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298話 金の瞳

 暗く――岩肌に包まれたその空間の中。

 無造作に置かれた家具を周囲に置いて、一人の少女が机に置かれている大きな水晶玉を見つめていた。

 黒くつやのある素材でできたノースリーブの服に、刺々しい装飾のついたグローブを肘までつけ、背中には翼のような形の羽飾り。

 傍に大きな鎌を置き、黒めの紫で染まった髪は後ろで一つに縛られている。前からみたらおかっぱのような髪型だ。

 不気味に――しかし美しく輝く金色の瞳は、物憂げな表情を浮かべる少女の瞼によって隠れてしまう。


「なるほど。レシルが負けただけのことはあるわね」


 そう言って少女はため息をつく。

 すると、その少女の後ろにいるもう一人の少女――レシルが顔をしかめながら声をあげてきた。


「何なのよあいつ……アレ、もしかしなくてもバハムートでしょ? あんなの、ただの空想上の生き物だと思ってたのに……」

「竜王を従わせる男ね……もしかしたら魔王様より強いんじゃないかしら」


 その言葉を聞くと、レシルは一気に表情を鋭く変えた。

 彼女の意図を察したのか、その少女は表情を曇らせて小さくため息をつく。


「ごめんなさい、今のは不敬ね。撤回するわ。でも……ちょっと彼、格好良くない?」

「ルイリッ!」

「分かってるわよ。変に頭硬いんだから。やんなっちゃうわ」


 ルイリと呼ばれた少女は、鬱陶しそうに露骨にため息をつく。


「ふざけている場合じゃないのよっ。あいつ、なぜだか知らないけどこっちに向かってきてるみたいじゃないっ!」


 ルイリの背中から、身を乗り出してレシルが水晶玉をのぞき込んできた。

 その水晶には、三人の少女と一人の妖精を連れた『彼』の姿が鮮明に映り込んでいる。


「貴女のことに気づいたのかしら。それにしては方向が定まってないというか……ていうか、あの妖精もちょっと異端ね」

「妖精?」


 と、頓狂な声を上げるレシルに対し、ルイリが呆れた表情を見せる。


「気づいていなかったの? さっきあの子が転移の空間魔法を使ってたじゃない」

「うそっ!?」


 もう一度、改めて水晶をのぞき込むレシル。

 しかし映り込んでいる妖精はただ『彼』の肩に乗ってニコニコしているだけだ。

 唇をかみしめ自分の失態を悔やむレシルに、ルイリは何も言わず目を閉じる。


「どういうこと? こいつに魔王様クラスの魔力があるってわけ?」

「そんなの知らないわよ。でも、少なくともあの子は魔王様の力は使ってないわ。もしかしたら貴方がフルト遺跡で残しちゃったアレを使ってるかもしれないって思ったんだけど……そういうわけでもないみたい」

「っ……」


 ごつごつした黒金の鎧に似合わない可憐な顔が、一気に歪んでいく。

 ルイリは、ちらりと目を開けてそんなレシルの顔を見ると、僅かに口角を上げた。


「それで、どうする? 私、貴女より強い自信はあるけど、彼には勝てる感じがしないわ」

「はぁ!? あたしの方が強いに決まってるでしょ! 馬鹿にしないでっ」


 度重なる煽りに耐えかねたのだろう。

 レシルは水晶玉が乗っている机に拳を強く叩きつける。

 水晶玉が一瞬、浮かび上がる程の強い衝撃。

 しかし、ルイリは特に驚いた様子も見せず淡々と言葉を続ける。


「どっちでもいいわ。でも、方針は貴女が決めていいわよ。もともとこのエリアは貴女に任せてたわけだし」

「……フンッ、最初からそのつもりよっ!」


 吐き捨てるようにそう言うと、レシルは一度舌打ちを挟む。


「戦う前からのこのこ逃げるのは性に合わないわ。少なくとも厄介なのはアイツ一人だけだし……」


 机に叩きつけた拳をさらに強く握るレシル。

 水晶玉に移る『彼ら』を睨み、小さく体を震わすその姿を見て、ルイリは鼻でため息をつく。


「なら、私が一度戦ってみていいかしら。例の魔物は借りてもいいのよね。かなり良い感じに成功した方だと思うけど……本当にいいの?」

「好きになさい。どちらにせよアレ以上は強くできそうにないし。存分に負けるがいいわ」

「そうね……」


 ふと、レシルの言葉に、ルイリがしゅんと肩を落とした。

 そんな彼女を見て、レシルが目を丸くする。


「ちょっと。なによその反応。張り合いないじゃない。らしくないわ」

「そうかしら? あの実力を見て『私なら勝てる』なんて安易に言い切る方がらしくないでしょう? 昨日の地震も、彼が発生させたのだとしたら……」


 そこでルイリは上の前歯を下唇に押し込んで言葉を切らす。

 数秒程の沈黙。その間にレシルの表情は落ち着いたものに変化していた。


「……せいぜい気をつけなさい。油断しないようにね」

「そっちこそ。英雄ちゃんに負けないようにね」

「フンッ、今回は確実に仕留めるわ。少なくともルイリが居れば支援は届かない。最悪、保険の策もあるしね」


 自信に満ちた表情でそう言い切るレシルを前に、ルイリの表情が僅かに明るくなった。

 ふと、その直後にルイリの表情が意地悪い笑みに変わる。


「あ、そうそう。一つ言い忘れていたわ」

「……なに?」


 そんなルイリの表情から何か嫌な予感を察知したのだろう。

 レシルは露骨に嫌そうな顔を浮かべている。

 だがルイリは、そういったレシルの反応を面白がるように、笑みをこらえながら声をあげた。


「手を握られただけでは妊娠しないから。覚えておきなさい」

「え……、えっ? そうなの!?」


 思惑通りの表情を出すレシルを見て。

 ルイリは心底満足そうに、とてもいい笑顔を浮かべていた。


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