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307話 壁

 ガルガンデュールの温泉は、蒼い岩肌に照らされた幻想的な空間だ。

 その中で、スイとアイネ、ユミフィの三人は周囲の好奇の視線から逃れるように、湯から少し離れた洗い場でタオルを纏い、髪にシャワーを当てていた。


「先輩、せんぱーい」


 濡れた髪を後ろにぬぐい、頭を小刻みに左右に振って、アイネはスイに向かって声をかける。

 だがスイは淡々と自分の髪にシャワーを当てるだけで、全く反応を示さない。


「ねー先輩。無視しないでほしいっすっ」

「う? ど、どうしたの、アイネ」


 肩を叩かれ、頓狂な声をあげるスイ。

 少し慌てた様子でシャワーを頭から遠ざけた。


「あれ? 聞いてなかったんすか? もー、そんなにシャワーの音、うるさくないっしょ」

「ご、ごめんごめん。どしたの?」


 やや不満げなアイネに対し、スイは苦笑しながら頭を下げる。


「服のことっすよ。ほら、カーデリーで一緒に買った……」

「あぁ……あぁっ!!」


 と、スイがひきつった声をあげた。

 唐突に放たれたそれに、周囲のドワーフ達がさらに好奇の視線を向けてくる。

 そのことは直視するまでもなくスイは感じ取ったのだろう。

 しゅんと体を縮こませて、逃げるように肩の辺りにある髪にシャワーを当て始めた。


「スイ。どしたの?」

「いえ……その……えっとですね……」


 ややどもった声しかあげないスイを前に、アイネが小さくため息をついた。


「いや、ウチらね。リーダーに服を選んでもらったことがあるんすよ。それ、馬車の荷台に入れてたから魔術師協会のところにおいてきちゃったなって……」

「そうでしたっ……あーっ……せっかく可愛くなれたかもしれないのに……うぅー……なんで今まで忘れてっ……」


 アイネの何倍もの大きさのため息をスイもつく。

 若干震えた声と、シャワーの水と考えるには潤いすぎている瞳。

 だが、その深刻そうなスイの表情とは正反対に、ユミフィはあっけらかんとした顔で言い放つ。


「? スイ、何も着なくても可愛いよ? 裸でも、平気」

「うっ……そう無邪気に言わないでください……反応に困ります」


 そうは言ったものの、スイは若干顔を赤らめまんざらでもなさそうな表情を浮かべる。

 しかし、すぐにスイの表情は暗くなる。


「馬車の中に置いてきちゃったからなぁ。さすがにあの時、リーダーに探しに戻ってなんていえなかったし……うぅ……」

「はは……やっぱそうっすよね……さすがにウチも空気読んだっすよ」


 もともと『彼』の能力が無ければ、カミーラに対応することは不可能だったのだ。

 戦闘に役に立つわけでもない服の在処についてまで、初めて行く場所を捜索せよなんて言えるはずがない。


「時々忘れちゃうんだけど、トワの空間魔法って物の収納もできるんだよね……預かってもらえばよかった……」

「あー……なんかトワと言ったら転移、みたいな感じあるっすよね」

「騎乗用具を入れる時には使わせてもらいましたけどね……うぅ……」


 とはいえすでに時すでに遅く、気まずい後悔のため息をつくことしか二人にはできない。

 そんな空気を変えようとしたのか、アイネがやや声色を明るくしながら問いかける。


「ところで、先輩は何考えてたんすか?」

「えっ? あ、あぁ……えっとね……」


 だが、それをきかれたスイの表情はさらに曇ったものに変化した。


「リーダー、一人で行くって言ったでしょ。改めて思ったの。私の力の足らなさを」

「足らなさって……先輩がそんなこと言ったら……」


 歯切れの悪い言い方をするアイネに、スイが苦笑いを浮かべる。


「ごめんね……でも、私はまだまだ英雄と呼ばれる人たちには見劣りする実力しかない。レシルと戦った時も歯が立たなかった……サラマンダーには勝てたけど、リーダーの助力が無ければどうなっていたか……」


 特にずれてもいないのに、スイは体に巻き付けたタオルをなおす。


「私はまだ、壁を突破できていないんだって……なんか、それを実感しちゃったかな……」


 再び漏れる、大きなため息。

 数秒の間をおいて、アイネがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ウチも似た感じっす。ドン・コボルトに勝ったとき何かつかめたとは思うけど……でも、一つ勝利しただけじゃ、ダメなんすよね。これからも勝てるようにならないと」

「そうだね。でも、リーダーが教えてくれたスキルを完全に習得できれば、その壁を打ち破れるかも……」

「あー、なんでしたっけ。イグ……えっと……」

「ソードイグニッション」

「そうそれ! ユミフィ、よく覚えてるっすね」


 アイネに指を突きつけられ、ユミフィが照れくさそうに笑う。


「うん。威力、凄かった……でも、後から見たものの方が……」

「あはは……究極魔法でしたっけ。アレと比べるとソードイグニッションでもお遊戯に見えてしまいますね」

「う、うーん……」


 即座に同意はしかねるが納得はしてしまう。

 そんな複雑な表情を浮かべるアイネに、スイが苦笑する。


「アイネはどう? 気功弾、習得できた?」

「微妙っすね。クレスと戦った時、まぐれで出せはしたんすけど安定はしないっていうか。でも、ある程度感覚はつかめたような気もするっす」

「そう? ならよかった」


 何度か手のひらを開閉させるアイネ。

 その目には力強い光が宿っている。

 少し口元を緩めるスイ。


「ねぇ、レシルって……誰?」


 そんな時、ユミフィが自分の頭をスイとアイネの間に挟み込むように入り込んできた。

 

「あ、そうか。置いてけぼりでしたね。ごめんなさい」


 それを見て、スイとアイネはバツが悪そうに笑いながらユミフィの頭を軽く撫でる。


「実は前、大剣を使う女の子と戦ったことがあるんすよ」

「その人がレシル。正直、歯が立ちませんでした」

「……スイが?」


 眉をひそめてスイを見上げるユミフィ。

 信じられない、という彼女の内心が露骨に表情ににじみ出ている。


「はい。リーダーほどではないですが……それでも私一人で勝てる気は全くしないですね……」


 そう言いながら、スイは苦虫をかみつぶしたかのような表情になる。

 もしも『彼』の登場が後数秒遅かったら、レシルの剣が放つ黒いオーラに飲み込まれ、今こうして話すことなどできなかったであろう。


「そう、なんだ…………」


 顔を曇らせ、視線を落とすユミフィ。

 それを見て、スイとアイネは気まずそうに視線を交わす。

 だが――


「じゃあ私、どうすれば、いい?」

「え……?」


 ユミフィの顔は、すぐに力強いものへと変化していた。

 初めて会った時、怯え続けていた少女と同一人物とは思えないほどに。


「スイ、一人で勝てない。じゃあ私、なにすればスイ、勝てる?」

「…………」


 まっすぐスイの目をとらえるユミフィ。

 気圧されたように、スイが息をのむ。


「あはは……一本取られましたね。いつの間にか私、ものすごく弱気になっていたみたいです」


 何度か瞬きを重ねながら、スイがくすりと笑う。


「ユミフィの言う通りっすね……ウチもできること、探していかないと……」


 少しだけ悔しそうに、それでも明るくなった二人の表情。

 それを見て、ユミフィは僅かに口元を緩ませた。

 スイがぎゅっと拳を握りしめ、言い放つ。


「私達三人ができる連携……少し考えてみましょう。『守られるだけ』は嫌だもんね」

「当然っ!」

「でも、ちょっと寒い。そろそろ、戻ろ?」

「え……」


 二人とは対照的に、飄々と湯に戻っていくユミフィ。

 士気を高めようとしたその瞬間ゆえに拍子抜けしたような表情。

ユミフィの背中を目に、しばらくの間二人は呆けていたが――


「ふふっ、またまたユミフィの言う通りだね」

「なんかかなわないっすねー。もー」


 明るく笑いあうと、すぐさま二人はその後を追いかけていくのであった。


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