302話 やむなき同意
狂喜乱舞を全身で表現する男達から離れて数十分後。
俺達はブルックに案内され、ガルガンデュールで一番大きな建物に来た。
あのうるさすぎる空間の中では落ち着いて話しができるはずがなく、俺達がそう頼んだのだ。
建物の中の広間には、巨大なハンマーを掲げた彫像や、巨大な斧がいくつも並べられている。
金属で埋め尽くされたような大広間を通り過ぎると、大きな長机が置かれた部屋に入った。
「さて、それではお話しをさせていただいてもよろしいでしょうか。どうぞ、こちらへお座りください」
ブルックは、手に持っていた筒を開け、その中から羊皮紙をその机に並べていく。
正直、こういう会議室みたいな雰囲気は苦手なのだが――淡々と座るスイの前でそんなことも言ってられない。
「先ず、前提としてここガルガンデュールについてお話させていただきますぞ。ガルガンデュールは見ての通りドワーフが住む洞窟街であります。その周辺には退魔の結界が張られており、魔物が侵入することはかないません」
と、全員が腰かけたのを確認するとブルックが咳払いをして説明をしはじめた。
すかさずスイが手をあげる。
「結界ですか……それは誰が維持しているのですか?」
「わたくしめらドワーフは結界を張るための魔力を扱うことができません。全ては森の加護による恩恵です」
「森の加護……?」
「はい。ジャークロットが、この森が、わたくしめらを護るため結界を張ってくださっているのです」
なるほど、よくわからん。
よくわからんが、多分森は凄いってことなんだろう。
「なるほど。話しを遮ってすいません。どうぞ続きを」
「とんでもございません。二日前か三日前か……ほんのつい最近から、急に結界が弱くなりはじめましてな。実は一回、このガルガンデュールの入り口に魔物がやってきたことがあるのです」
「えっ、マジすか!? でも……」
ブルックの言葉にアイネがひきつった声をあげる。
その言葉の続きを察したのだろう。ブルックは大きく頷いた。
「幸い、その魔物は弱く、被害は出ませんでした。しかしその時から周囲に蛇の魔物が増え初めまして……討伐隊を組んだところ、さっきのような事態に。いや、お恥ずかしい」
魔物の数が増える、そしてその強さもあがっている。
これらのワードは俺達がトーラを出てから何度もきいたものだ。
「……リーダー、先輩」
「うん。分かってる」
そのことは当然、俺以外の皆も気づいている。
――ここもレシルが……?
「結界、弱くなった。原因は?」
唯一、レシルと出会ったことのないユミフィは動揺することなくブルックに話しかける。
「残念ながら今のところは不明です。それを調査する余裕も無く……ガルガンデュールを放棄することも考えていたところです」
口をへの字に曲げて無念そうに眼を閉じるブルック。
ガルガンデュールを放棄したとしてどこに行くつもりなのか――気になるところだったが、だれもそれを聞かなかった。
むしろ、そんなことはさせないと言わんばかりに、スイが力強い声色でブルックに話しかける。
「調査の方法自体は分かっているのですか?」
「はい。森の聖域――そこが森の結界を維持する根源になっていますので。おそらくはそこで異常が起きたのだと……」
「聖域、場所は?」
「はい。こちらになります」
そう言ってブルックは近くにあった羽根ペンで地図に印をつけた。
「森は魔物達の住処にもなっていますが、この聖域にはいまだかつて魔物が侵入したことはありません」
「森、本当は魔物、嫌い。マナ集まる場所、森の意思、宿る。そんなとこ、魔物、入れない」
「おぉ。さすがは神。説明は不要でしたか」
目を丸くしてブルックは感嘆の声を出す。
その視線はユミフィだけではなく俺も含めて全員に向けられていた。
そんな彼に向けて、トワはすぐに両手を前で左右に振って言葉を返す。
「いやーっ、ユミフィちゃんは特殊だからさ。全然そんなことなかったよ。とりあえずボク達としてはこの聖域を調査してくればいいのかな?」
「そうしていただけると。もし何かしらの異常があれば――例えば、魔物等が居た場合、排除していただけると助かります。もっとも、聖域に侵入する魔物となると、もはや別次元の強さだと思いますが……」
言葉を切って不安そうに俺達を見つめるブルック。
それを見て、スイは凛とした表情で俺の方に振り向いてきた。
「なるほど。話は分かりました。これでやることが見えてきましたね」
おそらくその表情には、ブルックをこれ以上不安にさせないようにするという意味もあったのだろう。
少女には全く似合わない力強さと頼もしさが、これでもかという程にあふれていた。
しかし――
「……それなんだけどさ。今回は俺一人で行こうと思う」
「えっ? なんで!?」
すぐさまトワが俺に対して驚いた声を返してきた。
まぁそれは予想通りなので、俺は用意していた答えを返す。
「もう分かっているだろ。この事態はレシルか――それに関連する奴がからんでいる可能性が高い……」
「あ、そっか……」
と、アイネが少し寂しそうな顔で小さな声を出す。
それで皆もなんとなく察したのだろう。
もしレシルか、それと同等の敵が居たら勝てる見込みがあるのは俺しかいない。
だが、それでも皆が自分のことを足手まといだと感じてしまうのは避けたかった。
「ブルックさんの話しをきいた感じ、ガルガンデュールも絶対に無事ってわけじゃなさそうじゃないか。ここにいる皆を護衛するメンバーだって必要だろ」
「……そうですね。その通りです」
スイは少し悔しそうにしながらも、数回頷いて俺の言葉に同意する。
「でも、一人……お兄ちゃん、大丈夫?」
「あぁ。俺には召喚獣もいるし。心細くはないよ」
「それでもボクは一緒の方がよくない? いざとなったら――」
「いざとなったら一緒にいて欲しいのは力が無い方です。だからトワ」
「…………」
スイの淡々とした抑揚の無い声。
それはいつかきいた、自分の感情を殺している時のもので――
それをきき、唇をかみしめて黙りこくるトワを前に、皆も言葉を失ってしまった。
「むむ。よく話しが見えませんが、貴方お一人でお出かけになると……そういうことでよろしいのですか?」
「はい。……いいよな?」
念のため、皆を見る。
「えぇ……まぁ」
「そっすね……」
「うーん……まぁ……」
「…………」
返ってきたのは渋い表情。
それでも俺には、自分の考えを変える発想は浮かんでこなかった。