305話 斧と短剣
岩の建物が連なる場所を抜けると、少し開けた場所に出た。
街はずれ――と表現すべきなのだろうか。今までよりもさらに凹凸が激しく歩きにくい地面。
「あ……」
殆ど人が寄り付かなさそうなその場所で一人の少女を見つけた時、俺は先の心配が杞憂だったことに気が付いた。
濃い青色の髪に少し褐色に染まった肌。
その姿を見て、俺達はその少女がセナであることを確信する。
「うぅぅぅうううっ……せああああああっ!」
小さな体に似合わない荒々しい声。
しかし、それも虚しく、彼女の持つ斧はあまりに鈍い動きしかできていない。
それはまるで、斧自身がセナに扱われるのを嫌がっているようなものだった。
「ぜーっ……ぜーっ……くそっ。なんでこんなに……」
斧の柄を掴んで、肩で息をするセナ。
苛立ちに満ちた表情で軽く地面を蹴る。
「斧の特訓? 真面目だねぇー」
「!?」
そんな彼女に、トワが空気を読まずに話しかけた。
体をびくりと震わせて、セナがこちらを振り返る。
「あ、悪い。邪魔するつもりじゃなかったんだ」
「っ……いや、別に……」
俺達の姿を確認すると、セナは気まずそうに視線をそらす。
どうやら邪魔をしてしまったようだ。俺は無言でトワに視線を送り、この場を去ることを促す。
「な、なんだよっ。その微妙な顔はっ! どうせお前もオレには才能が無いって思ってるんだろ」
「え、才能……?」
どうもその意味を誤解されたらしい。
俺が言い訳をする前に、セナは眉を吊り上げてまくしたててきた。
「オレはドワーフだ。ドワーフの才能っていったら鍛冶と戦闘に決まってるだろ。神様なのにそんなことも知らないのか」
「いや、誤解だって……それに、君は分かってるだろ? 俺達は神じゃないよ」
「ちっ……」
皮肉を受け止める余裕が無かっただけなのだが。
俺の言葉は、セナにとって不快にとられるものだったらしい。
しかし、そこで言葉で荒げる程、セナも子供ではないようだ。
一つ深呼吸をした後に、セナは淡々と言葉を重ねる。
「恩人には申し訳ないけど、用が無いならどっか行ってくれるか。オレはまだまだ訓練中なんだ」
「ほぇー、皆あそこで踊ってるのに。真面目だねぇー……」
「別にそんなんじゃない」
トワの言葉をあっさりと否定して、セナは斧を俺達に見せつけるように握りしめた。
「オレだってドワーフの戦士だ。女には無理だって……オレじゃドワーフの戦士になれないって……みんな……みんな、笑うけど……でも、絶対いつかオレだって……!」
そのまま斧を持ち上げようとするセナ。
しかし、やはり斧に拒絶されているかのような、ぎこちない動きしかできていない。
「ぐぅううううううっ! ぜーっ……ぜーっ……クソッ!」
自分の肩のあたりぐらいまで持ち上げるのが限界といったところか。
セナは、汗だくになりながら斧を地面に置いて息を整えている。
はっきり言って――無茶だ。もしここが戦場だったら、セナは満足のいく攻撃を一度振るう前に殺されているだろう。
言うかどうか迷ったが、ここまであからさまに不向きな武器を扱おうと懸命になっている彼女を見るのも忍びない。
「……なぁ。なんで斧を武器にしてるんだ? もっと軽い武器の方がいいと思うんだけど」
「ぐっ……」
案の定、セナは渋い顔を返してくる。
「オレはドワーフだ。ドワーフの戦士は斧で戦う……斧で戦えてこそ一人前なんだ。小さな武器なんて持ってられるかっ!」
「そ、そっか……」
なんとなく予想はしていたが、やはりセナのプライドを傷つけてしまったようだ。
凄い剣幕でくってかかるセナを前に、俺は言葉を詰まらせてしまう。
そのフォローというわけではないだろうが、代わりにトワがあっけらかんとした感じでセナに話しかける。
「えー、でもさ。スイちゃんの戦い方見なかった?」
「スイ……?」
「剣士の女の子だよ。ペガサスに乗ってた」
「あぁ……アイツ、スイっていうのか」
何度か頷きながらセナが小さくつぶやく。
それを確認すると、トワは嬉しそうに羽を羽ばたかせた。
「ほら、あの子だって斧より軽い剣を使ってるけど強いでしょ? リーダー君の言う通り、自分に合った武器にした方がいいんじゃない?」
「自分に合った武器っていったって……でも、ドワーフの戦士が斧以外を使うなんてきいたことないぞ……武器の大きさは、込められる気力の量に影響するし……単純に威力が下がるだろ……」
そう言いながらセナが視線を落とす。
やはり、心当たりはなさそうだ。
「短剣とかさ。持ってないか?」
「……一応、携帯ナイフならあるけど。でも、戦うためのものじゃないし。そもそも短剣なんかじゃ威力でないだろ。こんなの、子供が初めて武器を手にする時に練習するもんだぞ」
セナが取り出したのは、言葉通りの小さな携帯ナイフだ。
刃渡りは俺の人差し指と同じぐらいの長さで、短剣の中でもさらに小さな部類に入るだろう。
「セナちゃんは威力を出したいの?」
と、ナイフの周辺を飛び回りながら、トワがセナに話しかける。
「そうだよ。ドワーフの戦士として一人前になるためには、それに値するパワーが必要なんだ。そのためには斧を使えなきゃだめだろ。ドワーフが一番能力を発揮できるのは斧だからな!」
そう言ながら、セナは斧の柄を両手で持って前に立てた。
ポーズだけでも戦士らしく――というアピールなのだろうか。
ゲームにはドワーフは実装されてなく、得意とする武器は俺には分からない。
だがまぁ、イメージから言って斧のような重量のある武器を使うのが一般的なドワーフなのだろう。
とはいえ、それでもやはり、セナに斧が向いているとは思えなかった。
「本当にそうかな……」
「は? どういう……」
「その短剣、貸してみてくれないか」
「いいけど」
怪訝な表情を見せながら、セナがナイフを渡してきた。
そのナイフを手に、開けた部分に向かって歩き出す。
「な、なにする気だ?」
少し怯えたようなセナの声が背後からきこえてきた。
この世界では腕の太さだけで物理的な破壊力は生まれない。
ゲームでも、短剣で火力が出せる使い勝手の良いスキルならいくつか心当たりがある。
「セナ。君は何かスキルを使えるか?」
「え……いや、それはまだ……」
「そっか。じゃあ先ずはこの動きを真似してみてよ」
先ずは短剣を横になぎ、その勢いを利用して体を半回転。
素早く逆手に持ち替えて短剣を振り上げ、蹴りを前に出した後にもう一度横になぐ。
「おっ! かっこいいっ!」
「ありがと。じゃあ次はセナの番だな」
拍手をするトワを横に、今使った短剣をセナに渡す。
だが俺の意図が分からないせいだろう。セナはきょとんとした顔で俺を見ているだけだ。
「ほら、やってみて」
「あ、あぁ……」
やや緊張した面持ちでセナはナイフを受け取ると、前に出る。
すぅーっと息を吸って、ナイフを横になぎ、体を半回転。
逆手に持ち帰る時に少々手間取ったが、蹴りはきれいに決めて、ナイフも横に薙ぐ。
「うわわっ! セナちゃんもやるじゃんっ!!」
斧とは全然違うセナの捌きに、トワはやや興奮した様子で拍手をしはじめた。
それを受けてセナは複雑そうに微笑む。
「そ、そうかな。オレだって訓練してるし……でも、今のじゃ全然威力が……」
「じゃあもう一回貸してくれ。スキルの練習をしてみよう」