309話 マナ
「あぁ、ドワーフはマナを魔力に転換できないからな。そのせいだろ」
「て、転換……?」
我ながら、ものの見事にピンときていないことがまる分かりのトーンをした声が漏れてしまう。
それをきいて、セナが少し眉をひそめた。
「……あれ? もしかしてオレの話し、かみ合ってない?」
「かみ合ってないっていうか……ごめん、俺、あまりそういうのに詳しくなくて……気力が物理スキルに、魔力が魔法スキルに使われるものぐらいしか……」
「なんだよそれ……そんなに強いのにほんとよく分からないな……」
呆れとも驚きともとれる複雑な表情でセナが腰に両手をつく。
苦笑いを浮かべるトワ。
「アハハッ、ごめんねー。もしセナちゃんがよければ、ボク達にマナとか? そういうの説明してくれない?」
「う、うーん……まぁいいけど……うまく話せるかなぁ……」
そう言った後、セナは顎に手を添えて何か考え込む仕草をとった。
十秒ほどの沈黙の後、セナはおもむろに口を開く。
「気力も魔力も、もとはマナっていう力が根源なんだ。マナってのはオレ達の体だけじゃなくて、森とか、大地とか――いろんなところに含まれているエネルギーのことだな。オレ達はそのマナを気力や魔力に転換してスキルを使ってる。転換っていうのは……まぁエネルギーの質を変えてるってことかな。例えるなら……マナは燃料みたいなもので、それがあるだけじゃ何も起こらないんだ。その燃料を使って火を起こす作業が転換って感じかな」
「ふむ……」
聞き取りやすく配慮してくれているのだろう。
セナはゆっくりと言葉を続ける。
「自分が持ってるマナってのは年齢を重ねたり、修行で増やすことはできるんだけど、そのマナをどういう形でスキルに使えるような形に具現化できるかは先天的に決まるものなんだよ。ドワーフのは場合は魔力という形でマナを具現化する力がかなり弱くて」
「なるほど……そういうことか……」
気力や魔力に拘わらず、さらにどのクラスになれるかというのが先天的に決まるのもそういうことなのだろう。
いうなればクラスの才能とは、マナをどういった形で具現化できるか――どういった転換装置を持っているかによって決まるというわけか。
「んで、サクリファイス・サークルに限ったことじゃないけど、あぁいう大規模なものを作るときには何かしら魔法が必要だったりするからな。魔力を持たないドワーフは価値が無いって判断されたんだろうな」
「うわぁ……」
小さく声を出しながら、トワが眉を引きつらせる。
「まぁでも、エルフにも事情があったんだろ。いつまでも憎んでるだけじゃダメだとは思うんだけどなっ」
ふと、セナが声のトーンを高くした。
その表情からは、エルフに対する憎しみは微塵も感じることができない。
「……凄いな、セナは」
「ん? なんで?」
セナが首を傾げたのを見て、俺は思わず声に出していたことに気づいた。
意図せず内心を吐露してしまったことに、若干の気恥ずかしさを感じつつ、俺は言葉を続ける。
「だって、周りはそういう価値観じゃないんだろ? そんな中でエルフ側の事情にも目を向けようとしてるからさ」
「ハハッ、大げさだぜ。別にオレが何かされたわけでもないし、嫌う理由が無いってだけさ」
「そっかな……」
周りの人々が俺達のことを神と崇拝していても、セナは自分の考えに基づいて俺達に接してくれていた。
周りの人々が自分に才能が無いと口を揃えても、セナは努力を放棄せず斧の練習を続けていた。
そんな彼女にとっては当然のことなのだろう。
周りの人々がエルフのことを憎んでいても、冷静に相手の事情を考えようとすることは。
だが、周囲に流されず自分の価値観を見失わないことがどれだけ難しいことか――
「ところで師匠。師匠はこれからどうするんだ?」
「ん……あ、あぁ。そうだな……」
ふと、セナの問いかけで我に返る。
日本のことを思い出して考え込むのは俺の悪い癖だ。
少し不思議そうに俺のことを見つめてくるセナに苦笑しながら、俺は口を開く。
「森の聖域に行こうかと思う。ここの結界が弱まってるってきいたから」
「ん? 森の聖域?」
と、俺の言葉にセナが首を傾げた。
それを見て、トワも怪訝な表情を浮かべる。
「あれ、どうかしたの?」
「いや……師匠達の中にドワーフっていたかなって」
「えっと――どういうこと?」
どういう意図の質問なのか分からないのは俺も同じだ。
黙ってセナの言葉が続くのを待つ。
「だって森の聖域に入るなら、ドワーフのマナが必要だろ?」
「え、そうなの?」
「あれ? 父ちゃんから――いや、父ちゃんなら神だから大丈夫とか言い出しそうだな……」
そう言って小さくため息を吐くセナ。
――それが本当なら割と大問題なのだが。セナが嘘をつく理由もあるはずがない。
「うーん……ならもう一度ブルックさんと話さないとな……」
「そうだねっ。まだ寝るにはちょっと早いし……多分、起きてるよね?」
「父ちゃんのこと? なら大丈夫だけど……」
と、そこで一度言葉を切って、セナは考え込む仕草をする。
そして数秒の沈黙をおくと、セナは神妙な顔つきで俺のことを見つめてきた。
「……なぁ。それなら、オレを連れていってくれないか」
「えっ……でも……」
トワが言いにくそうにしながら俺に視線を送る。
言葉にされなくたって分かる。スイですら同行を躊躇うのに、たった今、簡単な短剣のスキルを使えるようになった彼女では――
「さっき教えてくれた短剣の使い方――これがあれば、オレだって自分の身は守れるぐらいには戦えるはずなんだっ」
「うーん……どう思う? リーダ君」
小さく声をあげながら、問いかけてくるような視線をトワが向けてきた。
襲われていた当時、たしかにセナは何もできていなかったが、それでも運動能力がまるで無いわけではない。
むしろ練習に付き合ってみた感じでは基本的な身体能力に限ればアイネよりも高そうとも思える。
簡単なスキルを覚えた今なら、あの蛇の魔物ぐらいなら相手ができるかもしれない。
「でも、もしレシルと会うことになったら……」
しかし、今回セナに教えたのは短剣の基礎スキルだけだ。
どう高く見積もってもスイの能力を上回っているようにはみえない。
前回、レシルとスイ達の戦いを直接見たわけではないが――正直、セナがレシル相手に戦力になるとは思えなかった。
「……少し、考えさせてくれ。俺一人だけじゃ結論が出せない」
とはいえ、ドワーフがいなければ森の聖域に入れないとなれば話しは別だ。
俺一人で向かっても結局何もできないことになってしまう。
苦い感情をかみしめながら、俺はセナに向かって言葉をかけた。
「分かった。でも、できればよろしくたのむぜ。師匠っ」
俺の内心を半ば察したのだろう。
少しだけ、セナの男勝りな感じが消えた感じがした。