306話 スパイラルカット
「?」
きょとんと首を傾げるセナからナイフを受け取り、もう一度俺は前に出る。
そして――
「スパイラルカットッ!」
そのスキル名を声に出すと、予想通り体の中から何かがこみあげてくる感覚がした。
気力の具現化。それに流されるまま、俺は体を動かしていく――
「うわ……」
「うそーっ!?」
自分の姿は客観的には見えていない。
だが、腕を一振りするごとに発生する衝撃波が次々に地面を抉っていく光景と、トワとセナの反応が、客観的な威力を俺に教えてくれていた。
「さ、やってみてくれ」
「いやっ! いやいやいやいや!」
ナイフをセナに向けて渡そうとすると、彼女は何度も首を横に振る。
「無理に決まってるだろっ! さっきとは全然動きが違うじゃないかっ!」
「そうかな。基本的な動きは似てると思うけど。とりあえずスキル名だけでも詠唱してみてくれないかな」
「ぐっ……でもっ……」
「可能性があるなら試してみようぜ。ほら」
「…………」
女の子相手にこうやってグイグイする日が俺にも来るとは、しかもそれが今だとは思わなかったが。
たとえ余計なお世話だとしても、なんとなく俺はそうすべきだと感じていた。
――だって、自分の適した能力が分からないって……周りから認められないって、辛いことだから……
もし俺に、この世界の俺に戦いの才能があるのなら。
今のセナみたいな人の悩みを解決する手伝いをするぐらいはできるのではないだろうか。
というか、そうしなければならない気がする。そうしなければ不平等な気がする。
「ス、スパイラル……カット……? うわっ!?」
ふと、セナがスキル名を口にすると、彼女の右腕に小さな風が吹き始めた。
「あ、あれ? なんだ……オレのマナが変化して……」
目をぱちぱちとさせながら自分の右腕を見つめるセナ。
どうやら、全く手ごたえが無いわけではなさそうだ。
「そのままさっきの俺の動きをイメージして。振ってみてくれ」
「う、うん……」
おそるおそると言った感じでセナが前に出る。
少しの間、沈黙を置き深呼吸。
ゆっくりと右腕を上げ、一気にそれを右に薙ぐ。
「うわああああああっ!?」
その瞬間。
ナイフの刃先から衝撃波が前に向かって飛んで行った。
その反動で、セナの体は後方に吹っ飛ばされる。
「あぶなっ!」
「きゃっ!?」
セナの体が地面に叩きつけられるより前に、俺は彼女の肩と足を抱きかかえる。
「うっ!? ちょっ……近っ……!」
「ごめんっ! すぐ降ろすっ!!」
半ば意図せず、お姫様だっこのような体勢になってしまった。
急いでセナを地面に降ろすと、彼女はばつの悪そうな表情で俺から離れていく。
「アハハッ、セナちゃんも『きゃっ!?』とか可愛い声出すんだねっ」
「う、うるさいっ! おい! オレはまだ嫁入り前なんだぞっ!! もっとこう……あるだろっ!」
「あ、あぁ……」
顔を真っ赤にしながら軽く俺のことを睨んでくるセナ。
だが、俺の希望的観測かもしれないがそこまで本気で怒っているわけではなさそうだ。
少しずるいかもしれないが、さっきのスキルについて話題を戻すことにする。
「えっと……今のは盗賊のクラスのスキルだよ。セナには盗賊の才能があるのかもな」
「はぁっ!? 盗賊ぅ!?」
と、俺の言葉に、セナは瞬時に声を荒げた。
何をそんなに、と彼女を見つめなおすと、セナは俺に向かってビシリと指を突きつける。
「ふざけるなっ! オレは盗みなんかやらないぞっ」
「あぁー、えっと。クラスとしての盗賊な。クラスって……分かる?」
「暮らす? 別にオレは盗賊暮らしなかしてないぞ」
「あー……そうだな。えっと……」
ゲームではプレイヤーはキャラメイクをする時にクラスを選択する。
その時に選んだクラスによって覚えるスキルや育つステータスが変わるのだが――
この世界でもクラスという言葉は浸透しているように思えたが、どうもここガルガンデュールは外との接触を断っているようにも見えるし、知らないのも無理はないかもしれない。
どう言葉にしたらいいものか、悩み続けているとセナの表情が怒りから怪訝なものへと変わってきた。
どうやら俺が、別の意図でその言葉を発したことを察してくれたらしい。
「えっとな。とりあえず、セナには短剣の才能があるみたいだからさ。そっちを磨いた方がいいんじゃないか?」
「才能? オレが?」
「あぁ。訓練を積めばこんなこともできるようになるぞ」
そう言いながら、俺はセナが落としてしまったナイフを手に取り前に出る。
そして――
「ハリケーンスラッシュッ!」
スキル名の詠唱とともに、一気にナイフを横に払う。
その軌道には緑色の光が輝き、その光は強風と共に周囲に舞い散っていく。
「っ……」
「……うそ」
前方にできた一直前のクレーター。
それを見て、目を丸くしているセナと、にやにやと笑うトワ。
ハリケーンスラッシュはスパイラルカットが前提スキルとなっている上位スキルだ。
短剣のスキルの中では隙がやや大きめではあるものの、それでも出が早く、威力もそれなりで狩りでも対人でも活躍してくれた記憶がある。
「どうだろ。短剣、使ってみる気になったか?」
そう言って短剣をセナの方にかざすと、彼女はハッと息をのんで俺の方に視線を向ける。
「今の……本当にオレができるようになるのか……?」
「スパイラルカットができるようになれば、多分な」
「で、でも……オレはドワーフだぞ……斧しか習ってきてないのに、今更……」
「人間だって斧が向いている奴もいれば剣が向いている奴もいる。魔法に向いている奴だっている。種族によって傾向の違いはあるかもしれないけど、そんな枠に無理やり納めなくてもいいんじゃないかな」
「…………」
やや呆然とした表情でセナは俺の顔と、ナイフと、そして俺がつくったクレーターを交互に見る。
少しだけ震えた肩と手。それを抑えるようにセナは両手を二の腕に当ててしばらくの間、黙りこくる。
そして、数秒の間を置くと――
「えと……じゃ、じゃあ……オレに技を教えてくれないかっ、師匠っ!」
「……えっ、師匠!?」
一瞬、理解が遅れて頓狂な声が出てきてしまった。
そんな俺を見て、トワはカラカラと笑いはじめる。
「アハハ、ついに弟子ができちゃったかー」
「いやいや、弟子って……」
自分はそんな立派なものじゃない。
よくわからないうちに、チートなレベルを得ただけの底辺無職ゲームプレイヤーだ。
「頼むっ! オレだってドワーフの戦士として、役に立ちたいんだっ! オレに技を教えてくれっ」
――なのだが。
あまりに真っ直ぐで、一生懸命な眼差しを向けてくるセナにそんなことが言えるはずもなく。
「……オッケー。じゃあ基本スキルから、はじめてみるか」
中途半端に関与して、適当に突き放しただけではただの自己満足だ。
ゲームで得た知識で恐縮だが――それでも何か役に立てるなら。
徹底的に、付き合ってやろうじゃないか。