304話 振り返り
「え?」
不意にきかれたその質問に、俺自らがトワに顔を向ける。
それを確認すると、トワは儚げに微笑み返してきた。
「アイネちゃんさ。言ってたよね。守る対象じゃなくて、仲間として見てほしいって」
「…………」
「そのこと、君も分かっているんだよね?」
「それは……でも……」
分かっている。
一方的に守るという目で皆を見ているなら。そういう理由で皆を連れて行かないのだとしたら。
それはいくら理屈をこねても、足手まといとして見ているということではないのか。
トワが優しく微笑む。
「責めてるわけじゃないよ。ただ……」
トワの声は普段は明るく、元気な少女を思わせるものだが――今の彼女の声は穏やかな大人の女性を思わせるような温かさにあふれていた。
そんな彼女の声というか雰囲気に少し驚いていると、トワはそれを見透かしたかのようにくすりと笑って言葉を続ける。
「多分、気持ちは言葉にしてあげた方が皆も喜ぶと思うよ」
「言葉にする……?」
「そうだよ。ちゃんと言ってあげないと。『皆を失いたくないんだ』って。一人で行くって言ってた時の君の顔、ちょっと怖かったから」
「っ……」
――そうだったのか……
当然ながら自分の顔は自分で見ることができない。
だが、彼女達の表情を思い返してみると――心当たりが無いとは到底言えなかった。
「ま、皆は分かってると思うからいいけどさー。皆、ちょっと寂しそうだったから。後でフォローしてあげなよ?」
「あぁ……そうだな……」
皆が俺に信頼を寄せてくれていることは感じている。
そのことは嬉しくて、誇りに思っている。
でも逆に俺はどうだったのだろうか。
前にアイネは言ってくれた。
俺はアイネのことを、皆の気持ちを尊重していると。
だからこそ、アイネも俺のことを尊重したいのだと。
――俺のさっきの行動はどうだったんだ……?
結論はともかく、何かもっと別の伝え方ができたのかもしれない。
言い訳みたいな感じでここを任せた、とかじゃなくて、もっとうまい具合に話せたかもしれない。
そんなことを考えていると、トワが気まずそうに苦笑しながら話しかけてきた。
「あれ、思った以上に落ち込んでる?」
「……そんなことないよ。ありがとな」
「え?」
俺の言葉が意外だったのだろう。
トワは頓狂な声をあげて目を見開く。
……少し照れくさくなるが我慢だ。
今さっき、気持ちは言葉にするべきだと言われたばかりなのだから。
「トーラを出た時もそうだっただろ。トワは時々、こうやってアドバイスをしてくれてる」
「…………」
思えば俺は、トワに対して面と向かって感謝の気持ちとかを伝えることは無かったような気がする。
最初はトワの得体の知れなさというか、時折見せる怖い表情に少し戸惑ったこともあるが――
それでもトワはなんだかんだいいつつ、俺達のことを考えてくれていた。
トワの飄々とした気楽に接することができる性格に、もしかしたら俺は甘えていたのかもしれない。
「だからありがとな。トワ」
親しき仲にも礼儀あり。
いつも俺は彼女に悪友のような接し方ばかりしていたが――感謝と敬意は忘れてはならない。
それを肝に銘じながら、まっすぐトワの目を見つめた。
「……アハハ。リーダー君って、時々変に素直だよねー。さすがにいきなりそこまでされると照れくさいっていうか……ボクもそこまでしてもらうつもりで言ってなかったというか……アハハ……」
と、トワが気まずそうに苦笑しながら視線をそらす。
――ま、いきなりこんな対応をされてもこまるか。
男のツンデレなんて全然需要が無いだろうし。
とりあえず、雰囲気をもとにもどすため、くだけた感じでトワに話しかける。
「時々ってなんだよ。別にそんなねじまがってないだろ」
「えー? ボクに対してはちょっと冷たくない―?」
――マジ?
それは意外だ。
ちょっといじったり、いじり返したりしたことはあったかもしれないが、あくまでネタの域だと思っていたのだが――
そんな俺の気持ちは顔に出ていたのだろう。トワが露骨に頬を膨らませて不満をアピールする。
「何その顔っ! 本当に心当たりないのー?」
「いや……無いよ。いったいなんだよ」
「だってほら、未だにボクだけ、リーダー君に熱くハグされてなくない?」
「はぁ!?」
――何言ってんだこいつ!?
表情が割とガチっぽくて、ネタなのか本気なのか判断ができない。
「先ずアイネちゃんは言うまでもないでしょー、スイちゃんとユミフィちゃんも寝袋の中で――」
「おいっ!!」
一気に湧き上がる羞恥心で顔が熱くなるのを感じる。
そんな俺をトワはただただじっと見つめるだけで何も声をかけてこない。
「だ、だいたいっ! お前のサイズでハグなんかしてみろ。つぶれるぞ」
「え。じゃあボクが人間サイズならハグしてくれるの?」
「いや……そ、そういうわけ――」
「えーっ、違うのーっ!? 前、ボクが人間サイズだったらハグしたいとか言ってなかったー??」
――え、そんなこと言ったっけ……? マジ??
一応、俺だって最低限のレベルは人の表情を読むことぐらいできる。
トワの顔に浮かび上がるのは、わざとらしく感じない、自然に出てきたとしか思えないような悲しみの表情。
「なんだよ、それ……俺、そんなこと……!」
それから逃げるように、俺はトワから視線をそらして歩きだした。
「んー……ボクも、ただの妖精のまま終わるつもりじゃ――」
「せあああああああっ!」
ふと、唐突に俺の耳に少女の叫び声が入ってきた。
風呂上りの散歩をしている中で、きくとは思わなかった気合の入った叫び声。
「……ん?」
何かトワが言っていた気もするが、彼女の方を振り返ってみても俺に話しかけている様子は無い。
きょろきょろと周囲を見渡しながら、声がする方向を確かめている。
「あ、あれ? こんなところで戦闘……?」
「――!」
トワの言葉で、一気に胸がざわつきはじめた。
――まさか、もうこの街の結界が破られたのか……?
「トワ、行こうっ」
「もちろんっ!」
俺がそう言った時には、トワはすでに俺の肩につかまり、声のする方向を見つめていた。