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299話 神……?

 木漏れ日が赤みを帯びてきた頃。

 普段であれば、ゆるやかに静寂が訪れていくその時間帯に、鈍い衝撃音と怒号――そして悲鳴が響く。


「くそおおっ!! この蛇があああっ!!」

「うおおおおおおおおおっ!!」


 暴れまわるのは皮の鎧を身に纏った戦士達。

 その身長は人のそれより幾分か低いものの、四肢の太さは人のそれよりも太く、逞しい。

 顔の下半分を埋め尽くすような髭を生やした男達は、斧や槍を手に無数の大蛇の魔物と対峙している。


「ハァッ、ハァッ……!」


 その中で一人、異色な存在が居た。

 戦士達の中で唯一の女。その腕は他の戦士達の半分も無いような太さだ。

 僅かに褐色を帯びたその肌は、黄昏の光を浴びて美しく紅色に輝いている。


「くそっ、このおおおっ!!」


 そんな華奢な感じの体には似合わない乱暴な声。

 それと共に少女は両手で持った斧を掲げ、大蛇の魔物へ突進していく。


「シャアアアアアアッ」

「ぐっ!?」


 とぐろを巻いた状態から瞬時に伸びる尾。

 それは弾丸の軌道を描くかのごとく一直線に少女の腹部に伸び、その体を後方へ弾き飛ばす。


「セナッ!!」


 それを見て、一人の男がひきつった顔で大声をあげた。

 なんとか立ち上がる少女。


「くそっ! なんでこんなにっ……」


 悔しそうに、手に持った斧を見つめる。

 大蛇の魔物とは比べるのも馬鹿らしくなるような、たどたどしい動き。

 当然ながら、その隙を逃してくれるわけがない。


「うおおおおっ!」


 声をあげた男が少女の前に立つ。

 蛇の牙を斧で受け止め、その顎を拳で穿つ。

 大きくのけぞる大蛇。

 直後に響く男の声。


「下がれセナッ! お前には無理だっ!! ドワーフの戦士ではないものが、でしゃばるなっ!!」

「う、うるさいっ! オレだってドワーフの戦士だっ!! うりゃあああっ!」


 セナと呼ばれたその少女が無理矢理に斧を持ち上げる。

 当然、そのスピードは極めて遅い。

 彼女の斧が振るわれた先には、既に蛇の頭は無かった。

 代わりにその頭は、セナの首にくらいつくように――


「セナアアアアアアッ」

「父ちゃんっ!」


 それを受け止めたのはセナの傍にいた男の腕だった。

 牙が貫通したその腕を見て、セナの表情が凍り付く。

 

「ぐっ……いいかっ、よくきけセナ。戦いにおいて、最も大切なことはなにか」

「えっ……」


 セナの顔と同じぐらいの太さの腕から大量の血が滴り落ちる。

 それに気を取られているセナに向けて、男は声を張り上げた。


「それは勝利を得ることっ! お前のプライドなど――戦場では何の意味も無いと知れっ!」

「プライドなんて……オ、オレはただっ……!」

「おおおおおおおおおおおおっ!」


 男は、牙に貫かれた腕とは反対の腕を使い、拳を蛇の頭に打ち付ける。

 その勢いでさらに腕に深く刺さる蛇の牙。

 痛みで顔を歪めながらも、男は蛇を殴るのを止めない。

 それが功をなしたのだろう。顎の力が弱くなる。

 口の中に投げ込まれる拳。蛇の口が強引にこじ開けられる。


「トルネードアックスッ!」


 セナ達の危機を察知したのだろう。

別の男が蛇の背後から体を回転させながら襲い掛かってきた。

 何度も叩きつけられる斧により、蛇が体をうねらせる。


「族長っ! 大丈夫ですかっ!!」

「無論だ。毒の治癒を終えたらすぐに戻るっ」

「了解っ!」


 蛇の頭に斧を叩きつけ、その動きが止まったことを確認するや否や、その男は別の方向へ走っていった。

 それを見て、その男は冷徹な目つきをセナに送る。


「いいか、これが最後だ。お前は逃げろ。今ならガルガンデュールに居る皆と合流できる。急ぎ戻り――入口を封鎖しろ」

「いや……いやだっ!」


 目に涙を浮かべて首を横に振るセナ。

 そんな彼女に対し、男が目を見開きながら怒鳴り声をあげる。


「この分からずやがっ! 戦場において、足手まといは不要だっ。お前の存在は百害あって一利ないっ」

「違うっ――だって、だってこのままじゃっ――!」


 斧を持ち上げ、ふらつく体を必死に抑える。

 それでもうまくコントロールできない自分の体勢。

 それに絶望したような表情を浮かべて、セナは天を仰いだ。


「このままじゃっ――どのみち皆、死んじゃうじゃないかああああああああっ!!」


 悲痛な声が周囲に響く。

 だが、魔物がそれを酌んでくれるはずがなく。

 戦場と化した森の中で暴れる大蛇は、周囲の男達に牙を向け続ける。



「それは見過ごせませんね。加勢します」



 そんな中――

 戦場にはまるで似合わない、透き通った、可憐な声が二人の耳に入ってきた。


「えっ……」


 その方向に目を向けるよりも早く、影が前に出る。

 二人が見たのは、白銀の翼と藍色のマント。


「クロスプレッシャーッ」


 幻想的な白馬に乗った一人の少女が、剣を振るう。

 放たれるのは黒い十字架。

 一瞬の内に、二匹の大蛇が断末魔の叫びをあげる。


「イーチェサジータッ!」


 それにセナと男が気をとられていると、今度は背後から青白く輝く矢が飛んできた。

 それは大蛇が一番うごめいている場所に向かい地面に刺さる。

その場所を中心に展開される青の魔法陣。

 直後、大量の氷の礫が周囲に向けて吹き荒れる。

 大蛇の群れの注意が一気にそちらの方に向いた。


「ナイス、ユミフィ! 剛破発頸!」


 そのうち一匹に向けて、黒猫の獣人族の少女が掌底を当てる。

 何かが爆発したような音と一緒に蛇の体が吹き飛んだ。


「な、なに……?」

「お前たちはっ……!」


 屈強な戦士達が苦戦する魔物の群れに果敢に挑む少女達。

 中でも青い髪の剣士の少女は異常な強さを見せつけている。

 剣を一振りする度に少なくとも一匹の大蛇は倒されているようだ。

 その剣さばきは、セナだけでなく戦士達全員が動きを止めてしまう程、鮮やかに過ぎるものだった。


「一掃します! 全員、下がってくださいっ!!」

「えっ……」


 呆然とする男達に向けて、今度は青年の声が響いてきた。

 皆がその方向に振り替える。

 その先に居たのは雄々しく黒の翼を広げ、緑の瞳で魔物を睨む獣の姿。


「こ、これは……まさかっ!」


 男達が息を呑む。

 状況を理解するより前に、その獣の横に立つ青年が手を前にかざし、叫ぶ。


「ウイングダガーッ!」


 大きな翼が羽ばたく。

 黒の翼の中に混じる金の羽根が、その輝きを増し――飛ばされた。

 それを男達が確認した瞬間、大蛇達の体が次々に切断されていく。


「凄いっ……アナコンダクを一瞬でっ……!」

「おお……」


 文字通り、瞬きをする間も無く倒されていく蛇の魔物。

 一瞬にして訪れた戦いの終わりに、男達は立ち尽くすことしかできなかった。

 だが『彼』と共に現れた少女達は全く驚いた様子も見せず淡々と魔物の生き残りがいないかを確認している。


「まだ怪我をしている人はいますか! 治療しますよ!」


 呆然とする皆の意識を引き戻そうとするかのように、青年が声をあげる。

 堂々としながらも――少し声が震えている。緊張が混じった声色だ。


「アハハッ、居ないみたいだね。無事に終わったみたいで良かった良かった」


 その肩の上で、金の羽根を有する、人の手のひらサイズの少女がからからと笑う。

 青年とは対照的に、あまりに緊張感の無いリラックスした声だった。


「……だ」


 ふと、静寂の中で一人の男がぼそりとつぶやく。

 その男は両手で斧を天に突きさすように掲げると張り裂けんばかりの声をあげてきた。



「神だああああああああああっ!! 神が舞い降りたぞおおおおおおおっ!!」

「……は?」


 青年の目が点になる。

 だが、男達にはそんな青年の表情の変化など見えていなかった。


「キンググリフォン様っ! キンググリフォン様っ!!」

「あぁ――生きている間に森の守護神をこの目で拝むことができるとはっ!」

「あれは天馬かっ! 神の使いが、この森に!?」

「我らは見捨てられていなかったのだっ!」

「ドワーフに光がっ! 光がさしたぞおおおおおっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 ある者は跪き、ある者は天を仰ぎ、ある者は他と抱き合う。

 半ば狂乱状態とも言える混沌した騒ぎの中、青年はただただ戸惑いの表情を浮かべていた。


「ちょっ、いや……」


 そんな中。蛇の魔物を一掃した獣が青年に向かってお辞儀をする。

 そしてその獣は、自分の役目を終えたと言わんばかりに青年の後ろに立った。


「あぁ、お疲れ様。ありがとうな」


 獣に対し青年が手を伸ばすと、その獣は嬉しそうに目を細めてその手を受け入れる。

 そんな彼らのやりとりに男達が気づいた瞬間だった。


「っ!?」

「……森の守護神が、頭を垂れた?」

「人間に……まさかっ!」


 再び、静寂が周囲を支配する。

 気味が悪くなるほど急に訪れたそれに気づくと、青年は顔を引きつらせた。


 ――なんか、やばくない?


 全員の目が自分に向いている。

 この静寂はさらなる狂乱の兆しにすぎない。

 そう彼が察知した瞬間――


「貴方が神々の王……全知全能の創世神かっ!!」

「うおおおおおおおおおっ!!」

「神っ! 神っ!! 神っ!!!」

「神、神っ! 神いいいいいいいいっ!」


 より激しく騒ぎ始める男達。

 髭の集団が青年に向かって突進するかのごとく詰めよってくる。



「うああああああああっ!?」



 それを見た瞬間、獣は翼を羽ばたかせて男達の集団をさらりと躱した。

 勢いを増す男達が一瞬の内に青年を取り囲む。


「アハハッ、やっぱりリーダー君はモテモテだねっ!」

「ぐふっ、トワッ……助っ……」

「ボクはお邪魔みたいだから、皆と一緒に待ってるよ。がんばっ!」

「ふざけっ――」

「神っ! 神っ! 神っ!」

「神っ! 神っ! 神っ!」

「神いいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」



 そんな毛むくじゃらの集団に向けて。

 外の少女達は苦笑いを浮かべたまま視線を交わすのであった。

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