達の」


 ふと。

 スイが意を決したような声をあげた。


「私達の力、使えないですか?」


 俺の視線が自分に向いたことを確認すると、スイはゆっくりとした口調で話しかけてくる。

 その言葉に対して、どう答えていいか分からないでいると、スイは少し寂しそうにほほ笑んだ。


「リーダーが言いたいことは分かります。私達の力量はレシルに遠く及ばず、勝てるはずがない。……でも、時間だったら稼げます。それに――」


 いつの間にか、スイはブルックに渡された地図を手に取っていた。

 それを広げ、地図を指さすスイ。指されているのは森の聖域の場所だ。


「地図を見れば分かりますけど、森の聖域の構造は開けた空間が一つだけ。フルト遺跡と比べるまでもない簡単なつくりです。前みたいに転移の罠があったとしても、これならバラバラになる可能性は少ないのでは?」


 そう言って、俺のことを見つめてくるスイ。

 その声と表情は力強く、訴えかけるようなものだった。


「……私、レシル、知らない。でも、大丈夫。私、森の声、きける。バラバラなっても、すぐ会える、はず……」


 スイに続くように、ユミフィが俺の手に触れる。


「森、私達のこと、わかってる。だから、大丈夫」


 そう言いながら僅かにほほ笑むユミフィ。


 ――な、なんか恥ずかしいな……


 まるで皆が俺を励ましているような雰囲気だ。

 それ自体は嫌でもなんでもないのだが――まがいなりにもリーダーの俺がこんなにも気遣われてしまうのは恥ずかしい。


「あの……いいっすか? リーダー。一応、言っておきたいことがあるんすけど」


 そんな微妙な葛藤を感じていると、アイネが少し冷めたような声色で手を挙げてきた。

 皆の視線がアイネに移る。

 それを受け、アイネが少し恥ずかしそうに話し始めた。


「前、フルト遺跡でウチら、バラバラにさせられたっすよね? でもそれにしたら中途半端なバラけかただったっていうか……」

「あっ! アイネ。それ、私も思ってたっ」


 と、スイが思い出しように両手を合わせる。

 そのスイの反応に、アイネはくいつくように表情を明るくさせた。


「やっぱそっすよね? よかった、先輩もそう思ってくれてたんすか」

「えっと……どういうことだ?」


 しかし、彼女達の言葉の意図が理解できず、情けないとは思うものの、俺は二人に問いかける。

 するとスイは、すぐに俺の方に振り返って説明を始めてくれた。


「あの時、たしかに私達はバラバラになりましたけど……アイネと私は声を出し合えばすぐにお互いの居場所が分かるような場所に飛ばされていました。本気で私達を殺しにくるなら、なにも遺跡内部に転移させる必要なんてないわけですよね。あの時、テンブルック荒野には擬態したゴーレムが何体もいたわけですし、そうでなくても単身で荒野に転移させられたら大変です」

「あー、たしかに……」


 トワが俺の肩で何度か首を縦に振る。

 そんな彼女に視線を移すスイ。


「もし相手が私達を転移させられる力があるとして、その力はトワみたいに柔軟な使い方ができないのでは? つまり……仮に転移されるにしても、そう遠い場所にならないのではないでしょうか」

「ま、仮に転移させられたとして、またボクが転移魔法を使えなくなるって確定したわけでもないしねー」


 そう言いながら、ちらりと俺の方を見てくるトワ。

 トワに続くように、皆の視線が俺に集まる。

 何か俺に期待しているかのような目つきだ。


「はは……皆の気持ちは分かったよ……」


 遠まわしだが――スイの論理武装が何のために行われているか、それが分かって思わず口元が緩んでしまった。

 要するに――


「そ、それじゃあ……!」

「うん……さっきはごめんな。勝手に一人で決めて。えっとさ……言い訳するつもりじゃないんだけど、俺は皆が――」

「はい、分かってますよ」


 笑顔で頷くスイ。

 それに続いて、皆も次々に声をあげる。


「そっすよー。全然、気にすることじゃないっす」

「むしろ、嬉しい。その気持ち。でも私がお兄ちゃんの役に立つ、もっと嬉しい」


 ふと、無言でウィンクを投げかけてくるトワが目に入ってきた。


 ――まったく、かなわないな……



「分かった。皆で行こう。森の聖域へ」

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